第9話
* ハイヤーの中 8754時間30分後*
「お父さんはね、崖崩れで落ちてきた大きな石の直撃を受けてしまって、それでね、発見された時には亡くなってたの。」ミユが一年前の事故の状況について話し出した。
「そうなんですか。それは、本当に残念でしたとね。」今岡、いや、ユウジは、自分の死という現実を、素直に受け入れることは、出来なかったが、どういう風に死んだのかを知りたいと思った。
「お母さんは、救助していただいた方が言ってたんだけど、お父さんに守られてたのよ。ねぇ?」
「そうなんです。私の上に覆い被さって、私は、ユウくんと私の間のわずかな空間があったから、窒息せずに、長い時間生きていられたみたいなんです。」
「それからね、発見されたのもお父さんのおかげかもって言ってたの。その方が言うには、発見できたのは、真っ暗闇の中で、キラキラと光るものが目に入って、それで、「何だ、あそこに何か光ってるぞ!」ってなって、それで、そこに人が埋まってるって、わかったらしいの! それがね、これ、これが光ってたのよ!」
ミユが、運転しているユウジの顔の前に左手を突き出してきた。
「この指輪なのよ! これが、これをしたお母さんの手が、土から出てて、それではっけんされたの! それがね、そのお母さんの手を、お父さんが掴んでたの。すごいでしょ!お父さんが、お母さんの手を、土の外に出してくれてたのよ!もう少し発見が遅れてたら、お母さんも危なかったって言ってたから、お母さんが生きて助かったのは、お父さんのおかげなのよ!ねぇ、お母さん?」
サチは、もう耐えられない様子で、下を向いて、嗚咽を漏らしながら、うなづいている。ユウジは、初めて事故のことや、発見された時のことを聞かされて、とんでもない大きな事故だったんだと知った。そして、自分は、死んだんだとはっきりと自覚することになった。
「その指輪は、"銀河を閉じ込めた水晶玉の指輪"って奴ですよね?」
「そう、そうなんです! これでお母さんは、助けられたんです。」
「よかった! 高いけどミユとサチの二人分買っといて正解やったわ!」
「えっ? 今岡さん、今、なんて言いました?」
「あっ、な、なんでもないです。その指輪は、記念館で売ってるんですよね?」
ユウジは、また、変なことを口走ってしまい慌ててしまったが、ほんとうにそんな奇跡みたいなことが起こってたのかと、あの指輪が、サチを助けてくれたのかと、その真実に感動して、その言葉がつい口に出てしまったのだった。
「お母さんは、一か月入院してて、退院してから、お父さんの葬儀を済ませたの。お父さんの棺に、この指輪を一つ入れたんです。ねぇ、お母さん? 約束したんでしょ? お父さんと。」
ユウジは、約束と聞いて、何か引っかかって「約束?」っと思わず聞いていた。
「えっ? あぁ、あの時は、なんかそんな気がして...、今は、はっきりとわからないんだけど、土の中で、いろいろな夢? 幻想? のようなものを見た気がするんです。」サチが、遠い出来事を思い出すように話し出した。
「その夢の中で、私とユウくんは、銀河鉄道に乗ってたんです。空の上から、イルミネーションのショーを見たり、銀河の綺麗な星たちを眺めたり、レストランでお食事したり、なんか、そのレストランで、素敵なおじいさんとおばあさんのご夫婦に出会ったり、それが、ユウくんとの最後のデートだったんです。それで、最後にユウくんが、言ったような気がして...、その...、約束してくれたような気がするんです。はっきりと覚えてないんですけど...。」
「"1年後の結婚記念日にも、ちゃんとプレゼントあげるから、ここで待ってて" だよね? だから花巻に来たんだよね?」
