第二章 ~『繁盛の秘密』~
ジークがダークオークを倒してから一カ月が経過した。倒した直後は彼がダークオークを倒したとの噂が広がり、無能のジークの名を払拭する勢いだったが、しかし人は見ていないモノを簡単に信じることができない生き物で、結局噂はデマとして処理されてしまった。
しかしジークは別の意味で冒険者たちに有名になった。無能のジークが作る料理が絶品なのだと噂が広がったのだ。
その噂を聞きつけた冒険者たちが満腹亭に集まっていた。席はすべて埋まり、顔を真っ赤にした冒険者たちが、楽しそうに酒を酌み交わしている。
「ジーク。酒だー。酒を持ってきてくれ」
「あいよ」
冒険者たちの中にはクロウの顔もあった。彼は唐揚げを肴に麦酒のお代わりを催促していた。
「ジーク、随分と繁盛しているな」
「おかげさまでな」
「でもいいのか? ダークオークを倒した実力があれば、もっと楽に稼げるだろ」
「かもな。でも俺は冒険者として有名になるより、自分の料理を美味しいと言ってもらえる方が嬉しいからな」
「本当、ジークは料理人の鏡だよ」
ジークは硝子のジョッキに入った麦酒をクロウの机に置く。黄金色の液体がシュワシュワと炭酸の弾ける音を奏でていた。
「相変わらずキンキンに冷えているな。氷の調達は大変だろ?」
「いいや。楽なもんだ」
「馬鹿を言え。この時期に氷を手に入れようと思ったら、夜中に氷の洞窟から運んでくるしかないはずだぜ」
「……実は俺、氷の魔法が使えるんだよ」
ジークは何もなかった空間から手のひらサイズの氷の塊を生み出す。その魔法にクロウは言葉を失ってしまう。
「お、おい、嘘だろ。氷魔法は最低でも中級魔法だ。何もない空間から生み出すともなれば上級魔法に位置するんだぜ。それを定食屋の店主に扱えるはずが……」
「そう言われても使えるんだから仕方ない」
「まさかと思うが、氷魔法以外の上級魔法も使えるのか?」
「色々とな。例えば硝子のジョッキ。それは俺が土魔法で作ったんだ」
「い、いやいや、硝子を生み出す土魔法なんて信じられるはずが……」
「そうか? むしろそちらの方が自然だろ。なにせただの定食屋に高級品の硝子のジョッキが使われているんだぞ」
「た、確かにな……」
硝子容器は高級店でしか目にすることのない代物だ。割れるリスクもある硝子のジョッキを、こんな定食屋で使われていることがそもそも不自然なのだ。
「他にも炎魔法を使えばこんな応用もできる」
ジークはクロウの机にある唐揚げの上で炎の魔法を発動させる。表面上は何も変化しておらず、クロウはキョトンとしてしまう。
「何をしたんだ?」
「それは食べてみてからのお楽しみだ」
「そういうことなら……」
クロウは炎魔法がかけられた唐揚げを口の中に含む。すると冷めていたはずの唐揚げから、熱々の肉汁が飛び出してきた。
「表面を焼くと焦げるからな。中の肉だけ温めなおしたんだ」
「そんなことが……でもどうやって?」
「魔法の発動は極めると細かく座標指定できるんだ。今回は唐揚げの内側にだけ絞って魔法を発動させたのさ」
「ははは。座標指定で魔法を発動? 俺の想像さえ及ばない領域だ」
クロウはジークが自分よりも遥か高見にいるのだと再認識させられる。それと同時にジークが定食屋の店主をしていることが残念に思えた。
「宝の持ち腐れだ。それだけの腕があれば冒険者なら金等級は間違いないだろうに」
「言っただろ。俺はこの仕事が気に入っているんだ」
「……まぁ、そういう考え方をする奴がいてもいいのかもな」
収入だけを考えるなら、ジークは冒険者をした方が楽に稼ぐことができる。しかし彼には料理人としての矜持があった。それをクロウも感じ取り、口元に小さな笑みを浮かべる。
「ジークの料理に、看板娘のエリスちゃんか。この店はもっと繁盛するだろうな……」
「クロウ……」
「超人気店になっても、変わらず接してくれよな」
「もちろんだとも」
「じゃあ。会計を頼む。明日もまたくるから、旨い料理を用意しといてくれよ」
「任せてくれ」
クロウは金を払い、店を後にする。満腹亭の夜はこれからも続くのだった。
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