第7話
* ユウジ 8749時間30分後*
今日もまた始まったで、新しい一日が!って、空元気出すのも、もう飽きたわ。 あぁ、もう山肌は、赤や黄色の紅葉の絨毯やで、ということは、もうすぐ一年かいな? 何回おんなじこと繰り返してんねん! ほんま、いやんなっちゃった! いやんなっちゃったあ〜!
サチ、早よ帰って来やへんかなぁ!
もう昼やんか! しゃあないなぁ、いつものコンビニでおにぎり買ってくるとするか。
「はい、おにぎり二個、日高昆布とシャケな。気を利かして、お茶も買ってきたからな。もう今日で最後やで」
突然話しかけてきたおっさんに、何がなんやらわかりませんが、昼飯買ってきてくれたんか?
「あの~、俺に話しかけてるわけ? あんた誰?」
「せっかくお昼買ってきてあげたのに、なんやねんその言い草は! ワシのこと覚えてないんかい!」
「はあ、どっかでお会いしましたでしょうか?」
「もう!しゃあないなぁ! "こいわいすてーしょん"! "銀河鉄道の機関車!車掌! まだわからんか!」
「ええ!あの時の車掌みたいな人?そんなダサい茶色のセーターに、センスの悪いダボダボの作業着みたいなズボン、それに頭はげてるし、全く別人やで!」
「腹立つなぁ!思いつく限りの悪口並べやがって! もうええわ! サチさんに会わせてやろうと思ってたんやけど、やめとこ!」
「ええ! 今なんて言いました? サチに会わしたる? 何それ? あなた何もんや? なんでそんなことできるねん?」
「アッ! またそんな風に言いましたね。じぁ、もういいんですね? サチさんに会いたくないんですね? わかりました。はい、さいなら!」
「ちょ、ちょっと待ってえな! 会いたいに決まってるやん! 毎日毎日、ここで待ってんねん、会えるまでな。この気持ち、あんたにわかるんか?」
「ほんだらな、素直になって、会いたいです! お願いします! 会わせてください! って言えばええんちゃう?」
「ところで、あんた関西弁喋ってたっけ?」
「はあ? こっちかっていろいろ状況見てキャラ作ってんねん。TOPをわきまえてや!大変なんやぞ!」
「あの、TOP? それも言うならTPOですよね~?」
「もう、めんどくさ! 腹立つわ! もう、めんどくさいから、さっさと済ますわ! あの、あと5分もしたら改札口からサチさん出てくるんで、お話しでもなんでもどうぞ、あ、でも、いろいろ決まりがあるねんけど、どうしますう? 聞きはりますう? お願いですから教えてくださいって言うたら、教えてあげてもええけどお。」
「えー! サチが? あと5分? ほんまやろなぁ! ほんで、何? 決まりって? もうサチに会えるんなら、なんでもするから、教えてえな!」
「お願いしますって言え!」
「なんやねん、威張りやがって! 小学生か! ちぇ、むかつくけど、しゃあないなぁ、お願いしま〜すう〜、教えてください〜や、これでええやろが!」
「おまえこそ小2みたいやぞ! それ人にものを教わる態度ちゃうで! う〜ん、もうええわ、早よ済まして帰りたいしな。この紙に書いてあるさかい、よう読んで、決まり破ったら終わりやからな! はい、これ渡したで、確かに渡したで! はい、お仕事おしまい! 後は、帰って、飯食って、へ〜こいで、寝るだけ〜! ほな、さいなら!」
渡された紙切れを確認する間もなく、おっさんは、煙のように消えてしまった。
ほんまなんやねん、あのおっさん、ムカつくわ! 俺は、なんかおちょくられただけかも、と思ったが、念のためにその渡された紙切れを読んでみたんや。
読んでみて、あまりにも腹立つんで、くしゃくしゃにして、道に投げ捨てたんや!
なんで書いてあったかって?
ほんまムカつくわ! その紙切れにはなぁ、ちきしょう... ...!
* サチ 8749時間40分後*
あの日から一年経ったなんて信じられないわ。わたしの時間は、あの日で止まったままなのに。あぁ、どうしてあんな事になっちゃったのかな。あの時、事故現場を素通りしてたら、見て見ぬ振りして通り過ぎてたら、二人の時間が続いてたのに...。
でも、ダメね。そんな事してたら、その後、ずーっと後悔することになってたよね。あなたは、そんな事できる人じゃないもんね。そんなあなたを、わたしは、好きになっちゃったんだものね。
「はなまき〜、はなまき〜、次は、はなまきに止まりまあ〜す」
ユウくん、着いたわ! もうすぐ会えるよ! 待っててね!
