第7話 終末へ続く物語
時は流れ、アダムは立派な青年になった。家族のように共にあったイヴとも、気づけば恋人同士である。あれからも穏やかな日々が続いたが、アダムには1つの悩みがあった。それはイヴとの、愛する人との子どもが欲しいという気持ちが日々強まっていることだった。
エデンでは、子どもを作ることは禁止され、どうしても子どもが欲しい場合は統一議会が管理している孤児を引き取って育てることになっていた。とはいえ統一議会の主導する避妊手術などの政策のため、いまや生まれてくる〝不幸な〟子どもなどほとんどおらず、待機者のリストはそれなりの長さになっている。
しかしアダムは、ほかの人を押しのけて子どもを引き取り、親になりたいわけではなかった。愛する人と自分の遺伝子を引き継いだ子どもがほしかったのだ。それは生物の本能に近かった。
だがエデンの中心的思想では、その生物のもつ〝野生的で汚らわしい本能〟を〝理性〟で抑えるのが正しく進化したヒューマノイドの姿とされており、彼の願いは否定されるものであった。また仮にその思想を無視したとしても、イヴは既に避妊手術などを生後まもなく受けているはずだから、アダムの願いはやはり叶わないものだ。そのはずだった。
しかしアダムには、イヴと子どもを作る方法があったのだ。彼はかつてサタンから、愛する人と子どもを成すことができる、エデンでは使用を禁止された薬を渡されていたのだ。それを使えば子どもを成せる可能性があることが、さらにアダムを悩ませていた。アダムの理性は言った。
『何を悩んでいるアダム。この世という地獄に愛する人との大切な子を生み出したいのか? お前はやがて子どもより先に死ぬ。お前亡きあと、誰が子どもを守るのだ』
対するようにアダムの本能は言った。
『子どもを欲しいと思うのは間違ったことではありません。それは〝心〟から湧き上がる正しいものです。生まれてくれば辛いこともたくさんあるでしょう。でも、あなたがサタンやイヴと出会ったように、嬉しいこともたくさんあるはずです。たとえあなたが死んでも、あなたが子どもに教えたことは残ります。それがあなたの子どもを守り、導くでしょう』
理性は本能を黙らせようとした。
『いいや違う。この世は苦痛だ。どんな幸福があろうと一滴の苦痛がすべてを台無しにする。子どもを大切だと思うなら、苦痛を与えないことが一番だ』
しかし本能も引き下がらない。
『いいえ。どんな苦痛も愛されたなら乗り越えてゆけます。愛された幸福は、必ず苦痛を上回ります。どうかあなたの子どもに愛される喜びを教えてあげてください』
アダムの中の理性と本能は決して相容れるものではなかった。悩みに悩んだアダムは、とうとうありのままの気持ちをイヴに伝えた。
自分がイヴとの子どもを欲していること。
自分が子どもを作ることができる薬をもっていること。
子どもをこの世界に誕生させることが正しいのか悩んでいること。
イヴはアダムの話を静かに最後まで聴いたあと、ゆっくりと言葉を選ぶように話し出した。
「アダム。辛かったね。たくさん悩んで。自分の子どものために悩めるのは、アダムが優しいからだね。……ねえ、アダム。わたしもたくさんたくさん辛いことがあった。生まれてこないほうがよかったと思うことがあった。でも、今は幸せ。なんでかわかる?」
アダムは小さく首を振った。そうするとイヴは口元に小さな笑みを浮かべた。
「あなたに出逢えたからよ。あなたに出逢えて、わたしは幸せを感じた。だからわたしも……」
ガタン
イヴが話している途中、外から物音がした。アダムが玄関のドアを開けて確認すると、遠くに走り去る人影があった。
「……アダム。今の話を誰かに聞かれたのかな」
「……かもしれない」
2人は厳しい表情で、これから先に起こるかもしれない悲劇を予想した。
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