『スナッフ・フィルム』

朧塚

”呪いのビデオ”と言われて観せられたもの。

 短大を卒業してから、俺は就職するわけでもなく、ふらふらとアテもなく、個人経営のレンタルビデオ店のアルバイトをしていた。ビデオ店の主人は気さくな性格の人間で、色々と俺の面倒を見てくれた。


「おやっさん、何かいい裏モノとか無いですかねえ?」

「そうだなぁ。白人の奴、入ったぞ。後で観るか。かなりハードな奴だった」

「いつも、ありがとう、ございやーす!」

 客が来ない時は、俺はおやっさんと呼んでいる店主と、そんなやりとりをしていた。おやっさんは、まるで親戚の子供のように、俺の事を可愛がってくれた。


 客が少ない時は、ヘッドフォンをセットして最新の映画やAVなどを、カウンターの奥で観ていた。おやっさんの方も、俺と似た性格なのか、仕事はほどほどにしたいタイプの人間だったので、ウマが合ったのだろう。昔は塾講師、ラブホテルの清掃員、とび職、営業マンなどと転々としていたが、何処に行っても、何処か怠け者みたいな印象を上司か同僚から持たれていたので、おやっさんは仕事が長続きしなかったらしい。


 今の個人経営が一番、性に合っていて、常連客もそれなりにいるから大好きな映画を仕事中に怠けながら観れるので、今までの仕事で一番自分に合っている、と、おやっさんは言っていた。


 そんなわけで、どちらかというと、俺の方が店主のおやっさんよりも、ビデオ店の店員として仕事熱心だったのではないだろうか。客が店の前まで来ると、俺はすぐに映画を一時停止してすぐにカウンターへと走った。おやっさんは、よく、店の奥で昼寝をしていた。


 ある時の事だった。


 おやっさんは、妙なビデオテープが手に入ったのだと言って、俺に見せてくれた。

 そのビデオテープは真っ黒で、何のラベルも貼られていなかった。


「おい。サトル、このビデオ観ないか? 何でも“呪われている”んだってよ。俺は怖くて観れないんだよけど、ちょっと、お前、観てみないか?」

 そう言って、おやっさんはイタズラっぽく言った。


「またまたあ。あ、分かった、おやっさん、さては仕込みましたね? 絶対、変なビデオ作ったでしょ? 俺をかつぐつもりだな?」

「違う、違うって。とにかく、なんか、仕入れの際にいわく付きのビデオだって、教えられたんだよ。先に観てみなよ。お前が大丈夫だったら、俺も観るからさあ」

「はあ。まあ、いいっすけど。でも、絶対におやっさんのイタズラじゃないっすよね?」

「違う、違うって。だから先に観て」


 俺は半ば押し付けられる形で、ラベルの貼られていないビデオテープを渡された。


 夜の十一時になり、バイトが終わると、俺はおやっさんから渡されたビデオテープをカバンに入れて家に帰った。


 俺の家は、バイト先から、歩いて二十分くらいだった。自転車を使っていたので、十分程度で着く。


 安アパートの部屋に戻ると、俺は途中に寄ったコンビニで買ってきた酒と煙草、それからツマミをちょびちょび口にしながら、TVをだらだらと観ていた。


 12時を過ぎてから、俺はおやっさんから渡されたビデオテープをビデオデッキの中に入れて観てみる事にした。


 呪われたビデオだとか言っていたが、俺の興味を惹かせる為の口上である事は、おやっさんの眼が言っていた。一体、何が映っているのか。おそらく、心霊なんかよりも、よっぽどヤバいものが映っているに違いない……。

 まさか、残酷な人間の死が映されたスナッフ・フィルムの類だろうか。そんな事を考えながら、リモコンを操作する。


 やがて、ビデオの映像は始まった。


 画面が荒い。

 一体、何を映しているのかよく分からない。


 どうやら、部屋の中で、女が映っているみたいだった。

 服装や髪型を見ると、水商売系の女だ。結構な美人だ。俺は息を飲む。


 女は怯えた顔をしている。

 そして、何かを叫んでいる。音声は聞こえない。俺はここで、このビデオは無音ビデオなのだという事に気付く。


 画面に何度か砂嵐が走る。


 画面の女の姿が少し変わっていた。別の日に取った映像なのだろうか? 女は身体が衰弱しているように見えた。身体のあちこちにアザのようなものがある。


 鉄格子のようなものが映る。

 どうやら、女のいる部屋は鉄格子のようなもので塞がれているみたいだった。ちらりと、腕のようなものが見えた。腕に和彫りが彫られている……。


 また、映像が切り替わる。


 女は地面に倒れていた。

 身体の露出部位に明らかに死斑のようなものが浮き出ている。蟻や蠅といったものも集まってきていた。カメラのアングルがぐらぐらと揺れ動いている。


 場面が切り替わる。

 バスルームみたいな場所で女が刃物やノコギリ、その他の何かよく分からない道具などで解体されていく。俺は思わず、画面を早送りにして眼を背けた。


 ……やはり、スナッフ・フィルムだ。

 俺はビデオを見た事を激しく後悔した。

 しかし、本物なのだろうか……?


