美人の先輩は、月の下を歩く

 僕は、走る。

 ひたすら走る。

 泣かせてしまった美人な先輩を追いかけるために。


「先輩...どこいったんだ」


 追いかけるとはいっても相手は今日知り合った他人。

 そんな相手がどこに行ったかなんて分かるわけもない。

 町中を走り回っても先輩どころか1のだから聞き込みも出来ない。

「ちょっと待って...何が何でも人がいなさすぎじゃ」

 僕の腕時計は、7時50分を回ったところ。

 それなのに、町には相変わらず誰1人姿が見えない。

 そんな異常な光景に先輩の言っていたある異常な言葉を思い出す。

『なんで私、天善海美てんぜんうみの中にいるのかって、きーいーてーるーのー!』

 先輩は、確かに僕にそう言っていた。

「夢の中......」

 荒唐無稽な考え方だし、実際ここが夢の中だったら到底先輩を見つけられない。

 そもそも、夢だとしてなんで先輩の夢に僕が出るのか。

 考え出したら疑問はいくらでも湧いてくる。

 考えていたら、走っていた足も段々ゆっくりになり、ある交差点で信号も赤になり、その足は止まった。

 いつも登校中に通る交差点、さっきも先輩と走り抜けた道。

 信号は赤。

 それが青に変わる瞬間を待つ。

 そのいつも見ている風景に悪寒が走る。

 冷や汗が止まらない。

 全身が震えだす。

「なんなんだよ。何が怖いって言うんだよ。いつもの交差点じゃないか!昨日だって...昨日?僕は...昨日なにしてた」

 昨日食べたものを忘れるなんてレベルじゃない。

 昨日僕がしたこと、言ったことなにも思い出せない。

 一昨日おとといのこと、それ以前の事は思い出せる。

 でも昨日のことだけなにも思い出せない。

 そこで信号が青に変わる。

 そこで僕は不思議なものを見た。

「...僕?」

 もちろん僕は、動いていない。

 でも信号が青になったとたん動き出す僕の影...いいや、よく見ると今の僕とは服装が違っている。

 この影は今の僕が持っていない紙袋を持っている。

 影は交差点をどんどん進んでいく。

「ダメ...だ。それ以上は...」

 自分でも言っている意味は分からない。

 でもそれ以上進むと何か事が起きそうで、僕はその影に手を伸ばす。


 しかし、影は急に現れたトラックに消された。


 影が消えたとたん、周りには人がいないはずなのに、

「誰か轢かれたぞ」「救急車呼んだ方がいいのか」「いや、助からないでしょ」

 有象無象の声が聞こえてくる。

 伸ばした手をスッと下げる。


「思い出した。僕は昨日......


 その日は、母の誕生日でプレゼントを買うために寄り道していつもより帰るのが遅かった。

 丁度その日は母も仕事が休みで、早く帰ってプレゼントを渡そうと急いでいた。

 周りは仕事終わりのサラリーマンや遊んで帰る学生たちでいっぱいだった。

 そして、いつもの交差点信号が変わった途端に周りの人たちをかき分け僕は向こうに走り抜けようとしたところで僕の記憶は終わっている。

 今のが僕の最後を見せていたのなら、多分助かりはしなかっただろう。

 なのに僕はここにいる。

 僕はリュックの横ポケットからを取り出す。

 先輩が泣いて謝った理由は恐らく...これ。

 僕は、何かがこぼれ落ちないように上を向きながら目を瞑る。


「そっか...先輩が」


 目を閉じ、瞼の裏で先輩の夢で会った時の光景が広がっていく。

 そして、目を開くとそのまま僕は砂浜にいた。

 月に照らされながら砂浜を歩く先輩。

 風になびかれ長い髪が揺れる。

 先輩は、終わりが見えない砂浜をただ歩くだけ。

 夢ではそれを見ているだけだった。

 でも、今回は言いたいことがあって来たんだ。

「先輩」

 話しかけると先輩は振り向いて、

「......気づいちゃったんだね」

 校門前で話した時より、大人っぽく、落ちつているけど、どこか悲しげに微笑んでくれる先輩。

「まぁ...今でも若干信じられないですけど」

「それは私もだよ...」

 そんな先輩は、正直めちゃくちゃ可愛かっく、そりゃあ、もう、惚れちゃうぐらいに。

「私さ。小さい頃から体が弱くてね。特に心臓が。ずっとドナーを探してた。でも...」

「でも?」

「私、嫌だったんだ心臓移植。その人の分まで生きないとみたいな義務感がホント無理だった。でも......結局受けてここに立ってる」

 先輩は微笑んでいるけど瞼には涙が溜まっていく、

「浜崎月道さん、あなたの心臓で私は...」

 それを言った先輩は、我慢していた気持ちが崩壊したように涙が止まらなくなってしまった。

「そっか...でも、先輩は生きたくないんですか?」

「生きたいよ。私だって生きたいよ。でもこれは私の心臓じゃない。私は貴方の分まで背負って生きれるほど強くない」

 先輩は、生きたいと思いながらもそれは他人にすがらないといけないものだった。

 苦しかったんだ...ずっと。

「先輩...僕は誰かに自分の人生を背負ってほしいからこれにサインした訳じゃないんですよ?」

 手にもっている「臓器移植意思表示カード」を先輩に見せながら僕は・・・

「だから...僕のためにも先輩は人生を送ってください」






 私が心臓移植を受けて、はや5年。

 今では普通に社会人となり、不自由なく生活している。


 そう、あの人のために生きている


















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僕の心に刻まれて りゅうのしっぽ @4268

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