プロローグ(中)

「では、早速。行きますわよ?」

 そう言いながら神が両手を掲げると、両手から光が溢れ出し始めた。

「おっと、その前に」

 そう言って、ライが手を上げて、転生に待ったを掛けた。

「何ですの?」

「いや、ちょっと気になってさ。あいつらは……勇者たちは、魔王の討伐に成功したんだよな?」

「ええ、しましたわ」

「だよな。俺が力尽きて倒れて死ぬ寸前、魔王の断末魔の叫びが聞こえたからさ。それで、あいつらは今、どうしてるんだ? 元気にしてるのか? 魔王の死に際の一撃で全滅しました、何てことはないよな?」

 ライの質問に対して、神は答えるのを躊躇した。

「今のあの方々の様子を見るのは……正直、余りお勧めしませんわ」

「いいから、教えろよ」

「……分かりましたわ」

 諦めたように溜息をつきながら、神が手を翳すと、空中に円形に輝く巨大な光が現れた。

 すると、まるでスクリーンのように、そこに映像が映し出された。

 その映像を見て――

「なっ!?」

 ――ライは、目を剥いた。


 勇者たちは、王都の店だろうか、どこかの薄暗い店内で、下着姿の美少女たちを侍らせながら、豪勢な食事を食べ、酒を飲んでいた。正に、酒池肉林ここに極まれり、だ。

 徐に僧侶が、隣の美少女の肩を抱き、ワインの入ったグラスを片手に、勇者に向かってこう言った。

「それにしても、タイトもえげつないよね。あのおっさんに回復魔法を掛けずに、見殺しにしろだなんて」

 すると、サラサラの髪を掻き上げながら、勇者――タイトが、答えた。

「おいおい、俺のせいにするなよ。俺らみんなで話し合った結果だろ? おっさんを利用するだけ利用して、魔王を倒した後は、モンスターの残党狩りとかの時に、わざと傷を回復させずに見殺しにしようぜって。だから、魔王討伐直後に、虫の息になっていたアイツを見た時に、お前に目配せしただけだ」

 そして、「アイツが死んで良かっただろ、コウヤ?」と続けた。

「本当、それな。俺様もせいせいしたぜ」

 と、巨漢で短髪の戦士――コウヤが応じる。

 タイトは、隣に座っている美少女の豊満な胸を揉みしだき、その柔らかな弾力と「あんっ!」という、美少女の嬌声を楽しみながら、口角を上げた。

「アイツだけおっさんだしよ、すげーブサイクだし。俺らがナンパしようと思っても、アイツがいると、女どもが怯えて逃げちゃうもんな」

 その言葉に、天然パーマの僧侶――トモキが、頷く。

「防御に特化している魔王は、この異世界だけで、他の異世界の魔王たちを攻略する際には、もうおっさんの能力は要らないしね。僕らだけで十分だ」

 タイトが、地酒を飲み干しながら、「そうだ」と、賛同する。

「今までアイツのせいで女が近寄って来なかったが、まぁ、ここの魔王の討伐には役立ったからな。魔王を倒せて、しかも、邪魔なおっさんも死んだ。最高じゃねぇか」

 すると、コウヤが、隣の美少女の太腿を擦りながら、その巨体に似付かわしい大声で、叫んだ。

「おっさんボンバー! おっさんは魔王と共に爆死!」

 すると、タイトが吹き出し、残り二人も笑い転げた。

「ギャハハハ! おっさんボンバーって、面白おもしれぇな!」

「あはははは! コウヤ、最高だよ!」

「だろ!? ギャハハハ!」


 そこで、映像は消えた。

 言葉を失くすライに対して、神は、咳払いをすると、ライから目を逸らしつつ、何とか取り繕おうとした。

「えーと、その……幾つもの異世界を救って貰おうと言うのですから、まぁ、その合間に、羽目を外すことも、多少は目を瞑ろうと思って……いますわ……。まぁ、彼らは、少し……ええ、少し羽目を外し過ぎて、仲間への暴言も吐いてしまっている……ようですが……」

 神は、たどたどしくではあるが、ライに、何故あのような事を見て見ぬ振りをしているのかを説明した。

 が、流石にこれは、ライも怒り狂うのではないかと、神は懸念した。

 神は〝暴言〟と言ったが、そんな生易しい表現で済むような問題では無い。

 自分の死を笑われているのだ。

 むしろ、怒りを覚えない人間など、皆無だろう。

 神が、逸らしていた視線を、そーっと、ライの方へ戻すと――

「くそがっ!」

 ライは、怒りでわなわなと震えていた。

「………………」

 ただ、黙ってその様子を見詰める神。

 無理もない事だ。

 自分の死が嘲笑されて、一体誰が平常心でいられようか。

 すると、ライは再度、口を開いた。

「くそっ! あんな可愛い子たちを侍らせやがって!」

「――え? そこですの!?」

 予想外の言葉に、神は唖然とする。

「そりゃそうだろうが!」

「えーと、自分が死んだことを嘲笑われて、怒ったんじゃないんですの?」

「勿論、それも腹立つ。けど、そんな事よりも、美少女たちを好き勝手してる方が、余程頭に来るだろうが!」

「〝そんな事〟て……」

 「ああ、もうあいつら!」「ちくしょう! なんて羨ましい事を!」と、何度も床を叩いて悔しがるライの眼前で、神は、ただただ呆然とするばかりだった。

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