第3話 エルジオンにて。
————エルジオン上空、合成鬼竜甲板。
ダルニスは下を覗き込むと、霞んでしまうほど小さく見える景色に脚がすくんだ。
「お、おいアルド。お前、いつもこんなヤバい乗り物で移動してるのか?」
ダルニスはゆっくりと後退りして身の安全を確保する。
「ん?まぁそうだな。———ははっ、大丈夫だって、落ちたりしないから。ところでダルニス———」
アルドには、先程から気になっていることがあった。
「———またその変な整髪料つけてきたのかよ。ニオうからやめとけって言ったじゃないか。」
「そういうわけにはいかん。ホオズキさんから買った物だからな。どうだ?ツヤツヤだろ?」
ダルニスは髪を風になびかせる。
「…確かにツヤはあるな…。」
(ダルニスのヤツ、きっとこれからもホオズキに貢いじゃうんだろうな。)
「そうだ、忘れる前に渡しておこう。———今度ホオズキさんに会ったら渡してくれ。」
そう言うとダルニスは、キレイに折りたたんだ紙切れをアルドに手渡した。
「———手紙を書いてみたんだ。」
ダルニスは顔を赤らめてもじもじしている。
「へぇ、ラブレターか。まぁ渡すだけなら…。」
「は、恥ずかしいからラブレターとか言うな。ちゃんと渡してくれよな。あと絶対に読むなよ。」
「分かった分かった。」
アルドはニヤニヤしながらラブレターを懐にしまう。
「こほんっ。と、ところでアルド————」
ダルニスにも、先程から気になっていることがあった。
「———なんでルビィちゃん連れて来たんだ?」
アルドはルビィちゃんを抱きかかえている。
ルビィちゃんは眠っているようだ。
「えーっと…それはね、おじいちゃんが張り切りすぎて腰を痛めちゃって……。」
答えたのは隣にいたフィーネだ。
ダルニスはすぐに事態を飲み込むことが出来た。
「なるほど、それで代わりに面倒見ることになったってわけだ。———まぁあのじいさんのことだ、すぐによくなるだろう。それより、エルジオンまで連れていくのか?ルビィちゃん。」
「それなんだよなぁ…。」
アルドは悩んでいた。
「俺たちの服装って、エルジオンじゃかなり個性的らしいんだ。そんなのが2人、赤ちゃん抱えて歩いてたらEGPDに目をつけられるに違いないからな。」
ダルニスは首を傾げる。
「なんだそのいーじーぴーでー?とかいうのは…。」
「ああえーっと、俺たちの時代で言う警備隊とか騎士団みたいなもんかな。」
眠っているルビィちゃんの様子を確認しながら話すアルドを見て、ダルニスは納得した。
「なるほど、それはマズいな。そんなデカい剣ぶら下げてたんじゃ、誘拐犯に見えなくもない。———ならフィーネちゃんに預けて行くのか?」
「いや、実はそれも出来ないんだ。フィーネはフィーネで行くところがあるみたいなんだよ。そうなんだろフィーネ?」
フィーネはうなずく。
「うん、買うものがあるの。『こなみるく』と『かみおむつ』…。前にエイミさんから聞いたことがあるの、スゴく便利だって。自分たちの時代じゃ絶対に手に入らないし。」
ならばどうするか…。アルドとフィーネは同時に良い手を思いつき、2人揃ってダルニスをじっと見つめた。
その視線に気づいたダルニスは焦り始める。
「いやいやいや、ダメダメ!ここまで来てルビィちゃんと留守番は勘弁してくれよ。俺もエルジオン行ってみたいんだよぉ。」
ダルニスにはダルニスの都合があるようだ。
「ダメかぁ…。とは言ってもここに預けて行くしかないよな。———なぁ鬼竜!今この艦には誰が乗ってるんだ?」
アルドは、一部始終を見ていた合成鬼竜に訊ねた。
鬼竜は答える。
「今は、サイラスとギルドナ、それからガリアードが艦内にいる。さっきまでヘレナもいたが、飛んで行くのを見た。出かけたようだ。」
アルドは頭を抱える。
(サイラス…、ギルドナ…、ガリアード…?なんでよりによって赤ちゃんと相性が悪そうなのばっかりいるんだよ。)
同じことをフィーネも考えていた。
