ランダムテーマ短編小説集
陽雨
ドンキの陽気な外国人 (テーマ:『陽気』)
第1話
「お疲れ様でしたー」
工場前大通りから家路へ着く人ごみをかき分けるように、
「中川君、このテーマは君に担当してもらう」
この日、上司から設計仕事の指名を受けた。入社して3年の中で最も大きい仕事だった。気持ちは高まる一方、しかし確かに気圧されてもいた。自分はこの仕事をできるだろうか、経験がない自分にやり切れるだろうか。
「大丈夫だ、今回は
「おう、中川。よろしくな」
白石は、自分の3つ上の先輩だ。バリバリのベテランで、いろいろな場面で仕事を教えてもらってきた。
「先輩。至らないところあると思いますが、きっとやり切ります。よろしくお願いします」
そう言い切った喉が、熱くて震えた。
そんなことを思い出しながら、中川はどっかりと車のシートに飛び込んだ。
明日からだ。明日から、やることがいっぱいある。まずはキックオフミーティングだ。心の中で翌日の予定を唱えながら、車のスイッチを入れた。
会社前の道路を抜け、十字路を4つほど過ぎると、バイパスと呼ばれる大通りに出る。
定時時間ともなると、そのバイパスにつくまでに長い渋滞が出来上がる。さながら毛細血管にできたサラリーマンの
そのよどんだ赤血球の一つになりながら、ラジオの音声に耳を傾け、今日の世界の出来事を知る。
「本日の日経平均株価、27,237円で高値を更新しました。前日の米株式市場での医薬株の高騰に引っ張られた形になります」
どうやら世の中は好景気のようだ。自分の仕事を未来視し、希望的観測を持った。
「では明日の天気です。今日まですっきりしない空模様でしたが、明日以降は快晴が続くようです。気象庁からはまだ梅雨明けの発表はされていませんが、今週は梅雨明け後のような天気が続きそうですね」
なるほど明日以降は快晴。一人暮らしの男性には、洗濯物が干せるという情報だけで充分だ。中川は交差点を右折侵入し、ようやくバイパスへ到達した。背中の夕日が暖かい。
4車線のバイパスは帰宅者の車でごった返していた。とはいえ、バイパスというくらいだ、さっきの動脈瘤に比べれば、少しは流れていく。
中川はこのバイパス通り沿いの街並みを見ることが好きだった。
自転車帰りの高校生たち、折りたたんだ傘を腕に掛けて歩くスーツ姿のサラリーマン。レストランへ入っていく家族連れ。
夕方のバイパスは、一日の終わりをいろいろな形で見せてくれ、今日が無事に終わったと感じさせてくれる。その様子を観察するのに、バイパスのゆったりとした流れは意外に悪くない。
バイパスに侵入してから、4つほど交差点を越えると、左手に大きなドン●ホーテが見えてきた。最近できたばかりのこの大型ディスカウントストアは、中川の同僚たちもよく利用する、町の名所の一つだ。駐車場はいつも満杯。近くの高校生のたまり場であり、いろいろなものが売っていて、店舗の商品を見ているだけでも楽しい。
中川はこの店の前を通るとき、建物の中を遠目でのぞいていく。
だが、今日は少し勝手が違った。ディスカウントストアの前に立つ存在に目を奪われた。
車の中からなので確信はないが、タイ人のような顔つきの男性。半袖半ズボン、たぶん、ドン●ホーテで買ったのだろう蝶ネクタイをして、紙製の茶色いシルクハットをかぶっていた。手には風船を持ち、満面の笑顔でバイパスを走る車に向かって手を振っていた。
「なんだあいつ……」
じっと見続けた数瞬。パッとタイ人がこっちを向いた。
即座に目を前に向けた。しかし、確かに目が合った。
「知らんぷり、知らんぷり」
そして思考の海へ沈み込む。考えることは明日の予定だ。中川はアクセルを踏み込んだ。
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