第42話 結婚式は大捕り物

 招待客が見守る中、フューレアはナフテハール男爵と一緒に身廊の通路をゆっくりと歩いていく。


 オルガンの音と布ずれの音。ゆっくりとギルフォードの姿が近しくなっていく。


 もうすぐ、彼の妻になる。

 心は静かだった。

 式を迎えてしまえば事前の緊張など嘘のように、体は勝手に動いた。


 あと数歩でギルフォードの元へとたどり着くというその時だった。


 小さな教会の扉口が開いた。

 木の扉は特有の音を立てて大きく開け放たれた。


「あなたみたいな孤児風情が、ギルフォード様の花嫁になんてなれるはずが無いじゃないっ!」


 教会の出入り口に佇んでいたのは、豪華なドレスに身をまとった若い女だった。外からの光が邪魔をして顔までは見えない。けれども、その声には聞き覚えがあった。


 突然の闖入者に招待客が後ろを向く。


 フューレアも驚愕に声が出ない。

 いったい、何が起こっているというのだろう。


 開け放たれた扉から何かが投げ込まれた。

 それはもくもくと煙を吐き出した。招待客が叫び声を上げる。


「さあ、その場所をわたくしに明け渡して!」


 女がフューレアに向かって突進してくる。怒りと嫉妬に支配され、醜く歪んだ顔がフューレアに近づいてくる。その顔に見覚えがあった。あれは、たしか。公園でフューレアに話しかけてきた少女。

 女は手にブーケを持っていた。そのブーケからナイフを取り出した。


「きゃぁぁぁぁ」

 招待客の誰かが叫び声を上げる。


「お父様っ……」


 フューレアもナフテハール男爵も突然の事態に体が凍り付き動かない。互いに抱き合うように身を寄せるのに、足が縫い留められたように床から離れてくれない。そうしているうちにも女との距離が縮まる。教会の中に煙が充満していった。


「扉が開かないぞ!」


 誰かが叫んだ。開け放たれていた正面の扉口がいつの間に閉まっていた。一人の言葉に辺りが恐慌状態になる。


「落ち着け!」

「いやぁ! どうなっているの」

「誰か!」

 怒号と泣き声が入り交じる。


「フュー!」

 ギルフォードがフューレアの前に躍り出る。


「ギルフォード、だめよ」


 相手は刃物を持っているのだ。ギルフォードが危ない。女はギルフォードを前に嬉しそうに瞳を輝かせたが、すぐに憤怒の形相を取り戻しフューレアに焦点を定める。


「あの女をまず片づけてから結婚式を挙げましょう」


 うっとりとした顔から表情が抜け落ちる。狂気を孕んだその顔に怖気だった。


「おまえと結婚式を挙げるわけがないだろう、ローステッド嬢」


 ギルフォードは女との間合いを測りながら、冷静に吐き捨てた。


 ああそうだ。あれはヴィヴィアン・ローステッドだ。フューレアからメダイユを取り上げて運河に投げ捨てた少女。

 どうして、彼女がフューレアとギルフォードの結婚式に乱入しているのだろう。


「いやぁぁぁぁ」


 突如として女、ヴィヴィアンが雄たけびを上げた。

 フューレアはぎょっとして、そちらに目が釘付けになる。


「フューレア、早く逃げなさい」


 ナフテハール男爵に促されるも、彼女の様子が気になってその場から動けない。ヴィヴィアンは叫んだ後、縦横無尽にナイフを振り回す。煙が建物内を充満していき、視界が悪くなる。フューレアの耳に色々な声が届くが、全部が遠くの世界のことのように感じられた。


「レーヴェン卿、加勢する!」


 アマッドの声が聞こえた。

 男二人がかりでもやみくもにナイフを振り回す女を前に、どう攻めていいのか分からない。


「フューレア、あなたは一度身を引くんだ。あなたに何かあればご両親に申し訳が立たない」


 ナフテハール男爵に促され、フューレアは震える体を叱咤し、どうにか動き出した。


 正面扉口は相変わらず開かないようだが、司祭らが出入りする通用口があったはず。ナフテハール男爵の誘導に従ってフューレアはゆっくりと後ずさり、どうにか祭壇近くにある扉へと移動をした。


 その時だった。

 視界の悪い室内で、男爵がうめき声を上げて崩れ落ちた。


「だ、誰―」


 フューレアは叫ぼうとしたけれど、布で口元を覆われた。刺激臭が鼻の中に入ってくる。嗅いではだめだと息を止めようとしたそのときだった。


「諦めてください。あなたの負けです。エデュアルト・ヘームスト公爵」


 かちゃりという金属音が聞こえた。


「まずは、花嫁を離してもらいましょうか。脳みそを吹っ飛ばされたくはないでしょう?」


 エデュアルトは丸腰だったのか、カールの問いかけに素直に応じた。


 恐る恐る後方を伺うと、丸腰のエデュアルトの後頭部に、カールが拳銃を押し付けていた。確かに後ろを取られてしまえば了承せざるを得ない。


 新鮮な空気を取り込み、フューレアは深呼吸を繰り返す。薬のせいで頭はもうろうとしていたが、どうにか意識を持っていかれなさそうだ。


 崩れ落ちそうになったところを「フュー!」という声を共にギルフォードによって抱き留められた。


「ギルフォード……」

「怪我はない? どこかおかしいところは?」


 ギルフォードはフューレアの頬にぺたぺたと触れて入念に確認をする。


「それより……あなたは、平気?」


 ヴィヴィアンがナイフを振り回していたのだ。彼女はいったいどうなったのだろうか。


「アマッドのお手柄だよ。あと、正面の扉が開いてそこから、カールの仲間たちが入ってきたから彼女を預けた」


 見れば教会内が明るくなっていた。出入り口が開き、招待客らが避難を開始している。


「おまえは……カール・キールシュ。あの男皇帝の腰ぎんちゃくがどうしてここに」


「あなたの負けです。皇帝陛下へのいい手土産ができました。一つ伝えるとすれば、姫君が手を取ったのは我らが皇帝陛下ということです。彼女を手に入れてもゲルニー公国に付随する諸権利は手に入りません」


「なん……だと」


 カールは恐ろしい速さでエデュアルトの腕を捻り上げ、動けないように拘束をした。

 その頭にはまだ銃口が突きつけられている。


「動くと手元が狂って発砲してしまうかもしれないので大人しくしていてくださいね」


 では、失礼、とカールはエデュアルトを引っ張っていってしまう。


 煙が徐々にはれていく。

 教会内は人が入り乱れ、式どころではなくなってしまった。

 それでも、けが人が出ることもなく式を邪魔したヴィヴィアンとエデュアルトは連行された。

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