「おにいちゃん…、誰に預けてもうまくいく気がしないんだけど……。」
と、そこへ艦内からリフトが上がってくる。
出てきたのはサイラスとガリアードだ。
「ん?アルドではござらぬか。それにフィーネも。それからそちらは、確かダルニス殿でござるな。」
いつもの調子で話しかけるサイラスの横で、ガリアードは黙っている。
そんな2人を見て、アルドは少し驚いていた。
「変わった取り合わせだな。サイラスとガリアードが2人でいるところは初めて見るよ。」
「そうでござるか?ガリアード殿には、ときどき稽古に付き合ってもらっているのでござるよ。槍を使う相手は剣や刀同士で戦うのとは勝手が違うのでござる。ガリアード殿がいてくれて助かっているのでござる。———して、アルドは何をしているのでござるか?赤子が見えるが……。」
アルドはここに至るまでの成り行きを、サイラスとガリアードに話し始めた。
「———……というわけなんだ。」
「ふむ、状況は分かったでござる。アルドはネコの結婚式の準備で忙しいから、るびぃちゃんを預かってくれる者を探している、ということでござるな?」
アルドはうなずく。
「まあそんなとこだ。ちなみに、サイラスは赤ん坊の扱いが得意だったりは……しないよな?」
サイラスはニンマリと笑みを浮かべる。
「ふっふっふ、そう思うでござろうな。」
サイラスは自信ありげに両手を広げ、ルビィちゃんを渡すように促した。
アルドは抱いているルビィちゃんを渡す。
ルビィちゃんを抱くサイラスの姿に違和感はない。どうやら思いのほか慣れているらしい。
「これでもカエルの姿になる前は、赤子の面倒を見た経験があるのでござるよ。」
これならルビィちゃんを預けても大丈夫そうだ、アルドたちがそう思っていると、ルビィちゃんは目を覚ました。
「ぅ…ひっく…、ぅわあああぁぁあぁん!」
泣き出してしまった。
無理もない。ルビィちゃんの目の前には、大きなカエルの顔があるのだ。
サイラスは慌てた。
「あーよしよし。べろべろばー。」
大きな口に長い舌。
サイラスの『べろべろばー』は、アルドが見ても怖い。
「うわぁぁぁん!ぁぁああぁあぁん!!」
ルビィちゃんはさっきよりも大きな泣き声だ。
「ガ、ガガ、ガリアード殿!頼むでござる!」
サイラスはとっさにルビィちゃんをガリアードに渡した。
ガリアードはフリーズしたかのように固まっている。
赤ん坊の面倒を見たことなど、あるはずもない。
ところが、ルビィちゃんはピタリと泣き止んだ。
ガリアードは目だけをキョロキョロと動かし、そして皆に問うた。
「………おい、これどうするんだ?」
皆は思った。
(…もうそのままでいいんじゃない?)
そのとき、上空からヘレナが現れ、アルドたちの前に降り立った。
手には何やら荷物を抱えている。
「やあヘレナ。どこ行ってたんだ?」
アルドは満面の笑みで話しかける。
実際のところ、アルドは喜んでいた。ルビィちゃんを預けるなら、サイラスやガリアードよりも、ヘレナがいた方が心強い。
ルビィちゃんをヘレナに預けることで、安心して自分たちは出かけることが出来る。そういう打算がアルドにはあった。
あまりにも嬉しそうに話しかけてくるアルドに、ヘレナは少し気味悪さを感じた。
「あ、あら、アルドじゃないの。私はセバスちゃんのところにね。改良型のバッテリーが出来上がったって言うものだから、取りに行ってたの。」
ヘレナは抱えていた荷物を見せたあと、少し人数の多い顔ぶれを見回した。
「今日は随分と賑やかね。何かあるのかしら?ひとまず、向こうでションボリしてるサイラスと、ガリアードが抱えている赤ん坊について教えてもらえると助かるのだけど。」
アルドが見ると、甲板の隅っこでサイラスがいじけている。
よほど赤ん坊をあやすのに自信があったのだろう。大泣きされたのがショックで落ち込んでいるようだ。
「あー…、うーん…。サイラスのことはあんまり気にしないでくれ。———おーい、サイラスー!そんなに落ち込むなよー!きっとルビィちゃんも、少しビックリしただけだからさー!次はきっと笑ってくれるさー!」