「そうなんです。でも夢の中身をはっきり覚えてなかったし、なんかそんな幻みたいなものを信じられなくて、自分は、頭がおかしくなったんじゃないかって思ったりして、でも、ずっと気持ちがモヤモヤしてて、そんな時に、ミユが行こう! 行って確かめればいいじゃん! 一緒に行ってあげるから! って言ってくれて、それで、花巻に来たんですけど、どこに行けばユウくんに会えるのか、分からなくて...、林風舎なのか? 花巻の駅なのか? 記念館なのか? それが、さっき山猫軒で今岡さんとお話してる時に、不意に、思い出したんです! あぁ、銀河鉄道に乗ったのは、小岩井農場の"こいわいステーション"だったんだって、はっきりと思い出したんです。」
「それで、急に小岩井農場に行きたいって言い出したんだ!」ミユが、納得したようにサチを見た。「だけど、何でだろうね。今岡さんと話してて思い出したなんて、今岡さんって、お父さんさん? だったりして!」この無邪気な性格は、やっぱり俺に似たのかな?と思いながら、"バレたら終わり"という誓約を思い出して、ヤバイ!と思って「何を言ってはるんですか? お嬢さんは! おもろいこと言うなぁ。」と茶化して誤魔化そうとした。
「そうよ、失礼なこと言うもんじゃありませんよ。」サチが、ミユを嗜める。
ユウジは、心の中では、そうだよ!お父さんだよ! と叫んでいたが、そんなこと言えるわけがない、出来るだけ長くこの時間を続けるためには、誓約を守るしかないのだった。それから、サチの話を聞いて、自分が何で、1年も花巻でサチを待って彷徨っていたのかが、はっきりとわかったのだった。それは、"サチとの約束を果たすため"だったのだ。
それからもサチは、夢で見た話を聞かせてくれた。サチが好きだった『シグナルとシグナレス』の話をユウジにしたことや、ユウジが、イーハトーブは心の中にあるって言ったことや、小岩井農場に着くまでの間、楽しそうにずっと話して聞かせてくれた。
「あっ!もう7キロで小岩井農場だって! もうじき着くわ!」ミユが看板を発見して言った。子供の時に戻ったように、無邪気な笑顔になっている。そして、あの時と同じように、見渡す限りの緑の牧草地が広がっている。約束を果たす場所に間もなく到着だ!
* 小岩井農場入り口 8757時間後*
小岩井農場に到着して、二人は降りて行った。サチが「ユウくんも入りたかっただろうなぁ。二人で来たかった...。」と言って、泣き出した時、ユウジは、もういいから、ここで本当のこと言ってしまおうかと思ってしまった。しかし"約束"を叶えないと、サチとの"あの時の約束"を叶えないと、死んでも死に切れないって思った。死んでもって、もう死んでるねんけどね。サチもミユも「今岡さんは、どうしますか? 一緒に行きませんか?」と言ってくれたが、こっちは、それどころではなかった。「ホンマは行きたくてしゃあなかったんやけど...。行ってしもたら、何もできへんで終わってしまう。まぁ、それはそれで楽しいと思うねんけどなぁ...。さぁ、早よせな、やっぱりあいつに頼むしかあらへんがな!」と頭の中は、どうしたら約束を守れるかでパニックになっていた。
ユウジは、その頼みの綱の"あいつ"、神様の代理と言っていた、あのおっさんが絶対現れると踏んで、ハイヤーの中で待つことにしたのだ。
「お〜い! 早よせいや! どうせ文句言いにくるんやろ? なぁ、早よ来いや! 」とユウジは、まだか、まだかと待っていたが、いつまで経っても"あいつ"は現れない。しかし、時間はどんどん進んでいる。時計を見ると、もう16時30分を回っていて、夕闇が刻一刻と近づいてきていた。ユウジは、ただ待っていることしかできない自分が情けなくなってきた。「あぁ、何でや! なんで肝心な時に出てけえへんのや! もうしょうもない奴やで! アホォ〜! ボケ〜! カス〜! 早よ出て来いや! 早よ出て来いやって、誰かの決まり文句やんけ! おっさん! アホォ〜! ボケ〜! おまえの母ちゃんデベソ! ... ... ...?」
「何や! ほんまに出てけえへんのか? あぁ! もうええわ! お前なんか当てにするか! 」
ユウジは、もう待ってられないと思い、車を出て、農場のサチに会うために走り出した。
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