起きもせず

高田 朔実

第1話

 図書室は、なんだかあの高校にぴったり馴染んでいるのにどこか浮いているような、不思議なところだった。それほど交友関係が広くなかった私は、あそこですれ違った人たちとはほとんど話したこともなかった。

 そんな人たちのことも、なぜか今でも、時折懐かしく思い出されたりするのだ。



 この高校学校の図書室は、決して人が少ないわけではないのだけど、比較的本好きの生徒が多く、「図書室では静かに」というごくあたり前のことが普通に守られている。誰かに強いられているわけでもなく、ただみんながそれを望んでいるからそうなっている、なんて平和なのだろうと思う。

 中学校の図書室も静かではあったけれど、それはみんなの思いやりのなせるわざではなく、単に忘れ去られていたからだった。先生たちにてしも、図書当番の日にさぼることなく図書室を開放するよう図書委員を指導するよりも、ほかにやるべきことがたくさんあった。生徒は生徒で、図書委員なんて楽そうだからなったというだけで、本になんて目もくれない人もたくさんいた。だから私は、先生から個人的に鍵を借りて、いつも一人で図書室を開けていた。そういうときだけは、日頃からある程度勉強できる生徒でいてよかったと思った。「私の知識欲を満たすには、もう教科書だけじゃ足りないんです」などと適当なことを言えば、生徒を教育するためにそこにいる者としては、「そんなん知るか」とは言えないのだった。

 今となっては、あの誰もいない図書室は、かなり貴重な空間だったのだと思う。実質本の貸し出しなんてなかったから、読みたい本は順番待ちする必要もなく、すぐに借りられた。

 三年生の一学期までは部活動をしていて、毎日集団行動をしていて、二学期から急にひまになって思いつきで始めた図書室通いだったけど、実は自分は一人でいることがけっこう好きなのだということを知り、ちょっと偉そうに「新たな自分の発見」などと言ってみたりした。家に帰ると、私のためのスぺースは四畳半しかなくて、また常に家族の誰かしらがいて、そんな私にとって、だだっ広い図書室を独り占めできたのは信じられないくらい幸せで、また一段と図書室が好きになった。

 この図書室ではそんな状況になることはないだろうけど、ここもまた、私にとってはすぐに大好きな空間となった。今日もまた、いつもの人がいつもの席についているのを帰り際に確認してから、この部屋を後にする。学年が同じことは知っているけど、なんら接点のない人とどうやって知り合いになればいいのだろうと、いつも疑問に思う。考えたところでどうにもならないし、特に行動を起こそうとするわけでもないのだから、けっきょくはそれほど強い要望があるわけでもないのかもしれないが。校内で、クラスも部活も一緒ではなさそうな二人がいつの間にやら「むふふ」と笑みを浮かべながら肩を並べて歩くのを見ると、一体ぜんたい、あの人たちはどうやってそういうことになったのだろうとつい思ってしまう。呼び止めて尋ねてみたくもなってしまうものだ。もちろんしたことはないけれど。ナンパでもしているのか、もしくは誰かに頼んで紹介してもらったのだろうか。

 しかしながら、そうやって互いのことをよく知らないうちに「つきあってください」などと言って交際が始まり、その舌の根も乾かぬうちに、「あ、この人なんか違った」と思ってしまった場合には、どうしたらいいのだろう。そんなに先々のことまで考えていたらとても生きていけないよ、とも言われてしまいそうだが、自分から声をかけておいて「ごめん、なんか違った」はあんまりではないか。そう思うと、ことを起こす前にもう一段階なにかが欲しいと思ってしまうのだ。なかなかその機会が得られそうになくて、私はただただ図書室に足を運び続けるしかない。もともと好きな場所だから、それはそれでまあいいのだけれど。

 高校に入って、制服だけではなく人間関係もがらっと変わって、授業の進み具合が中学校とは比べ物にならないくらい早くなって、テストで初めて二百番代をとってしょげてみて。部活に入って、文化祭があって、何回かテストがあって、卒業式があって。そうこうしているうちにあっという間に二年生になり、大して年齢も変わらない一学年下の人たちから「先輩」と呼ばれるようになった。私は文芸同好会に所属していた。

 文芸同好会は週に一度しか活動していなかった。活動とはいってみたものの、会誌を年に四回発行している程度のことしかしていない。読書会だとか、座談会だとかをやってみようとしたこともあったけれども、「決まった用事があるのはしんどい」という意見がどこからともなく漏れてくるようで、結局は「会」と名前のつく集まりはほぼなく、ただ集まって雑談する程度なのだった。

 原稿の提出も、いいかげんなものだった。おそらく、計画的に書いていた人はほとんどいなかったことだろう。みんな、早くても締め切りの一週間くらい前になって慌ててパソコンやら方眼用紙やらに向かい(手書きの原稿は、二段書きが可能な方眼用紙に書く人が多い)、締め切りの日になると「間に合わなかったから二、三日待ってくれる?」となり、会長もある程度それを見越した上で締め切り日を設定しているのでなんとかなり、校閲どころか誤字脱字のチェックすらろくにしないまま印刷し、折り込みをし、そうして冊子が出来上がる。自分たちが書いたものがそうして配布物となるのは楽しいが、内容については特に吟味したりしない、そんなものだった。

 そういった、洞窟の中に灯るろうそくのようにささやかな私たちの会が、どういうわけか、「文の甲子園」なるものに出場することになった。

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