「…そ、そうでござるか?」
サイラスの立ち直りは早い。顔を上げ、テクテクと皆の方へ歩いてくる。
そんなサイラスを横目に、ヘレナはガリアードの側へ、浮遊したまま移動する。
「———それで?この子は?」
ガリアードが抱いているルビィちゃんの顔をヘレナが覗き込むと、ルビィちゃんはガリアードの顔をじっと見つめていた。
ルビィちゃんは不意に声を発する。
「ぅあぅー…、パ…。」
ヘレナは首をかしげる。
「パ?」
ガリアードを見つめたまま、ルビィちゃんは続けた。
「…パぁー…。」
悪い予感がその場を包む。
(おっとルビィちゃん、それは言わない方がいいと思うぞ?少なくとも今はやめておいた方がいい。)
「…パ、…………パパぁ!」
(言っちゃったよ。)
皆の視線がヘレナに集まる。
ヘレナの口元は微かに微笑んだように見えた。
(………ふぅ。)
皆がほっとした瞬間————。
「———ねぇガリアード。詳しく話が聞きたいわ。」
(やっぱそうなっちゃうよねぇ…。)
ガリアードは慌てふためく。
「ちょ、ちょっと待ってくれヘレナ!誤解だ、誤解!そもそも俺に子どもなど△♯□$☆…!!」
「………」
無言の圧を放ちながら迫るヘレナに、ルビィちゃんを抱いたまま後退るガリアード。
サイラスは瞬きも出来ない。
そんな中、アルドは音を立てずにその場に背を向けた。
「そ、それじゃぁ俺たち、もうすぐ到着だから行ってくるよ!あとのことは頼んだぞ、サイラス!」
アルドはそう言うと、フィーネ、ダルニスとともに走り去る。
「え゛っ!拙者でござるか!?」
サイラスはあんぐりと口を開いて、ガリアードとヘレナの顔を交互に見る。
「————しゅ、修羅場でござる…。」
ルビィちゃんを預けることに成功?したアルドとダルニスは、エルジオンに降り立った。
買い物に行くフィーネと別れ、街を歩く。
「これがエルジオンかぁ…。想像以上だ。」
ダルニスは辺りを見渡す。
「おいダルニス、あんまりキョロキョロするなよ。みんな見てるだろ?———ふぅ…ルビィちゃん預けて来て正解だったな。」
「ところでアルド、これからどこに向かうんだ?」
アルドは少し先に見える建物を指差す。
「セバスちゃんのところだ。行けばきっと解決策が見つかるよ。見た目は小さな女の子なんだけど、すごく頭がいいんだ。」
「ほぉー…。」
まもなく2人はセバスちゃんの部屋に到着する。
部屋の中ではセバスちゃんがリィカのメンテナンスをしていた。
「あらいらっしゃい。今日はどんな面倒事を持って来たのかしら?」
アルドは苦笑いを浮かべる。
「いやだなぁセバスちゃん。俺たちはただ、自分たちでどうにも出来なかった問題を相談しに来ただけだよ。」
「はぁ…」とセバスちゃんはため息をついた。
「そういうのを面倒事って言うのよ。———そちらは?」
「俺はダルニスだ。よろしく頼む。」
セバスちゃんは作業の手を止める。
「あなたがダルニス?名前だけはちょいちょい聞くわね。それでどんな用件かしら?」
アルドとダルニスは、ことの次第を説明した。
————— 一方その頃、合成鬼竜甲板。
晴れてヘレナの誤解を解いたガリアードは、子守に苦戦していた。
ルビィちゃんが嫌がっている素振りを見せたわけではない。だが、笑ってくれないと、赤ん坊の面倒を見たことのないガリアードは不安になってしまうのである。
「いないいない…ばぁ。」
「………」
「うーん、いったいどうしたら笑うんだ…。」
ガリアードは、ルビィちゃんをヘレナに抱かせる。
「…よーし、こういうのはどうだ?」
ガリアードは身構える。
「サンダーボルトぉ、いないいないぃぃ……!」
ガリアードははるか上空へ跳び上がると、そのまま急降下。
着地!———からの「ばぁっ!」
「きゃっ!あーぅあー!」
ルビィちゃんは手を叩いて喜んだ。
「そ、そうか!こういうのが好きか…。よーし!」
