第15話 丸裸にしろ!
瀬尾が言ったように、殺されたのはヤクザとは関係の無いバンドマンの男だった。
クラブの資材置き場で腹を刺されて死んでいたのを従業員が発見し通報した。
男は身体中に沢山の刺青を入れていたが、中でも自慢は肩に入れた女の生首だった。だがその生首が持ち主の肩から綺麗さっぱり消え失せていたのだった。
捜査陣はヤクザと言う共通点を失った訳だが、代わりに新しい収穫を得た。
刺青を削いだと思われる凶器の先端が見つかっていたのだ。犯人は一度それを床に落とし、現場に痕跡を残した。それはほんの小さなカケラであったが整形手術用のメスであることが分かった。
久我も撫川もその場にいた人々と同様に職務質問を受け、知っている事を話して一旦は帰されたものの、久我は謹慎中に遊び歩いていた事が発覚し、撫川はまたしても殺人事件の近くに居合わせていた事で捜査員達からの心象はすこぶる悪かった。
撫川には監視が付き、久我はダブルの謹慎を喰らい、今度こそ家に閉じこもる日が続いていた。
思い返すとあの一日がまるで夢の中の出来事のようだった。飛び交う極彩色のレーザーが見せた幻影だったのか。
目が合うだけだった撫川と共に過ごしたのはたったの半日だったが、何日も共に過ごしたような気にさえなった。
撫川のAtoZのどこらへんまで踏み込めたのか。色々な撫川がそこには居たが、どこまで掘り進めたら本当の撫川に会えるのだろうか。
こうして二人は原点に戻され、ほんの少しの撫川への疑念だけが久我の胸の奥に残された。
撫川を見失ったのは二十分程度だ。そんなに短い時間で刺青など剥げる訳がないのは明らかだった。
だがまるで何かの
そんな時に瀬尾から署に来いと連絡があった。
「減俸三ヶ月。移動は無し。復職は二週間後。これでも上と随分掛け合ったんだ。文句はあるまい」
呼び出されて言い渡されたのは随分と温情のある処分だった。移動くらいさせられるかと覚悟はしていたが、内心久我は助かったと安堵した。
署内での瀬尾の存在の大きさに救われた。
「今回は色々とすみませんでした。以後精進します」
椅子に腰掛け、久我に背を向けていた瀬尾に向かって久我は頭を下げた。
瀬尾は久我の言葉を静かに聞いていたが、やがてくるりと身体を久我に向けた。
「ま、しっかりやれと言うことだな…。
さてと、ここからが本題なんだが…」
そう言うと、瀬尾は長い指を膝の上で組んで話に本腰を入れるように久我を見上げた。
「本当のことを言うとな、俺は撫川は白だと思う。だが、まるきりの白という訳じゃない気もするんだ。お前だってそう思ってるんじゃないか?」
流石久我の上司で相棒だ。久我と同じ疑念を瀬尾は感じたのだ。だがそれは感でしか無い。
「はい。オレも撫川は白だと思ってます。でも、具体的に何って言えません。何と無くとしか…」
「なあ、久我。
お互いスッキリしてみないか?謹慎するのもそろそろ飽きたろう?」
そう言って超然とした笑みを浮かべた瀬尾は、血生臭い現実の扉へと久我を誘っている。組んだ指で唇を摩りながら上目で久我の刑事としての探究心を煽ってくる。
「撫川の過去を。丸裸にしろ。もしかしたら何か出てくるかも知れん」
言葉のインパクトに久我は生唾を飲んだ。
それは刑事としての探究心だけでは無い。撫川の底の底を覗けると思うと久我は高揚感すら覚えた。
そして同時に撫川に対して罪悪感も伴った。そんな事をして良いのかと。
返事を躊躇う久我に瀬尾が一押し入れた。
「どうする。お前がやるか、他の者に回すのか」
「やります!オレがやります!」
久我は即答していた。
自分がやらなくても瀬尾は誰かに撫川を探らせるだろう。それは嫌だった。何故か撫川を犯されるような気持ちになる。
丸裸にするならオレがする!
一瞬で覚悟の決まった久我を見て瀬尾はしてやったりだった。
久我の恋心など知るはずもなかったが、この所シャキッとしない久我の尻に火をつけてやったと内心ガッツポーズだった。
「これが撫川の実家の住所だ。二週間きっちり調べてこい」
そう言うと瀬尾は一枚のメモを久我へと差し出し、久我がそれを受け取った。
「あ、ちなみにお前は二週間は謹慎中の身だ。手当は出ないからそのつもりで。必要経費だけは払ってやるから領収書を持ってこい。
以上!行け!」
「えぇ?!そんなっ、瀬尾さん!」
この時、初めて久我は瀬尾に上手く乗せられた事に気がついた。
色々な意味で天晴れな上司だった。
久我に発破をかけて署内から追い出した後、瀬尾は一人でデスクに向かっていた。
謹慎中の後藤から拝借した死んだヤクザ達のデータには彼らの刺青の写真もあった。
それと鹿島から押収した刺青の下絵のデータとを穴が開くほど見比べた。
これにどんな共通点があるんだ。
何か必ず糸口があるはずなのだ。
「…うん?これは何だ」
瀬尾がある事に気がついた。パソコンに取り込んだ刺青の写真のある一点だけを拡大していく。
それは何かの記号のようであり、漢字一文字のようにもにも見えた。それは二つの刺青の左下に同じような何かが刻まれていた。
「こりゃ何だ?記号…文字か?」
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