第14話 五日目は教会でセーブを①


 ゴールデンウィークの5日目。

 3日間を剣道に費やして、いつの間にやら連休も残すところあと3日となってしまった。


 俺は朝起きてからすぐにデイリークエストを確認した。


――――――――――――――――――――


デイリークエスト


・ランニングを10㎞せよ。

 報酬:スキル【身体強化Lv5】を修得


・般若心経を写経せよ。

 報酬:スキル【精神強化Lv5】を修得


・教会で聖書を100ページ読め。

 報酬:アイテム『聖水』を獲得


――――――――――――――――――――


「うん、なんというか……般若心経を写経したあとで教会行って聖書読んでって、お前は情緒不安定か!」


 なんで仏教とキリスト教が1日のクエストにチャンポンになっているのだ。

 いったい、このスキルを配信している神とやらはどこの国の神様なのだろうか?


「ランニング10㎞は……まあ、今の俺なら問題なくできると思うけど。般若心経ってどうやって写経すればいいんだ?」


 紙はノートでいいだろう。筆ペンも机の中に入っている。

 問題はお手本となる般若心経なのだが……。


「うーん……ネットで調べれば出てくるかな?」


 俺はスマホを手に取ってググってみた。

 うん、見つけた。ちゃんと般若心経が全文にわたって書いてあるサイトがあった。


「へえ、般若心経って270文字くらいなんだ。思ってたよりも短いんだな……うん、画像もあるし、このサイトを見本にすれば書けそうだな」


 俺は机に向かい、筆ペンを手に取った。

 できるだけ丁寧に文字をつづったものの、俺は習字とかを習ったことはない。

 1時間後には、ノートはぐちゃぐちゃになってしまって読み返すこともできないような有様になってしまった。


『デイリークエストを達成しました。スキル【精神強化Lv5】を修得しました』


「よかった……文字の上手さは関係なかったみたいだな」


 俺は安堵の息をついた。

 これで下手だからとクエスト達成できなければ、ペン習字から勉強しなおすところだった。


「さて……次はランニングと行きたいところだけど」


「あ、お兄。起きてたんだ」


「む……真麻」


 部屋をノックもせずに妹が入ってきた。

 俺は写経したノートをさっと閉じて、警戒を込めて真麻の顔を見やる。


「……道場だったら行かないぞ。体験入学はもう終わったんだからな!」


「ふーん、今日は私も休みだから別にいいけどね。だけど……あーあ、もったいないなあ。せっかく脈ありだと思ったんだけどなあ」


「……なんだよ、なんの話だ?」


 妙にもったいつけたような口調に訝しげに聞き返すが、真麻は「さーねー」と唇を尖らせて拗ねたようにそっぽを向いた。


「今日は友達と遊びに行くから。お昼は適当に食べてね」


「ああ、そういう話か。了解」


「カップ麵ばっかり食べちゃダメだからね! 麺類がいいならソーメンでも茹でて食べて。お中元でもらったのがあまってるんだから!」


「へいへい」


 俺はヒラヒラと手を振って真麻を見送った。

 耳を澄ませて真麻が玄関から出て行ったことを確認して、改めてクエストボードを開いた。


「さて……次はどのクエストをいこうかな」


 ランニングとなれば屋外に出る必要がある。

 聖書だってわざわざ『教会で』と場所が指定されている。

 どちらも自宅では出来そうにない。


「とりあえず午前中のうちにランニングを済ませておいて、昼食を済ませたら教会に行ってみるか」


 スキルで身体能力を底上げした状態ならば、1時間とかからず余裕で10㎞くらい走ることができるだろう。

 ランニングを済ませてシャワーを浴びて、それから昼食をとる。

 幸いなことに教会だったら高校への通学路にそれらしいものがあったはずだ。


「たしかワールドクエストの中にも教会じゃないと達成できないものがあったよな? たしか……」


――――――――――――――――――――


ワールドクエスト


・教会で1時間祈りを捧げよ。

 報酬:スキル【祈祷Lv1】


――――――――――――――――――――


「効力はわからないけど、役に立たないスキルってことはないだろ。両方とも今日中に済ませようか」


 そうと決まれば行動である。

 俺はさっそくジャージに着替えて外へと飛び出した。


 元々インドア派の俺は体育の授業以外では遊びでも運動などしたくはなかったが、今は不思議と身体を動かすことが苦痛ではなくなっていた。

 それどころか、自分が頭に思い描いた通りに身体が動くことが楽しくて仕方がない。


 俺は軽快なリズムでアスファルトを蹴り、見慣れた街を走り抜けていく。


「ああ、やばい。これすげえ気持ちいいかも!」


 月並みな表現だが、自分の身体が風になったようだ。

 周囲の景色が早送りで通り過ぎていく。

 心臓がバクバクと激しく鼓動を刻んでいたが、その胸の苦しさすらも心地いい。


「フフフッ、ハハハハハッ!」


 俺は笑い声を上げながら町の中を疾走して、30分ほどで10㎞の距離を走り抜けた。


 笑いながら猛スピードで町を走り抜ける謎の怪人――『ターボスマイル』の都市伝説が生まれる数日前の出来事である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る