ガリアードは張り切って肩を回す。
「いくぞー!サンダーボ—————
——————場面はセバスちゃんの部屋へ。
「————ふーん、ネコねぇ…。いい方法がないこともないわね。」
「本当か!?」
アルドとダルニスは身を乗り出した。
「う…近い近い。——ええまあね。動物にはそれぞれ好む音とか周波数があるのよ。ネコだと確か8000Hzあたりじゃなかったかしら。リィカなら簡単に出せるはずよ。もうすぐメンテナンス終わるから連れて行ったら?」
アルドとダルニスは顔を見合わせる。
「やったなダルニス。これでなんとかなりそうだ。」
「ああ、やっと次に進むことが出来るぞ。」
喜びを噛みしめる2人を尻目に、セバスちゃんは別のことが気になっていた。
「ねえ、そんなことよりこの匂いなんなの?なんか臭くない?」
「あー、それたぶんダルニスの整髪料だ。———ほら見ろダルニス。だから言ったんだ。」
「………」
ダルニスは黙ったまま目をそらす。
「えー?整髪料?」
セバスちゃんはダルニスに近寄り、髪の匂いを嗅いでみる。
「…スンスン…ぅえ゛っ!くっさ!なにこれ!?ちょっとダル!なに考えてんの!?」
「ダ、ダル!?」
ダルニスは予想外の略称に驚きを隠せない。
アルドは笑いをこらえている。
「もー!あんたそんなだからいつまで経っても☆4のままなのよ!」
「…☆4?」
「あー、いいわ。こっちの話。」
なんだかよく分からないが、バカにされていることだけはしっかりと伝わってきた。
セバスちゃんは、口を尖らせるダルニスの手を捕まえ引っ張っていく。
「うちのシャワー使っていいから、洗いなさいな!はい、これが『シャンプー』、こっちが『トリートメント』、そしてこれは身体を洗う『ボディソープ』!これもうあんたにあげるから!」
ダルニスは強制的にバスルームに閉じめられた。
——————再び合成鬼竜、甲板。
リフトで上がってくるサイラス。
「おーい、るびぃちゃーん。さいらすおじちゃんが特製麦茶作ってきたでござるよ〜。———やや!?ガ、ガリアード殿が倒れているでござる!これはいったいどういうことでござるか!?」
ルビィちゃんを抱きかかえるヘレナの横で、ガリアードはうつ伏せに倒れている。
「疲れてるだけよ。この子を笑わせようとして、ちょっと特技を披露し過ぎたの。」
随分な回数『サンダーボルト』をやって見せたようだ。
サイラスはあごをさする。
「ほほぅ、るびぃちゃんはそういうのが好みなのでござるか…。」
サイラスは刀を抜いた。
「ならば拙者も…。見るがいい!涅槃斬り!」
「きゃっきゃっ!」
ルビィちゃんは手を叩く。
「笑った…。笑ったでござるー!」
サイラスは跳び上がって喜ぶ。
「———これはどうでござる?いくでござるよー!はぁ!円空自—————
——————再びセバスちゃんの部屋。
風呂上りのダルニス。
ゴージャスな感じだ。
「ちょっとダル。なんでバスローブなんか着てんのよ。っていうかうちにそんな物あったかしら。」
ダルニスは髪をかき上げる。
「細かいことなんかどうでもいいじゃないか。見てくれ、この髪のツヤを。まるで傷んだ髪が補修されたようだ。」
トリートメントの効果は絶大だったらしい。
「分かったから、早く着替えて来なさいな。」
セバスちゃんは、ダルニスに手でしっしっとやりながら、メンテナンスを終えたリィカを起動させる。
程なくしてリィカの目に光が灯った。
「あ、アルドサンではありまセンカ。乙女の寝顔を見ているナンテ、ナカナカいい趣味してマスネ。通報しマスヨ?」
アルドは慌てた。
「ま、待ってくれ!ずっと見てたわけじゃないんだ!」
「———冗談デス、ノデっ!」
リィカは立ち上がり、頭部の大きなユニットをぐるりと回して見せた。
「それデ、何かゴ用デショウカ?」
「ああ、とにかくいっしょに俺の時代まで来てくれ。細かいことはあとで説明するよ。」
着替えを終えて出てきたダルニスとリィカを引き連れ、アルドはセバスちゃんの部屋をあとにする。
