第44話 仕切り直しの結婚式

 結婚式の延期から十日後。

 仕切り直しとなった結婚式はつつがなく進行をした。


 神の前で、夫婦の誓いを交わし、フューレアは今を持ってギルフォードの妻となったのだ。


 初めての口付けは、正直に言うとあっという間に終わってしまった。

 仕切り直しとはいえ、やはりそれなりに緊張をしていたらしい。


 今度は邪魔が入ることもなく、最後まで平穏に終わりフューレアは心の底から胸をなでおろした。大捕り物付きの結婚式などこりごりだ。


 まあ、結婚式自体もう二度とすることはないのだろうけれど。

 正装のギルフォードはやっぱりとびきりに素敵で。

 この格好を二度も見ることが出来たのだから、役得だったと思うことにする。


 教会の前の小道で、招待客から祝福をされた後。

 ドレス姿のままフューレアは馬車へと連れて来られた。

 これからレーヴェン公爵家へ行き、晩餐会なのだと思っていると到着をしたのは運河で。


 目をぱちくりとさせているときれいに飾りつけをされた小舟にあれよあれよという間に乗せられてしまう。


 たっぷりの薔薇の花とりぼんで美しく飾られた小舟は黒色で、余計に淡い色の薔薇が映えている。船頭もつやつやのお仕着せを着て、フューレアたちを出迎えてくれた。


「え……? え……?」


 訳も分からずフューレアは辺りをきょろきょろさせる。

 いったいどういうことなのか。


「わぁ。花嫁さんだぁ」


 橋の上から子供の声が聞こえてきた。

 小さな男の子と女の子がこちらに向けて手を振っている。


 フューレアは思わず彼らに向かって手を振り返した。子供たちは歓声を上げた。なんだか嬉しくなってフューレアも笑った。


 青い空は曇りなんて一つもなく、運河の水面に青色を映している。

 そよそよと木々が揺れている。

 ゆっくりとした速度で、小舟はロームの運河を進んでいく。


「ここがきみの故郷だ」

「ギルフォード……」


 フューレアは泣き笑いをつくった。

 そう。この街がフューレアの新しい故郷。

 大好きな街。

 大好きな人がいる街。

 フューレアが共に生きたいと願った人とこの街で、この国で生きていく。


「フューレア様!」


 少し先の橋から声が聞こえた。

 招待客らが待ち構えているのだと、目を細めたフューレアはすぐに顔を輝かせた。


 運河沿いには、花嫁衣装を身にまとったフューレアに、人が集まり出す。

 おめでとう、と声を掛けられ、フューレアは胸がいっぱいになった。


「あなた、いつの間にこんなことを考えていたのよ?」

「うん。結婚式が延期になったからね。せっかくだから延期になった分何か思い出作りができないものかと」


 どう? と目線で問われたフューレアはギルフォードにぎゅっとしがみつく。


 ほんとうは頬に口付けをしたかったのだが、家族友人たちが眼前に迫っている。

 結婚式での口付けはあれはもう儀式の一環だから気にはならないけれど、今は沿道にも人が集まっているし、ちょっと気恥ずかしい。


「ありがとう。ギルフォード!」

「お礼は今夜たっぷりもらうよ」

「もう」


 耳元でささやかれてフューレアは顔を真っ赤に染めた。

 この人は油断をすると、すぐに狼さんになるのだから。


 フューレアはじっとギルフォードを見上げた。狼さんでも、フューレアはちょっぴり強引なギルフォードも大好きで。


 見つめ合っている頭上から花びらが降り注ぐ。

 はらはらと舞い散る薔薇の花びらに笑顔になって、上を見上げて手を振る。

 エルセやフランカたちの笑顔と目が合った。


「おめでとう」

「幸せにね!」


 祝福の言葉にたくさんの笑顔を返した。

 橋の下を潜り抜け、名残惜しいけれど、みんなともしばしお別れ。

 公爵夫人になっても、みんなとはそのまま会いたいときにいつでも会える。


「そういえば、口付けって案外あっさりしたものなのね」


 結婚式の緊張から解き放たれ、運河を吹く開放的なそよ風に、フューレアはついぽつりとつぶやいた。


 歌劇で観た口付けのシーンはその演目のハイライトで、ヒロイン役の女優は甘い口付けがいかに素晴らしいのかを観客に歌って聞かせた。


「フュー、それは私に対する挑戦状?」

「え……?」


 と思う間もなく唇を塞がれた。

 それはもうたっぷりと長い間。

 遠くから歓声が聞こえた。


 ここ、外! と思うのに、柔らかな口付けの感触がフューレアの心を侵食していって、ギルフォードが離れていってしまうと名残惜しいと感じてしまった。


「続きは、また今夜」


 耳元でそっと紡がれた台詞に一人顔を赤くして。

 余裕たっぷりな旦那様のその顔に悔しくなる。


 むむ、とフューレアは悔しくなった。

 いつだって彼は余裕綽々なのだ。翻弄されるのはフューレアばかり。


 船を降りるとき、フューレアは手を貸してくれたギルフォードに背伸びをして、唇を寄せた。


「大好きよ、旦那様」

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