2-2 これ以上こんな町にいられるか! 俺は次の町へ行くぞ!
数刻後、買い物を終えた2人は再びギルドのフリースペースに集合していた。
ツバサは初期装備臭が凄い服装から、剣士風の軽鎧へ。そしてこの町で一番高い剣を買い、背負っている。
剣の良しあしなんて分からないが、高い剣なら間違いはないはずだ。……だよな?
一方、ルリはとりあえずまたパンをもしゃもしゃしている。
とはいえ、服装はちゃんと魔術師風の白いローブに変わっている。ローブの間からは水色のミニスカートが覗いていた。細く白い太ももが眩しい。
「お互い、装備は万全のようだな」
ツバサは満足げに言うが、ルリの表情は少し浮かない。
「……この町で、一番良い装備にはできたと思うけど、正直……」
「正直、物足りねえってか」
突然、背後から声が掛けられ振り向くと、先日も会ったギルド長の姿があった。
「あんたは! ギルド長!」
「昨日の……ギルド長」
「あー……、まあそうなんだが、一応ギルド長の俺にも名前があってだな。タイランって名前だ」
ギルド長は頭を搔きながら続ける。
「話を戻すぞ。お前さんたち、昨日ランクCには上がったし、能力値も既にCランク上位クラスはある。って事は、今後はCランクの依頼も受けていくことになると思うが……それだと、その装備じゃ心もとない。銀髪の嬢ちゃんが言いたいのはそういう事だろう」
「そう」
ルリが2文字で返答し、ギルド長は申し訳なさそうにため息を漏らす。
「しかしなあ……この町周辺はそんなに強いモンスターがいないもんでなぁ……強い装備に需要がないんだよ。Cランク以上の依頼も多くない。昨日お2人さんが受けたクレイジートレントの討伐もDランクじゃ上位の依頼だし、奴自体そんなに頻繁に現れる訳じゃない」
「なんだって!?」
「正直、可能なら昨日の変な顔の木の討伐、絶滅するまで受けたかった」
ツバサとルリは奇しくも同じことを考えていたようだ。
報酬が良かったので、これ幸いとカモにしよう、と。
変なところで似ている2人だった。
「鬼かアンタラは……てなわけで、Cランクのお2人さんにはこの町はあんまり魅力的とは言えないって訳だ」
「……」
ツバサは考え込む。
ギルド長の言う事は最もだが……。妙な胸騒ぎを感じる。
何というか、誘導尋問でもされているかのような。
「そこでだ、バーンナークの町ってとこなら、ここからそう遠いところじゃないし、ちょうどCやBランクの依頼が豊富だ。装備品もそれに相応したものが揃っているはずだ」
そこでだ! じゃねえよ!
またその町かよ!
なんだよ! 行けばいいんだろ! ちくしょう! わかったよもう!