手を振って見送るセバスちゃんに、もらったお風呂セットを大事そうに抱えたまま、ダルニスは何度もお辞儀をした。
「よし、そろそろフィーネも買い物を終えている頃だろう。合流してバルオキーに帰ろう。」
3人はエアポートを目指す。
—————またまた合成鬼竜甲板。
リフトから上がってきたのはギルドナだ。
「——何事だ、騒々しい。む?そこに倒れているのはサイラスとガリアードか?何があった?」
ギルドナはヘレナに視線を向けた。
「2人とも、この子を笑わせようとして疲れただけなのよ。ケガはないわ。」
「ほぉ、人間の子どもか…。」
ギルドナはルビィちゃんの顔を覗き込む。
ルビィちゃんの表情は何かを期待しているようだ、ギルドナにもそういう風に見えた。
「…いいだろう。」
ギルドナは剣を抜いた。
「はぁぁぁぁぁ!フォボスセイバー!!」
「きゃーっきゃ!ぅおあーぅ!」
ルビィちゃん大興奮。
「ふっ、これの良さが分かるとは…。人間の子どもにしては見どころがあるな。———ならばこれはどうだ?うおぉぉぉぉ!カラミ—————
———————エルジオン、エントランス。
アルドたちがエントランスに出ると、フィーネも丁度エアポートに向かうところだった。エイミもいっしょだ。
聞くと、フィーネは買い物に行くのに、エイミに案内してもらったそうだ。
エイミの方はと言うと、ただ面白そうだから、という理由でここまでついて来たとのだと言う。
「ルビィちゃん大丈夫かなぁ。」
フィーネは不安そうだが、アルドは楽観的だ。
「心配ないさ。きっとみんなで楽しくやってるよ。」
そんな話をしながらエアポートに着岸している合成鬼竜に乗り込む。
リフトで甲板に上がると、そこには予想もしなかった凄惨な光景が広がっていた。
ルビィちゃんを抱いたまま優雅に佇むヘレナの足下で、3人の男たちが倒れ伏せている。
アルドは駆け寄った。
「サイラス!ガリアード!ギルドナ!しっかりしろ!」
返事がない。
「ま、まさかヘレナが3人を……?」
アルドの顔はまっ青だ。
ヘレナは呆れ顔で言う。
「———そんな訳ないでしょ。みんなただのMP切れよ。」
(……?)
ヘレナは、アルドたちが出かけてからの艦の様子を話して聞かせた。
「へ、へぇー。そんなことやってたのか。確か艦内に回復用のポッドがあったよな。3人とも入れておこう。」
ポッドに担ぎ込むと、3人ともすぐに元気になった。
合成鬼竜は一路バルオキーに向かう。
ルビィちゃんは眠っていたので、起こさないよう子守はそのままヘレナに任せ、疲れていたバルオキー組は艦内で休むことにしたのだが…。
あとからヘレナに聞いてみたところ、ポッドから出てきた3人は、入れ替わり立ち替わりルビィちゃんの様子を何度も見にきたのだとか。
一方エイミとリィカ。
2人は艦内の通路で、とある落とし物を発見していた。
「エイミサン。何か落ちてイマスネ。」
エイミはそれを拾い上げる。
「何かしらこの紙切れ。———手紙…?」
エイミは拾った手紙を広げた。
「エイミサン、他人ノ手紙を勝手に読んデハいけマセン。」
「そんなこと言ったって、見なきゃ誰の落とし物か分からないじゃない。持ち主に返せないでしょ?」
そう言われるとリィカは返す言葉がない。
エイミは声に出して読んでみる。
「えー…なになに?———
————麗しの君へ
ひと目見たときから 僕はあなたの虜です
あなたに出会ってからというもの 僕の見る世界は姿を変えました
花の色はより鮮やかに 鳥の声はより美しくなったように感じます
ああ この気持ちを何に例えればいいのだろう
この手紙で ほんの少しでも伝わるのなら 僕は幸せです
拙い文章ですが これが僕の偽らぬ気持ち
どうか受け取って下さい———
———だって…。ねぇこれって…。」
「恋文でござるな…。」
後ろから急に聞こえた声に驚くエイミ。
振り返ると、サイラスが立っていた。
「ちょっと!ビックリさせないでよ!こんなとこで何してるのよ。」
