第1話 アダムの誕生

 リリスは必死に逃げた。統一議会の手の届かないところにいく必要があったのだ。彼女は子どもを産むつもりだった。彼女がたどり着いたのは、誰も寄り付かない「死の森」だった。彼女は限界を超えた身体を引きずり、大木の幹に寄り掛かるようにして腰を下ろした。



◇◇◇



 それからどれだけの時が過ぎただろうか。リリスはもう動くこともできず、ただ涙を零した。


(この子を産んであげたかった。確かにこの世界には辛いこと、苦しいことがある。でもそれだけじゃない。楽しいことも、美しいものもたくさんある……)


 不意にパキリという小さな音が響いた。リリスが目線を前にやると、そこには黒いローブを身にまとい、フードで顔を隠した男がいた。男はリリスに声をかけてきた。


「妊娠しているのか」


「どうか、この子を……アダムを」


 リリスは囁くようにそう言い、静かに息を引き取った。その頬に一滴の涙を残して。


「……」


 リリスが息を引き取ってからも、男はしばらく彼女を見つめていた。やがて無言でローブの中からナイフを取り出すと、リリスの腹部を切り裂き、中の子どもを取り出した。男の子だった。


「……アダム」


 男がそう呟くと、彼の手の中の小さな命もまた答えるように弱弱しい産声を上げた。アダムはその様子を見て、口元に小さな笑みを浮かべた。

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