第48話 見えぬこの先 (カイン視点)
「……お前、どこまで知ってやがる?」
そう告げたヴァリアスの声はかすれていた。
そのことに俺は笑いながら告げる。
「さあ、何のことだか?」
「……ちっ! 相変わらずくそ生意気な奴が!」
俺の態度に、苛立ちが隠せない様子で、ヴァリアスはそう吐き捨てる。
しかし、そう感情を露わにしたのは僅かな間のことだった。
すぐにその顔に笑みを張り付け、告げる。
「だが、いまさらそんなことを言って何の意味がある? お前はもう何もできない。この場の一人にも、お前は勝てないだろう?」
「ふ、ふふ」
「……何だ、負け惜しみか?」
言葉の中身とは対照的に、苛立ちを込めて睨んでくるヴァリアス。
その態度が更に俺の笑いを誘う。
「はは、はははははははは」
「何がおかしい!」
憎々しげに睨んでくるヴァリアスに、俺は笑いすぎて流れた涙を拭いながら答える。
「いや、我ながら幸運だと思ってね。本当に言わなくて良かったよ」
そう言いながら、俺が思い出すのはキルアを待っていたときのこと。
あのときキルアに教えようとしていたこと、それを教えないで良かった。
俺は切にそう思う。
そのお陰で今、俺の最大の武器は失われていないのだから。
「確かに、俺が追いつめられているのは事実だよ。だから、最後くらい教えてくれないか」
俺はそう言いながら、自分の机を開いた俺は書類の束を取り出す。
そして、それを揺らしながら俺は尋ねる。
「俺に伯爵家令嬢を虐めたと罪を着せるなら、本来俺に着せる予定だったこの罪はどうするんだ?」
「は? ……っ!」
その瞬間、俺の持つ書類が何であったかに気づいたヴァリアスの顔色が変わる。
それを確認して、俺は満面の笑みで問いかけた。
「ところでろで、追いつめられた人間が自爆覚悟で暴露なんて、良く聞く話じゃないか?」
その瞬間、何かを悟ったヴァリアスが動こうとするがもう遅い。
俺はその書類をばらまく。
「さあ、取ってこい」
──そう、窓の外へと。
「くそがあああ!」
瞬間、ヴァリアスの顔が蒼白になり、真っ赤に染まった。
一瞬俺に激情のこもった目を向けるが、その怒りをぶつけるより早く、衛兵に叫ぶ。
「早くあの書類を取りにいけ!」
「……ですが、カイン様は」
「そんな場合じゃない! ーーあれが王家の目に入れば、侯爵家はつぶれるのだぞ!」
「ヴァリアス様!?」
そしてヴァリアスは自ら先陣を切って、窓から飛び降りた。
この部屋は二階、落ちても死ぬどころか怪我もしないだろう。
しかし、貴族令息のヴァリアスの突然の行動に、衛兵達の間に動揺が走る。
あるものはヴァリアスを追って飛び降り、あるものは何をしたらいいか分からず固まっている。
そんな中、俺に注意を向ける衛兵はいない。
その隙に、俺は悠々と違う机の引き出しから本物の書類と……少し迷った後、キルアに調べさせた闇商会の情報が載った書類を掴んで、反対側の窓へと走り出す。
「カインンンン! 騙しやがったなああ!」
そして、俺が飛び降りたのと、ヴァリアスの怒声が響いたのはほぼ同時だった。
……どうやら、書類は最初の一枚以外偽物であることに気づいたらしい。
「殺せええええ! あのくそ野郎をころせ、八つ裂きにしろ!」
感情的になったヴァリアスはそう叫ぶが、それは逆効果だった。
状況の分からない衛兵は更に混乱し、未だ追いかけてくる様子はない。
「単純なんだよ」
そんなヴァリアスを、俺はあざ笑う。
……けれど、俺が表情を取り繕っていられたのは、そこまでだった。
窓から、動揺したキルアの横顔が見えた。
それへと、俺は小さく吐き捨てる。
「どうして。……母さんの仇を一緒に打つのも、嘘なのかよ」
ぐちゃぐちゃとした何かが、胸に巣くっている。
それから目を背けるよう、キルアから目を離した俺は一心に駆けていく。
……これからどうするか、定まらぬまま。
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