第22話 ドジっ子魔法少女の原石

いやぁあああああ、誰か止めてえええ!!!!


朝の閑静な住宅街を絶叫が駆け抜けていく。雀が飛び立ち、猫がひっくり返り、犬が吠えたてる。ご近所迷惑な甲高い少女の悲鳴は、町の中央をドカンと突き通る中央どおりまで聞こえてきた。


「はぁ、だれもあなたを止めようとは思いませんわ」


その美少女は少し青みがかった長い黒髪をかきあげながら、嘆息した。見るもの全てがうっとりするような仕草で、爆走少女の足をヒョイッと引っ掛けた。



「わふんっ!ギュペペペペペぺ!!?…ぺぺっ」


1度空中でぐるりと回転した後、大地とスライディングキスした女は、1度あしかのように見事に反り返り、地面に落ちた。


「ぬぺん!」


そんな土まみれの少女のしりに、美少女がパンプスを踏み下ろす。


「ん、んっ!愛上あいじょう愛美らぶみさん!何度言ったら分かるのです!」


地べたに突っ伏した少女に言い放つ。少女はふたつに分けた、おさげを美少女に向けて、息も絶え絶え呟く。


「じょ…女王様…万歳…」


「誰が女王様ですか!わたしには、立派な江角えすみ九院くいんって名前があるんですよ!愛上さんっ食パン1斤咥えて走っていっても運命の人には出会えません!あと、おはようございます!」


「な…なんだってぇ!定番すぎて逆に新しい出会い方じゃない?!令和バージョンで食パンも増量中!みたいな!」


最上級のドヤ顔を地面の下から覗かせる。


「してやったりみたいな表情しないでくださいっ!腹立たしい。こないだのピザだったり、カレーよりか、だいぶ現実に近くなって来ましたけど、スカートで町内を爆走する変態少女に誰もときめくことありませ」


「好きです!付き合ってください!」


1人の少年が、交際を申し込んできた。2人の少女は1度顔を見合わせたが、愛美はほれみたことかとしたり顔を見せて立ち上がる。ゆっくりと微笑を浮かべつつ、モデルウォークをかましながら、少年に近づく。少年はあどけない表情で愛美を見て、首をかしげる。あら?気づいてないのかしら。


「あっらん、ぶぉくぅ?!お目が高いわね!この愛上 愛美の魅力にラブめろバーニングしちゃったのか・し・らん♡」


「どけ!変態!」


「何故に?!!!」


そういうと、九院の元へと少年は馳せ参じ、乞うのだった。


「女王様!!好きです!私めを踏んでくださいませっ!!」


九院は髪をかきあげながら、少年を冷たく見下ろす。



「…っ!まったく、世の殿方は何を考えてるのかしら…。今週に入って6人目、ですわ」


「あ、あああああぁぁぁん、も、もっと」


「この、豚、が、もっと、ぶひぶひと、鳴きなさい、」


「ちょ、」


「だれが、人語を、話して、いい、と!いいましたか?」


「ちょ、九院!落ち着いて!この子、鼻血出してるから!出してるから~~~!」


やっぴー✩.*˚

私、愛上愛美!ごくごくごくごくふっちゅ~の高校生!てへっ(๑>؂・๑)ゝ

今日も今日とて!作者に愛され、ヒロイン街道まっしぐら!

ほら、今パソコンで、私の物語を読んでいる君っ!そう、メガネかけてる君、今から始まるわたしのラブリーキューティーメガマックスストーリーのとりこにな~れ✩.*˚



「…お前魔法少女か?」


深く底冷えた声がした。


「…どちら様ですの?」


トレンチコートをきた男が声をかける。楽しげな朝の一時も通夜のように色変わりする、静かな声。


「…あぁ、すまん。とても美味そうな魔力の匂いがしてな」


九院がポケットに手を伸ばすが、その手ははじかれる。


「っ!!」


「???」


「…まだ1人は事態が飲み込めてないようだが…杖なしでの変身くらい…覚えておくべきだったな。…最近の魔法少女は弱い…自分が狩られる側でもある事を自覚してない」


「っ!!この人危ないですわ。逃げて!」


「…はぁ…人を変態みたいに…逃がすわけないだろ…」


トレンチコートを広げるとおびただしい数の黒い蝶が溢れ出し、彼女たちを襲う。


静かな住宅地。1人残された少年はトレンチコートを着ていた。


「…はぁ、まだ足りない…。まぁ、新しい器が手に入ったからよしとするか」


少年は呟き、また歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る