第17話 サンタクロースの贈り物

久我は朝から精力的に児童養護施設を回った。この県内の児童養護施設なのかどうかも分からなかったが、取り敢えずそれしか情報が無いのだから仕方ない。

児童養護施設は小さな施設も含めると回るのには一日たっぷりとかかった。県の端から端までの移動はかなり距離を要し、時間ばかりが過ぎていく。

そう言えば、捜査はいつもそうだ。無駄足と時間の浪費ばかりだ。それでもその中の僅かな真実が見えて来ればそれで良い。

久我は県道沿いのコンビニの駐車場で朝昼兼の昼食を取った。サンドイッチとコーヒーを貪りながら、施設の名前の書かれたメモに線が引かれていく。

こう言う所は久我はアナログ人間だった。メモと鉛筆。その方が頭に入ってくる。

今日行く予定の最後の施設は、程よく片田舎のどちらかというとこじんまりとした施設だった。

内心、ここもダメかもしれないと思いながら職員室へと入って行った。

中を覗くと談笑している男女三人の職員の姿がある。初老の男が所長だろうか。


「あの、突然すみません。今人を探しておりまして。ご協力願うと非常に助かるのですが」


のっけから久我は警察手帳を提示し、丁重に名刺を差し出した。

何件か回るうちにこれが一番スマートに話が進むと学習していたからだ。

対応してくれたのは人の良さそうな中年の女性だった。


「こちらに撫川蛍と言う子は居なかったでしょうか。今現在の年齢は二十六歳なんですが…」


久我は手帳に撫川蛍と漢字を書いてみせた。


「私がここに来たのが十年前ですけど…撫川、撫川…蛍さん…」



そう声に出して考え込む女性の背後から初老の男が興味深そうな面持ちで近づいて来た。


「ご苦労まです。所長の田村と言います…」

「どうも、久我と言います」


久我も田村も軽く会釈をする。


「その、撫川蛍さんと言うのは…多分ホタルちゃんの事だと思います」


田村がそう言うと、もう一人奥にいた職員の女性、湯川がその名前に反応して顔を上げる。


「え、ホタルちゃん?随分と懐かしい名前ですね。ホタルちゃんがどうかしたんですか?」


久我は当たりを引き当てたと内心色めき立っていた。


見つけた。見つけたぞ!


「撫川蛍さんは、こちらの施設に居たんですか?!すみませんがお話を少し聞かせて頂きませんか!」

「ええ、良いですよ。どうぞこちらへ。…湯川さんお茶を頼みます」


応接室に通されると施設の中庭が見えた。大きい子供たちはまだ学校に行っているのだろうか、幼い子供達ばかりが遊んでいる。

これだけ見ただけではそこに陰りなどは見当たらない。


「撫川さんも、ああやってここで遊んでいたのですか

「みんな無邪気なものですよ。でも、さまざま心には何かしら抱えている子達です」


所長はそう言いながら、アルバムを開いて久我に見せて来た。


「この子がホタルちゃんですよ」


そう指された男の子は、今の撫川の面影があった。

久我はページを捲った。色々な場面での撫川はどれも楽しそうに笑っていた。

心の中で久我は少しだけ安心した気持ちになった。

そして無性にその幼い撫川が愛おしかった。


「彼は、撫川さんはホタルちゃんと呼ばれていたんですね」


そう言う久我に、お茶を運んできた湯川が、遠い昔を思い出すように子供らの遊ぶ庭へと目を細めた。





二十六年前の十二月二十四日。

この年の初雪は思いがけずクリスマスイブの日になった。

明け方から降り始めた雪が街の中をまるで粉糖をまぶしたような薄い雪景色へと変えていた。

当時、当直だった湯川はあと少しで起床時間になる子供部屋のカーテンを開けながら、外の景色に見とれていた。


「湯川さん、おはようございます。ホワイトクリスマスなんて今日のクリスマス会はみんな盛り上がりますね」


早番で出勤してきた小森と言う職員が、窓辺に佇む湯川の隣に移動して同じように窓の外を眺めた。


「恒例の田村所長のサンタ姿が今年も見られますね」

「あははっ、もう少し上手になり切ってもらわないとね。そうだ、ケーキ!後で誰かに取りに行かせよう!」



孤児院だからといって寂しいクリスマスと言う訳では無い。ツリーを飾り、プレゼントがあり、ケーキやチキンがあり、歌を歌い皆んなと賑やかに過ごす。

当たり前の家庭の光景を職員が一生懸命作り出す。

見渡せば孤児院全体に、みんなで作ったクリスマスの飾り付けが賑やかだった。


「さて、そろそろチビどもが起きてくるよ、朝ご飯の支度だね」

「私、少し手伝ってから帰りますね」


そんな会話を交わしながら台所へと移動して行く廊下の道すがら、湯川は何か弱々しい赤ん坊の泣き声を聞いた気がして立ち止まる。


「ね、今何か聞こえなかった?」

「え?何ですか?」


小森には聞こえなかった。

今、この施設にこんな泣き方をするような小さな赤ん坊はいない筈だった。

気のせいかと思い、湯川はまた歩き出すと、今度はさっきよりもハッキリとした泣き声を聞いた。今度は小森もしっかりと聞いていた。二人顔を見合わせると、声のした方へと同時に顔を向けた。


「玄関だ!」


大慌てで二人は玄関に走って行くと、目の前の扉が雪を舞い上げながら大きく開いた。

真っ赤なサンタクロースの服を着込んだ田村がその腕に毛布に包まれた赤ん坊を抱えて立っていた。

駆けつけて来た二人に向かって田村は叫んだ。


「捨て子だ!」







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