* 花巻駅 8750時間後 *
サチは、久しぶりの花巻駅を見て、やはり涙が溢れて止まらなくなってしまった。「ユウくん、どうしてここにいないの。」 10月14日結婚記念日。でも一人で歩いてる。泣かないと決めていたのに、花巻駅や花巻の街の風景を見た途端、思い出が胸に迫ってきてどうしようもなかった。このまま歩くのは無理だと思い、駅前のバス停のベンチで休む事にした。
「お母さん! どうしたの? 大丈夫?」声を掛けたのは、ミユだった。
「ミユ、もう来てたのね。やっぱりダメみたい。思い出すと悲しくて、悔しくて、涙が止まらないの。」
「そうよね。事故の後、初めてだもんね。花巻の街はね。思い出しちゃうよね。」
ミユは、サチの横に腰掛けて、優しく肩を抱いて、一緒に泣いた。
駅前のベンチで、二人の女が肩を寄せ合って泣いている光景は、行き交う人々の目を惹きつけてしまう。誰もが好奇の眼差しを向けながら、通り過ぎて行く。
そんな中、一人の男が駅舎の建物に隠れながら、二人の事をジーっと見つめていた。
「ねえ、お母さん、お父さんと回ったところを訪ねてみたいんだよね。辛くない? 大丈夫? 本当に行けるの?」
「うん、こんなところで泣いていたら変に思われるよね。それに何のためにきたのかわからなくなっちゃうわ。お父さんと約束したんだもんね。さぁ、行きましょう。」
「そう、でも無理しないでね。」
二人は、ゆっくりと立ち上がって、歩き出した。その時、二人を見つめていた男も二人の後を追うように歩き出していた。
* 林風舎 8750時間30分後*
二人がまず最初に訪ねたのは、林風舎だった。サチとユウジが一年前、旅行の初日の最後に訪れた場所だ。
「ここで私は、紅茶と米粉のシフォンケーキを頼んで、ユウジはコーヒーとチーズケーキを頼んだのよ。一年振りに食べたけどやっぱり美味しい。」
「本当ね、美味しい! それに落ち着いた雰囲気で、とっても良いお店ね!」
「賢治の写真が飾ってあるこのお店で、こうしてお茶してると、あぁ岩手のイーハトーブってあったんだって、しみじみ感じるの。ユウくんと二人でここにいて、あの時は本当に...、しあわせだった...。」サチはまた耐えきれずに涙をこぼしてしまった。
ミユは、母の父に対する深い愛を目の当たりにして、温かい気持ちが心に広がって行くのを感じるとともに、父の不在が、心に空いた大きな穴となって、現実として重くのしかかって、母の悲しみの大きさをひしひしと感じた。そして、二人は、どうしても悲しみに包まれてしまい、あまり話もできず、サチは、心の中のユウジと会話しながら、ミユは、父の思い出に浸りながら、クラッシック音楽のBGMの中で、ゆっくり流れる時を過ごした。
「お母さん、この後はどうするの? 賢治の記念館に行ってみる?」
「うん、あぁ、もう1時間も経っちゃったのね。そうね、行きましょう。」
二人は、林風舎を出て、賢治の記念館に向かうことにした。
* 林風舎の前 8751時間30分後*
林風舎の建物を出て石畳の細い路地を歩いていると、サチは、ここでユウジが蹲っていたのを見たような気がした。それは、確かな事のようにも思えるし、また、現実ではない、夢の中の出来事ようにも思える。
ただ、「あの時ユウジは悲しそうな目をして、私のことを探していたと言った。」その事は、何故かはっきりと思い出すことができた。
そして、もしかしたら今もまだ探しているのかも、この辺りで、私のことを探して彷徨っているのかもと、ありもしないことを考えてしまうのだった。
「お母さん、ハイヤー呼んだから、駅前まで戻って待ちましょう。」
ミユは、もうすっかり大人になって、私のことを気遣ってくれている。サチは娘の成長が頼もしく思えた。
「ありがとう、ミユ。今日は一緒に来てくれてありがとうね。」
「何言ってんの、私も来てみたかったの。お父さんとお母さんが回ったイーハトーブにね。だから気にしないで。それより急がないとハイヤー来てるかも、ねぇ母さん、早く行きましょ!」
「あっ、そうね。急ぎましょう。」
二人は、花巻駅前まで早足で戻って行った。
* 花巻駅前 8751時間40分後*
