第38話 二つの大事件

後藤の強引に突っ込まれた手は、一直線に久我の襟元を引っ掴んで、勢い良く外へと引き摺り出し、そのままの勢いで地面へと引き倒す格好になった。

久我が手にしていたビニール袋が生活雑貨を撒き散らしながら足元に投げ出された。


「ご、後藤さん…!なんでここに…っ」


まだ這いつくばったままの久我が強か切った顎から血を流しながら後藤を睨んでいたが、疾しさが先に立って迫力不足は否めない。


「何で?!なんでとは何だ!それはこっちのセリフだぜ!きさま容疑者と何してんだ!」


久我の前に後藤は仁王立ちになっていた。久我とは違い、こちらは迫力満点だった。


「見て分かりませんか!買い物を手伝っていたんですよ!」


転がった物をビニール袋へと拾いながら、久我は精一杯虚勢を張った。


「それだけじゃねえだろう!見たんだぜ、お前らがここでコソコソ何していたか!

お前、捜査中じゃ無いのか?!それともテメェの身体使って取り調べか?」

「違います!そんなんじゃありません!!」


流石の久我もそう悪し様に言われてカッとなった。

撫川との事を侮辱された気持ちになったのだ。


「じゃあ何だ!刑事と容疑者の純愛か?!そんなのは事件が終わってからにしろ!職務怠慢だぞ!」



「なにしてるんですかっ!後藤さん!やめて下さい!」 


突然撫川の声が響いた。

開いたエレベーターの中から撫川が血相変えて飛び出して来る。


「遅いから見に来てみたら…っ、久我さんが悪いわけではありません!最近、危ない目にあって…それで、僕を守るために一緒にいてくれているんです!」


撫川は久我の元に庇うように駆け寄って、後藤に必死に言い繕った。


「お前らなあ、寝ぼけた言い訳してんじゃね、」

「寝ぼけてません!!そうですよ!付き合ってます!!オレと撫川はそう言う仲です!!」


後藤の言葉を遮るように、間髪入れず久我の叫びが駐車場に響き渡った。

その思い切った告白に、後藤も驚いたが撫川も驚いて目を見開いて唖然となっていた。


そんな時、後藤の携帯が鳴った。


「お前ら、ちょっと待っとけよ」


後藤はそう言って電話に出た。


「俺だ。…なんだ、なんで俺の番号知ってんだ。…おう、…何ぃ?!それいつの話だ!今行く!待っとけ!」


不穏な空気が漂った。久我と撫川が顔を見合わせる。


「何かあったんですか」

「久我、車出せ!鹿島のビルに急げ!鹿島が何だかおかしな事になってる!」


その言葉に撫川が反応した。


「え?周吾さん…周吾さんがどうかしたんですか?」

「話は車の中だ!とにかく車出せ!」


慌ただしく三人は久我の車に飛び乗って、鹿島興行へと勢い良く発進した。


「撫川さん、あんたこの写真、覚えがあるか」


後部座席の撫川に助手席から振り返った後藤が携帯を見せた。


「…それ、周吾さんの携帯…なんでゴマキさんが持ってるんですか?」


そう言って見せられた写真に撫川が絶句した。白い背中を晒した自分がうつ伏せに倒れている写真だった。


「何でこんな物が…周吾さんの携帯に…!」

「鹿島の携帯に誰かが送り付けて来たんだとよ!ヤツが血相変えて俺んとこにこの写真を見せて来たんだよ。お前を探して欲しいってな!あんた、何で鹿島の携帯に出なかったんだ」


そう言われてみれば、この所怒涛の展開にすっかり携帯のことを失念していた。

ブルゾンのポケットに入れっぱなしの筈だった。慌ててポケットを探ったが携帯が無い。


「あいつ…!僕の携帯…っ」


盗まれたならあの時しかない。しかもこんな醜態を晒していたのはあの時しか無いのだ。


「心当たりあるのか!」

「あります!携帯を盗んだのも、この写真を送ったのも、多分、浅野丈一郎と言う人です」


多少荒っぽい運転をしながら久我も話しに加わった。


「オレ達もそいつに話を聞こうとしてました。今日、鳳の刺青の師匠と言う人に会いに行ったんですが、その男、鳳と同門です。同じ師匠に師事している男でした」

「僕はこいつに襲われました。理由は分かりませんが、この写真は多分その時の…」

「何やってる男だ」

「この近くでタトゥースタジオを開業している男です」


それを聞くと後藤はすかさず警察本部へと連絡を入れた。


「後藤だ!至急調べてもらいたい人物がいる!名前は浅野丈一郎。タトゥーの彫り師だ。それと関連して鹿島興業の鹿島周吾が危ない!大至急、何人か鹿島興行に寄越してくれ!」

「ゴマキさん、何が起こってるんですか?周吾さんはどうなっちゃってるんですか?」


何度か切った張ったを掻い潜ってきた怖いもの知らずの鹿島周吾に対し、撫川は絶対の安心感を抱いていたのだが、何故か今回ばかりは嫌な予感がしてならない。

慌ただしい展開に撫川は不安そうにヘッドレストにしがみついて身を乗り出していた。

ともあれ久我と撫川の恋愛発覚事件は、鹿島のこの一件でそれどころでは無くなっていた。





廃工場の中へと足を踏み入れた鹿島は、まるで誘導するように所々に灯された灯りに導かれて奥へ奥へと進んでいった。

何を製造していたのだろう、古びた機械や、重そうな鎖が天井から垂れ下がり、酸化した鉄のにおいが湿った空気に入り混じっている。

少し開けた所で鹿島は立ち止まった。


「なあ、誰だか知らねえがいい加減顔見せたらどうだ。せっかく来てやったんだ俺の面くらい拝みてえだろう」


そう言うと、ポケットからクシャクシャになった例の紙らしきものを取り出すと、ライターで火をつけた。

紙はあっと言う間に燃え上がり、火の粉を散らしながら空気を孕んで地面に舞い散った。


「ご希望通り、紙は燃やしたぜ!出てこい!お前が一連の刺青殺人の犯人なんだろう?俺が部下どもを使って刺青の下絵を収集しているのを知ったお前は、絵画のブローカーを装ってそいつらを誘き出し、その実、本当は鳳の彫った本物の刺青を手に入れるのが目的だった。そう言う筋書きじゃ無いのか?そして今度は俺の不動明王に白羽の矢を立てた。ヤクザ相手に良くやるなあ、その度胸褒めてやる。

褒めてやるからとっとと出てきやがれ!!」


鹿島の怒号だけががらんとした廃工場に響き渡り、前方50mほどの所で鉄骨の影からゆらりと黒い影が立ち上がった。

鹿島は暗がりに目を細め、無意識に日本刀の柄を握り直していた。




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