3.-side.W- ずっと独りの少年(1)
今日は、子爵家の娘と婚約を結んだから顔を合わせに行くことにした。
この俺がわざわざ出向いてやるんだ。
感謝して喜ぶべきだろう。
・・・どうせ、俺を見て怯えるか隠れるかする、無知で愚かな人間なのだろうが。
「うぇ、ウェイド様・・・ですか?わざわざ伯爵家から出向いて下さりありがとうございます。そして申し訳ございません!
私がツィーナ・デフレットです。」
パタパタとこちらへ向かい、息を切らしながら駆け寄ってきた少女を見て固まってしまった。
「・・・なんでだ?」
「はい?どうしましたか・・・?」
何を言ったのか聞こえなく、目の前の少女はオロオロするだけで俺に対しての怯えはなかった。
──ただ少し、遠慮があるだけだ。
それだけだ。
伯爵家と、商人からの成り上がりの子爵家がはちあえば、そんな風な態度を取ってしまうのは当然なのに、なぜだか苛立ってしまう。
「・・・なんでもない。あと、挨拶をしに来ただけだからここでいい。」
「いえ、ですが・・・」
慌てたように俺に対し腰を低くするさまに、プツリと何かが切れた音がした。
「・・・醜い女だ。」
「・・・え?」
「醜い女だと言ったんだ。
・・・お前みたいなガキを婚約者にしてやれるのは俺くらいだ。感謝しろ。」
一瞬傷ついたような表情をしてツィーナは、後ずさる。
前触れもなく来た俺のために急いで綺麗な格好をしたのだと、見ただけでもすぐに分かった。
・・・社交界で俺がどんな風に話されているのか分かっているはずなのに。
それなのに嫌な顔ひとつせずこちらへと向かってきてくれた。
それを醜い女だと言ってのけたのは俺だ。
「おい。聞いているのか?これからお前は俺の婚約者だ。成り上がりの卑しい子爵娘が俺と婚約できるんだ。ありがたく思うことだな。」
そう言った瞬間に、スっと少女の表情が冷めていくのが分かった。
結局、噂は本当のことだったのか、そう気づいた表情だった。
そして婚約者がそんな俺だということに失望した表情だった。
──違うんだ。
そういうつもりではなかった。
俺の事を理解しようと近づいてくる人に慣れていなかった。
言い訳になどならないが、それでもどういう風に接すればいいのか、裏切られるのも怖くて、酷い態度を取ってしまった。
そういう風に今まで生きてきていたから、この14年間で俺の味方などはただの一人もいなかった。
「謹んで、この婚約お受け致します。」
冷めた声。
さっきよりも距離を置かれたように感じて、身勝手にもズキリと胸が傷んだ。
「・・・フン、何か気に入らない面をしているな。言っておくがお前に選択権はない。せいぜい俺の引き立て役になっておけ。」
その痛みを誤魔化すふうにツィーナを罵倒し、肘で押しのけた。
「あっ」
その声に反応して思わず見ると、ツィーナの体は宙に浮かんでいた。
顔を真っ白にさせ、驚愕の表情をしていた。
自分が押して落としたようなものだと分かっていた。
思わず手を出して、彼女を抱え込む。
重力には敵わず、階段を転げ落ちることになった。
肩や背中、そこらじゅうを打ち付けて痛かったが自業自得なのだろう。
階段から転げ落ち、床に着いたら抱えていたはずのツィーナがいなく慌てる。
「・・・痛っ、オイ!」
少し離れたところにいた彼女は、頭から血を流し、倒れていた。
「やめろ・・・また・・・俺のせいで死ぬなんて・・・!」
大きな音に家の者が不審に思ったのだろう。慌てて出てきた。
「お嬢様!!」
俺を押しのけ、ツィーナに駆け寄る数名の使用人。それを見て彼女は愛されているのだと思った。
「・・・ふざけるな。」
なんて理不尽だと感じた。
そうして意識が戻った彼女に謝りたかったのに、安心していたのに、酷い言葉を次々と投げかけてしまった。
きっと軽蔑したのだろう。
「────これ以上我が家を、娘を侮辱するのであれば婚約の件、見直させて頂きますので。」
そう言われた瞬間に頭が真っ白になる。
嫌だ。──なんで?
「──なっ、お前らみたいなやつまで・・・俺を・・・!とにかく・・・婚約は絶対だ!いいな・・・」
思わず叫んで、そのまま子爵の屋敷を後にしてしまった。
ただ、俺は帰り道ずっとズキズキ痛む胸を抑えながら考えていた。
なぜ、離したくないと。
これ以上嫌われたくない。
俺に歩み寄ろうとしてくれていたあの時に戻って、彼女ともう一度、冷静に話したい。
「・・・」
婚約をなかったことには、絶対にしたくない。
「フン。成金子爵令嬢が、俺に手を出すなんて・・・今度また屋敷に向かって文句を言ってやる・・・!」
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【ツィーナの一言】
※ただ、俺は帰り道ずっとズキズキ痛む胸を抑えながら考えていた。(本文から)
ウェイドくん。きっとそれはね、全身打撲のせいで痛んでいたんだよ。
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