「あれ? いないわねぇ? まだ来てないのかしら?」ミユは、駅前のロータリーに着いて、ハイヤーを探したが見つからなかった。二人で待つことにしてベンチに腰掛けていると、そこに一人の男が近づいてくる。さっき駅前で二人を見つめていた男だ。その男は、二人に背後から近づき、サチに話しかけた。
「こんにちは! 星野幸子さんですか?」
突然後ろから話しかけられて、びっくりしたサチは、一瞬ギョッとして、男から逃げるように離れながら、後ろを振り向いた。「えっ? 何? どなたですか?」ミユも誰なの?と思いながら怖い目で男を睨みつけている。
「あっ! ごめんなさい。突然話しかけてびっくりさせて、私、ハイヤーの運転手です。サチさんにミユさんですよね?」
「はい、そうですけど...。あの〜、お車は?」
「いやあ、今ちょっとお手洗いに行ってまして、すいません、そこの駐車場に止めてあります。」
「わざわざ駐車場に?」
「あぁ、ちょっとばかし時間が空いちゃって、駐車場で仮眠してたんです。さぁ、こちらです。どうぞ!」
サチとミユは、男に促されて、車に向かうことにした。
「今日は、一日よろしくお願いします。夜10時頃までなら大丈夫ですから、どこでも行きますんで、へっへっへっ。」
ミユは、愛想が良すぎて少し気持ち悪かったが、悪い人ではなさそうに感じたので、まぁいいか、と自分を納得させて車に向かった。
車に乗り込んだ二人は、まずは、宮沢賢治記念館に行くようにと依頼した。
「宮沢賢治記念館ですね。承知いたしました。それから申し遅れましたが、私、今岡勇二と申します。改めて今日一日よろしくお願いします。」
「えっ! ユウジ? なんで?」サチは、びっくりしてつい大きな声を出してしまった。
「あ、すいません。なんか変な名前で、あっ、ちがうわ、ど、どうしましたか? 名前が何か変ですか?」
「いえ、その、知り合いと同じ名前でしたので。びっくりしてしまって...。」
「あっ、そうですか、旦那さんと同じ名前でしたか。」
「えっ! どうして知ってるんですか?」
「えっ、あっ、しまった! いや、なんでもないです。なんとなくそうじゃないかなぁと...。すいません。」
サチは、運転手の今岡さんの言い方が、ちょっと気になったが、まさか、あの事故のことで自分の顔が知られてしまったのか? と考えてみたが、いや、やっぱりそんな訳ないだろうと思い直したりしていた。
「運転手さん、一年前の東北道の事故をご存知ですか?」ミユが突然、事故のことを運転手に尋ね出した。
「ミユ! どうしたの? いいじゃないのそんな話。」サチは、関係ない人間と事故の話などしたくないと思っていたので、びっくりしてミユを止めようとしたが、ミユはやめなかった。
「運転手さん! どうなんですか?」
「あっ、いや、事故? 一年前...。なんか崖崩れがあったんでしたっけ? 詳しくは知らない... です。」
「私たち、その事故の遺族なんです。今日は、母が亡くなった父と巡った所をもう一度訪ねてみようということで来たんです。私たちはのことわかっていただけますよね。今日一日よろしくお願いします。」ミユの真剣な表情を見て、運転手の今岡は耐えられず、目を逸らした。そして、何も言葉が出てこなかった。
「ミユ、変な子ねぇ。すいません、今岡さん、そんなこと気にして頂かなくてもいいんですよ。ほんと、関係ないんですから...。」
「あぁ、なんてこった! 死んじまったんか! ちきしょう! ほんとに死んじまったんかいな!」
突然、泣きながら大声を出した今岡を、サチとミユはびっくりして呆然と見つめていた。
「あっ、いや、なんでもないです。ごめんなさい! 運転に集中しないとね。」
ミユは、変な人だなと思いながら、なんか親近感を感じている自分のことを自分でも理解できていなかった。サチも、この人すごく優しいんだなと好印象を抱くようになってきていた。
「はい、記念館に着きました。ここで待ってますので、ごゆっくり見学してきてください。」今岡にそう言われて、二人は車を降りて行った。
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