 しばらくして、画面が切り替わる。俺はリモコンで早送りを止める。

 

 ドラム缶があった、ドラム缶で何かが燃え続けている。

 そして、ドラム缶の周りに人が集まっていた。

 何名もいる。


 服装や露出した肌から見える和彫りから、明らかに暴力団だと思われる人物が映っていた。彼らの顔はモザイク処理されていた。……理解不能な映像が映る。人物達の中には、警察官の服装をしている者達が何名かいた。彼らの行動から判断するに、どうやって、死体を処理するのかの打ち合わせをしているみたいだった。


 画面が切り替わる。

 河だった。

 何処かで観た河だ。もしかすると、TVか何かだったかもしれない。有名な観光地だったような気もする。河の中に、ポリバケツから何かが流されていた。明らかに血や肉、臓物を細かくひき潰したものだ。それらは河の中へと流れていく。綺麗な河だった。何名か人が映し出されている。暴力団と、それから、警察官の服装をした男達……いずれも、モザイク処理がされていた。


 暴力団らしき男の一人が画面に近寄ってくる。


 モザイクだった。


 今まで無音だったが、少しだけ音声が入った。河の流れ、ざわつき、顔にモザイクを掛けらている男は指先を画面に伸ばし、つまり、俺の方へと指を差して口を開いた。


「おい。この映像を見ているお前、これ探ったら、同じ目に合わせて殺すからな」


 ざああっー、と、しばらくして、画面が暗くなる。

 ビデオが終わった事に気付く。


 俺は酷く気分が悪くなった。

 俺のアパートの外で何者かに見張られているような感覚に陥った。


 翌日、俺はバイト先のビデオ店に勤務が始まる三十分前に到着した。

 おやっさんがいて、棚の整理をしていた。


「おやっさん、俺、あのビデオ観ましたっ…………!」

 そう言って、俺はおやっさんにラベルの貼られていないビデオを渡す、気のせいか、腕が小刻みに震えていた。


「どんな内容だった? あれ、俺の同級生の警察官になった奴からダビングして貰った奴なんだけどよおぉ。ちょっと前に飲みに行った時に、警察の仕事やっていて、いつものようにさあぁ。何かヤバい話無いか? って聞いたら、くれたんだよなぁあぁ。新しい面白い奴だって。なんでも、“いつものように”署内で保管しているビデオをダビングしたものらしいんだけどさ。んで、何が映ってたの? サトル」


 俺はおやっさんが何を言っているのか理解するのに、たっぷり数分の間、考えた……。


 考えたが、何を言っているのか、まったく理解が出来なかった。


 …………俺は、ビデオに映っていた内容を、おやっさんに話す事にした。


「…………、ああ、いつものように。シゲ馬鹿の奴、犯罪の証拠品をダビングして、俺に渡してくれんのね。それも“警察官がやった犯罪”の証拠品」

「…………、…………。あの…………、言っている意味が分からないんですけど……」

「ああ、そうね。なんかよぉー、シゲの勤めている署なんだけどさあぁ。筋ものと賄賂でズブズブらしいんだわ」

 そう言いながら、おやっさんは大笑いをしていた。


「女の人が殺されてました」

「ああ、なんでも、ヤクザがさあ。警察専用の裏風俗作ったらしいんだわ。ヤーさん、マッポに、金以外でも女で買収したんだとよ。裏風俗で働く女の中には、未成年も結構いたらしい。俺、シゲから他に見せて貰った裏ビデオには、本物の警官が中学生くらいの制服姿の女の子を犯しているものがあったねえ。なんかよおぉ、警官の中には、いるらしいんだよ。いつもの生真面目な制服着ながら女とやりたがる奴。なんか、特殊なフェチなのかねえぇ。ああ、そういえば、俺がシゲから貰っているビデオなんだけどさあぁ。流出させたら、俺もお前も消されるぞ、って強く言われていたんだっけなっ!」

 そう言うと、おやっさんは、げらげらげらげらと、腹を抱えて、大笑いをしていた。


 それからも、俺は気さくなおやっさんと一緒に、しばらくこのレンタルビデオ屋に勤務していた。時折、おやっさんは、同級生だった警官から新しいビデオをダビングして手に入れてきたみたいだが、俺は毎回、断った。


 相変わらず、おやっさんは、俺を親戚の子のように可愛がり、バイト帰りに飯なども奢ってくれた。少し頭のネジが緩んでいる部分がある以外は、本当に良い人だった。


 それから、あのスナッフ・フィルムを見せられてから、一年近くが経過していた。


 ある日、ビデオ店に行くと、店が閉まっていた。

 俺は当時、普及し始めていた携帯電話で、店とおやっさんに電話する。繋がらなかった。

 しばらくの間、毎日、バイトしているレンタルビデオ店に行ったが、ずっとビデオ店は閉まっていた。


 月末近くて、給料が支払われていない。

 アパートの家賃を払わなければいけなかったので、俺は仕方なく、しばらくの間、日雇い労働で食いつないだ。


 それから、一か月半程して、俺の借りているアパートに差出人不明の封筒が送られてきた。


 封筒の中には、いつも、おやっさんが月末に渡してくれる給料袋が入っていた。袋を開けると、中には、三ヵ月分の給料が入っていた。


 そして、現金の底には写真が入っていた。

 写真には、顔以外の箇所に酷い傷を負った、おやっさんが怯えた顔で映っていた。写真は二枚あり、二枚目は真っ赤な人型のものだった。俺は二枚目の写真は“全身の皮を剥がされた人間”である事を理解するのに、たっぷり、十分近く掛けたと思う。

 


 あれから、二十年以上、経過するが俺は無事、生きている……。

 定職に就いて、女房、子供もいる。


 俺がおやっさんのレンタルビデオ店でバイトをしていたのは、某呪いのビデオの映画が流行した90年代の頃だった。


 警官を見ると、俺は寒気がする程、怖い……。

 女房子供には、警察物のドキュメンタリー仕立てのドラマは見るなと、強く言っている……。


END

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『スナッフ・フィルム』 朧塚 @oboroduka

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