「拙者は今からるびぃちゃんの寝顔を眺めに行くところでござる。———2人こそ通路のど真ん中で何をしているのでござるか?恋文なぞ読んで…。もしやエイミ宛なのでござるか?」
サイラスはニヤニヤしている。
「違うわよ悪かったわね!ひ・ろ・っ・た・の!———まったく、誰の落とし物かしら。」
そんな会話をしていると、通路の向こうにアルドの姿が見えた。
エイミたちの姿に気づいて駆け寄ってくる。
「やぁ、みんなで何かの相談か?あっ、その手紙!よかった、探してたんだ。ありがとうエイミ、拾ってくれんだな。」
アルドは、エイミの手元から手紙をサッと取り上げると、すぐに走り去った。
「………」
一瞬固まるエイミだが、ふと我にかえる。
「…え?あのラブレターの持ち主ってアルドなの!?」
サイラスは腕を組んだ。
「よもやアルドにそのような相手がいたとは…。おや?やはりエイミは気になるでござるか?」
「エイミサンの心拍上昇、全身カラノ発汗ヲ確認…。カナリ気になってイマス、ノデっ!」
リィカは頭部のユニットをぐるりと回した。
「ちょっとリィカ!勝手にスキャンしないでよ!別にそんなんじゃないんだってば!———わ、わたし用事思い出したから!」
動揺した顔を隠すように2人に背を向け、エイミは通路の奥にツカツカと歩いて行った。
———ああは言ったものの、やはり少し…いやかなり気になる。
(アルドが恋…。相手はどんな人なんだろう…。)
そんなことを考えながら艦内を歩くエイミ。
ふと通路の奥にアルドとダルニスの姿を見つけた。とっさに通路の陰に隠れる。
「何でわたしが隠れなきゃいけないのよ。それにしても何話してるのかしら。」
エイミは聞き耳を立てた。
「———アルド、結婚式うまくいくといいな。」
(えっ、結婚!?)
エイミは声が漏れてしまわないよう両手で口を押さえた。
(恋どころの騒ぎじゃないじゃない!そっか、あの手紙は結婚式でアルドが花嫁に向けて読むものなんだわ!)
「———そうだな。明日は楽しみだ。」
(はぁ!?しかも明日!?)
「———ネルちゃんの方には俺から伝えておくよ。じゃあ細かいことはバルオキーに帰ってからってことで———。」
(ネルちゃんって誰よ!?)
ダルニスが歩き去るのを見計らい、エイミは通路の陰から出て、アルドに話しかける。
「ね、ねぇアルド…。結婚式ってどういうこと?しかも明日なんて…。」
「ん?エイミじゃないか。なんだ、聞いてたのか。ちょうどいいや、エイミも手伝ってくれよ。」
…手伝ってくれ?エイミは少し複雑な気分になったが、断る理由もない。
「———ふ、ふん!仕方ないわね!それで?準備はどこまで進んでるわけ?って言うか、そういうことはもっと早く言いなさいよね!」
(エイミなんでこんなに怒ってるんだろう…。)
「わ、悪かったよ。でも準備なんてそんなに時間かからないだろうし、明日すればよくないか?」
「はぁ!?どんな結婚式挙げるつもりなのよ。一応聞くけど、新婦の衣装くらいは用意してるわよね?」
アルドは視線を宙に移す。
(しんぷ?…ああ神父ね。神父役はダルニスがやるとして、そもそもネコの結婚式に衣装なんているか?)
「してないけど…それいる?」
「いるに決まってるじゃない!———もぉ…、分かったわ。新婦の衣装はわたしに任せて!」
(まぁあった方が雰囲気出るか。ネルちゃんも喜んでくれるだろう。)
「あ、ああ。よろしく頼むよ。」
一行がバルオキーに着いたのは、もう日も傾く頃だった。
アルドとフィーネはルビィちゃんを連れて帰宅。
ダルニスはネルちゃんの家に行ったあと、自宅に帰った。
ロドリゲスのところへは明日の朝向かうことにした。
エイミはすぐに武器屋に向かい、メイとその父親に事情を話して衣装の制作に取り掛かかる。
翌日の結婚式に間に合わせるため、制作は夜を徹して行われた。
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