第14話 幸福な夢

 二年ぶりとなる初恋の人の姿。


「どうし……いえ」


 それに反射的に尋ねかけて、私はその言葉を飲み込んだ。

 そして、変わりに笑いながら告げる。


「来てくれたのね」


 頭はぼんやりとして、ゆっくりとしか動かない。

 そんな頭でも、私は理解できていた。


 これは死ぬ前に見ている幻覚、夢なのだと。


 今際の際に、二年もあったことのない初恋の人が駆けつけてくれる。

 そんな都合のいいことなど、夢でなければ起こるわけがないのだ。

 彼が私の身体にかけてくれた温かい何か、外套は現実味がないほど温かい。

 そのとろけるような感覚が、これが夢だと私に教えている気がする。

 何より、アルフォードが私に向ける表情が、ここが現実でない何よりの証明だった。


 生徒会で活動していた時、アルフォードはいつも寡黙で表情を大きく動かすことはなかった。

 少し彼が笑うだけでも珍しくて、滅多に見られないその笑顔を、私は頭に鮮明に焼き付けていた。

 時々見せる彼の表情が、私は大好きだった。


「……本当にすまない」


 だが、その時からは考えられぬほど、今のアルフォードの表情は大きく歪んでいた。

 今にも泣き出してしまいそうな、初めて見るアルフォードの表情。

 彼がこんなにも感情的になるなんて初めてで。


 ……それが自分のためなんて、都合のいい夢だとしか思えなかった。


 だから私は、何時もと違って素直に笑うことができた。


「ううん。会えて、良かった」


 例え夢であったとしても。

 そんな気持ちを込めた私の言葉に、アルフォードの顔がさらに歪んで。


「……ある、ふぉーど?」


 ──次の瞬間、私はアルフォードに力強く抱きしめられた。


「もう、大丈夫だ」


 アルフォードの声が、耳元で聞こえる。

 アルフォードの密着した身体は、足の冷たささえ溶けていくように温かくて、幸せだった。

 その幸福感に浸るように、私は目を細める。


「迎えに来た。帰ろう、サーシャリア」


 けれど、アルフォードのその言葉に私は幸福感から、覚めることになった。


 帰る、その言葉に私が連想したのは、伯爵家だった。

 もう、誰も私の味方などいない伯爵家。


「家には戻りたくない……」


「違う。伯爵家じゃない」


 さらに強く私を抱きしめながら、アルフォードは告げる。


「生徒会の皆のところだ。サーシャリアを待っている」


 まるで想像もしていなかったアルフォードの言葉、それに私は目を見開く。

 しかし、不思議とアルフォードの言葉に私は違和感を感じなかった。

 それどころか、生徒会に帰る、その言葉はこれ以上ない自然に感じて、私は笑う。


「うん、帰る」


「ああ、帰ろう」


 ……緊張が途切れたように、極度の眠気が私を襲ったのはその瞬間だった。


 幸福な夢が終わってしまうのが名残惜しくて、私は何とか意識を保とうとするが、無駄だった。

 アルフォードの温かさがどんどんと私の身体から力を奪っていき、すぐに私は意識が薄れていく。


 そんな朦朧とした意識の中、私は思う。


 今までの人生は、決して良いものではなかった。

 例え自分が悪いのだと知っていたとしても、理不尽だと感じるようなことの連続だった。


 それでも最後にこんな幸せな夢を見られたのなら、少しはいい人生だと言ってもいいのかもしれない。


 ……それ最後に、私の意識は途絶えた。



 ◇◇◇


 ここまで長くなってしまい、申し訳ありません!

 これから、ざまぁと浮上していく予定です!

 明日からアルフォード視点となります!

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