それに、おそらく……。
「……それに、『そうして貰った方がギルド的にも利益になる』か? ギルド長」
ツバサがニヤリとすると、ギルド長も口元を歪める。
「わかってるじゃねえか。まあ、ぶっちゃけるとそうなんだわ。冒険者はそのランクに応じた依頼がある場所にいて貰った方が、ギルドの総合的な利益が大きくなる」
「あと、たとえば。仮に私たちがこの町のDランクの討伐依頼を全部1日で達成したら、他の冒険者が困る?」
「嬢ちゃん、正解だ。それも勿論ある。……おい待て本当にそうする気だったのか……? ま、まあお互い利があるって事だ。どうだ?」
さて、どうしたものか。
仮にここでツバサとルリが拒んでも、お互いにとって損にしかならない。
断る理由はない。しかし。
「わかった、そのバーンナークの町ってとこに向かうとするよ。ところで、『都合良くバーンナーク行きの商人の馬車の護衛依頼とか出てたり』するか? 割り増し報酬で」
ギルド長の目が見開かれる。
「話が早いじゃねえか。まあ、あるんだけどな、偶然。割り増しかどうかは忘れたが……ああ、多分、割り増しだ」
「じゃあ、割り増しならその依頼を受けよう。出発はいつだ?」
「一番早くて1時間後ってとこかな。1時間後にここにいてくれればいい」
「じゃあ、それを受ける。後でな」
手を軽く振り、おもむろに立ち上がりながらそう言うと、ツバサはルリの手を引き、ギルドを後にする。
少し歩き、チラっと目に入った路地裏に入り込む。
雲一つない晴天。隙間風が心地いい。
ツバサが未成年じゃなかったら、ここで一服キメていたはずだ。
「ふう」
「ツバサ……?」
ルリに声を掛けられ、身体の力が一気に抜け、その場にへなへなと座り込む。
(ああ良かった。カマかけまくったけど見当違いだったらどうしようかと思った。恥ずかしくて死ぬかと思った。あんな展開マジで現実にあるんだな……異世界面白すぎるだろ)
ギルド長との芝居がかった一面から少しして。
次の町に行く事が決まったこのタイミングで、ルリにどうしても聞いておきたいことがあった。
「なあ、ルリ」
「うん」
「昨日、また記憶戻っただろ? その……ルリは、バーンナークの町に行く事になってもいいのか?」
「どういう、事?」
ルリが小首を傾げる。
聞くのは少し怖い。しかし、ここをうやむやには出来ない。
「俺と最初に会った日は、1日前の記憶しかなかっただろ? どこかの町から出発してきたって話だけど……。それで、昨日は家族の事も思い出したわけだ。家と、出発した町。ここがわかれば、ルリがあの日、もともと何を目的としていたか、見当がつくんじゃないか?」
「……」
ルリはツバサをじっと見つめ、黙って聞いている。
「あー、つまりだ。俺みたいに冒険者稼業で食っていくために、なんというか、あてのない旅に出る事にした『とかじゃなくて』、別の理由で、何か目的があって旅してたとか、そもそも単なる用事で町とどこかを行き来してただけとか、そういのだったら、困るだろって話」
無論、『冒険者稼業で食っていくために旅をしている』は、異世界から来たことを隠すための嘘である。
しかし、現状、ツバサとしては『そうしている』し、『そうしていく』つもりだ。自分にはこの世界で居場所がないのだから。
でも、ルリは違う。ルリにはルリの日常があったはずだ。
今ならまだ、引き返せる時だと思い、次の町に行く前のこのタイミングで確かめておきたかったのだ。
最悪、ルリの記憶集めは1人でやりきる覚悟もある。
「……。そういうこと」
少しの沈黙の後、ルリが言葉を紡ぐ。
「……、ツバサの心配は、わかった。……でも大丈夫。私も『冒険者稼業で生活していくために家を出た』から。そこは……、今の記憶からでも断言できるところ。状況的には、実はツバサとそう変わりない」
その言葉に、ツバサはほんの僅かだが違和感を覚えた。
上手くは言い表せない。だが、何というか、ルリっぽくない何かを感じた。
基本的に、ルリは正直すぎるほど正直で、頭で考えたことをそのまま喋っているというのがツバサの受ける印象だ。
だが、初めて、ツバサは今、彼女が嘘を吐いたように感じてしまったのだ。
「そう、なんだな」
しかし、深く追及はしない。
そもそもツバサも旅の理由には嘘が混じっている。お互いさまと言うやつだ。
そして、ルリも記憶について言いたくない事があるという。そのことから、嘘を吐くことになることもあるだろう。
ここは飲み込むべき状況のはずだ。
「てことは、これからも、俺と記憶探しの旅を続けてくれるのか?」
「うん。記憶を探しながら、冒険者として、自分の力で生きていく。それが、今の私の目的」
ルリのその言葉は、まるで自分に言い聞かせているように思えた。
「じゃ、その、あれだ、これからもよろしく頼む」
「……うん」
そう答えたルリの表情は、やはりいつもと少し違い、少し儚げに見えた。
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