1-2 執拗な頭部への攻撃はやめてやれ
俺は、自殺していた?
背筋が凍るような感覚。心臓が早鐘を打つ。
心当たりがない。自分が自ら死を選ぶような人間とは、思えない。
何か理由があるはずだ……と記憶を探ろうとすると、そこでまた頭に痛みが走る。
その記憶へのアクセスが遮断されているかのように、「それ」に触れられない。
脳に不可侵の領域がある。思い出せない。
「俺も……全部じゃないけど、どうしても思い出せない事があるみたいだ。とても……大事な事を」
「そう。ツバサも、大変だね」
言う割には全然大変そうに思っていない顔で少女は呟く。
というかこの子、さっきから表情の変化にめちゃくちゃ乏しいな。
記憶と一緒に感情まで失ってたりしないか?
ともかくだ。
ツバサも記憶の一部を失っているようだが、目の前の少女に比べたら重要さは薄れる。
記憶全損はヤバい。段違いだ。
そしてその原因となったのはツバサだ。
だったら、自分はこの子を助けなくてはならないだろう。
転生してきたものの、幸い目的らしい目的もないのだ。
それに、一人では心細いし、自分がどれほどの力を持っているかわからない以上、仲間はいた方が良いはずだ。
「なあ、良かったらだけど……」
言いかけて、やめる。
突然空が暗くなり、目線を上に向けると……そこにあった、いや、「いた」のは。
「ドラゴン……?」
紛れもなく、「ドラゴン」と呼ばれる生き物だった。
自分たちの3倍もあろうかという青い巨躯、大きな翼、鋭利な爪。
空が暗くなったのではない、このドラゴンの巨大な体が影を作っていたからだ。
ドラゴンはその大きな口を開け――。
「あぶねえッ!」
反射的に、少女を抱えて大きく跳びすさる。
前世の自分にこんな運動能力、筋力はなかったはずだが、動いた。
丈夫さといい、やはり身体能力は前世とは比べ物にならないくらいに上がっているようだ。
ドラゴンの口は虚空を飲み込むだけの結果になった。
退避には成功した、が。
「逃げるぞ!」
戦うなんて冗談じゃない。
確かに異世界にきた以上、ファンタジーRPG好きとしては『魔物と戦う』事は憧れの一つだ。
だが、どう考えてもドラゴンは最初の相手にしては悪すぎる。
転生直後に死ぬのは流石に嫌すぎる。
何より、あの牙で噛みつかれたり、爪で引き裂かれたりするのは絶対に痛い。
ドラゴンに背を向けて走りだす。自分でも驚くくらいに速度が出る。
だが、少女はそうもいかなかった。
ドラゴンがその太い腕を振りかぶる。引き裂くつもりだ。
少女の速度では逃れられない。
「くそッ――」
ツバサは急反転し、剣を抜く。
そして少女とドラゴンの間に割って入り、その爪を剣で受け止める。
「ぐおッ……!」
重い――が、受け止められた。
ドラゴンは驚いたように、腕を引く。警戒している?
隙は出来たが、どうするか。
ツバサだけなら逃げられる。が、少女の方はおそらく無理だ。
さっきとっさに抱えた時、少女の身体は軽かったが、それでも人間だ。
自分の身体能力が上がっているとは言え、この子を抱えて逃げ切るのは難しい。
「戦うしかないか……」
「ツバサ、あなただけなら逃げられると思う」
「女1人残して逃げられるかよ! それに……お前の記憶を失くしちまった責任もある。ほっとけねえ」
ちょっとカッコつけたが、本心である。
少女はその言葉に少しだけ目を見開いた。
「……ありがとう」
表情は相変わらずの無だったが。
「私も、戦う。魔法なら、使える。これは……覚えてる」
そういえば、さっきも使っていたな。
それに、記憶にはエピソード記憶と意味記憶がある、みたいな話を聞いたことがある。
魔法の知識は失ってないということか。これならば。
「わかった。俺が前に出るから、後ろから魔法で援護を頼めるか?」
「やってみる。――ファイア・バレット」
少女は言うなり手をドラゴンに向けてかざし、その手のひらから炎の弾丸のようなものを発射した。
ファイア・バレットはドラゴンの顎に命中し、その巨体がわずかによろめく。隙ができた。
「よし!」
ツバサはそれを逃さず、ドラゴンに近づきその腹を横向きに斬りつける。
青いドラゴンは全身を青い鱗で覆っているようだが、腹は薄い青色で、鱗が他よりも薄いのではないか?そんな予測に基づく攻撃だった。
が、それでも硬い。決定打にはほど遠いようだった。
「剣があんまり効かない! さっきより強い魔法、頼めるか!? 俺がこいつの気を惹いておく!」
少女がうなずく。
ツバサはそのままドラゴンの腹を何度か斬りつける。
だがそのまま黙って斬られるはずもなく、再度巨大な腕を振り上げて叩きつけてくる。
「があッ――!」
剣で受け止めるが、重い。
身体全体に衝撃が走る。足が地面に沈む感覚。
ドラゴンは力を入れ続けている。このままでは潰される。そう思った刹那。
「シャイン・スピア」
少女の声が響き、同時に数メートルはある光の槍が上空に出現し、ドラゴン目掛けて降り注ぐ。
槍はドラゴンの頭に突き刺さり、そのまま顎を貫通する。
だが少女は続ける。指揮者のように指を三度振り、
「――アゲイン、アゲイン、アゲイン」
そう唱えると、光の槍が再度、今度は三本も出現し、それぞれが上、左上、右上よりドラゴンの頭部を貫く。
執拗に頭部を攻撃されたドラゴンは断末魔の咆哮を上げ、貫かれた個所から黒い霧のようなものを吹きだし、ドサリと倒れこむ。動く様子はない。
倒した――ようだ。
「あ、ありがとう。強いんだなあんた」
「ツバサが時間を稼いでくれたから」
ツバサが礼を言うと、少女は相変わらずの無表情、抑揚の少ない声で言った。
「それと……何で頭ばっかり攻撃したんだ?」
何本も槍を刺されて頭部穴だらけになって動かなくなったドラゴンを見ていると、少しかわいそうな気もする。
「? ヒトだったら、そうされたら死ぬと思ったから」
こえー発想するなこの女。
まあ、無事切り抜けられてよかった。1人だったら勝てなかった相手だ。
すると突然、ドラゴンの全身が黒い霧になって霧散した。
ゲームでは倒したモンスターは死体が残るパターン、残らないパターンの2つがあるが、これはこの世界では後者って事だろうか?
そして、後には青い結晶体のようなものと、青白く光る球体のようなものが残された。
「ドロップアイテムってやつか?」
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