伝えたい


「起きろ新庄、朝だぞ!!!」


「……もう起きてるぞ」


俺は朝早い時間に起きてスマホで小説を書いていた。

一応執筆用のタブレットを持ってきた良かった。

俺は椅子に座ってコーヒー飲む。


「はっ? な、なんでそんなに優雅な朝なんだよ!?  どこからコーヒー持ってきたんだ? ――あっ、ていうか、昨日の『あれは』まだ内緒だからな! 俺からみんなにちゃんというからな!」


あんりと別れたあと、俺は山田に待ち伏せされた。

茂みの中からいきなり出てきたから驚いて首を締めそうになってしまった……。


「山田もコーヒー飲むか? インスタントだが」


「コーヒー苦いから飲めねえんだよ。ていうか、こいつら起きねえな! 昨日遅くまで喋ってたからな。新庄はすぐ寝ちまったもんな」


「あまり睡眠のペースを乱したくないからな」


「かーーっ! おっさん臭えな。まあそこが新庄のいいところなんだろうな」


山田は照れ隠しをしているようにどんどんと喋る。

昨日の現場を見られたのがよほど恥ずかしかったんだろう。二人は付き合うようになって何か変わったのだろうか?


「なあ、いつ告白するって決めたんだ?」


ふと、疑問に思った事を聞いてみた。


「は、は? ……わかんねえよ。隣の席でずっと気になってたんだけど、仲良くなっていくうちに、どんどん好きになってって。お、おい、恥ずかしいだろ!?」


そうか、好きになるってそういう感じなんだよな。

俺は初めて山田に共感というものが浮かんだ。


「田中さんと幸せになれよ」


「あ、ありがとな! てか、新庄、次はお前だろ?」


俺はコーヒーを吹き出しそうになった。


「な、なにを言ってるんだ?」


「んー、まあいいか。ぶっちゃけ篠塚って丸くなって可愛くなったから超人気あるぞ。……田中の方が可愛いけどな」


そんな事はわかっている。

あんりはすごく可愛い。俺が誰よりもそれを理解している。


ふと、二階堂の顔が浮かんでしまった。

あんりと中学の時に色々あった男だ。

変な感情が浮かんでくる……。

これは、嫉妬か。嫌な感情だ。それなのに止められない。


「そんな顔すんなって! お前らは大丈夫だっての。俺が保証してやんよ!」


「山田の保証はどうでもいいな……」


「はっ、ふざけんなよ!? てか、なんか変な感じだな。俺たちが恋バナしてるのってよ」


「そうだな……。別に悪い気はしない」


「そっか、新庄。今まで変な風に誤解してて悪かった。俺はもっといけ好かねえ奴だと思ってたんだ」


昔の俺だったらなんて言っていただろうか?

そもそもこんな風に話すこともなかったんだろう。


きっと、俺と関わるな、とでも言っていただろう。


俺にとってクラスメイトは、得体のしれない何かであった。みんな仮面の笑顔で当たり障りなく過ごし、空気を読んで他人の意見に流されて、人の心を踏みにじる存在だった。


だけど、今は違う。

みんな成長できてないだけだったんだ。

だから、もう大丈夫。


俺は山田の肩をぽんっと叩いた。


「山田、俺の方こそありがとな。色々教えてもらえた気分だ」


「へへ、おうよ! まだ高校生活は始まったばっかりだぜ! これからもよろしくな、新庄! ……ん? なんだこれ? 『山田は血まみれになりながらも田中の元へと向かう』??」


「あっ……」


血の気が引くとはこの事だろう。

さっきまでタブレットで書いていた小説が開きっぱなしであった。

田中と山田の恋愛話をファンタジー風に書いていたんだ。


バカでおっちょこちょいの冒険者山田はギルドから追放されて、奈落の底に落とされた。そこで出会った魔族田中と出会い、禁断の恋に堕ちる。

ラストシーンは死にゆく田中を生き返られせるために、山田が自分の命を使って田中を救おうとする。

ビターエンドで終わる予定であった。


違う、こんな事を考えている場合じゃない!


山田は顎に手を当てて考えていた。


「あっ、これ小説か! おおっ、俺が主人公なのか! ちょっと見せてくれよ新庄!!」


「や、山田?」


「あん? お前が小説書いてるのは知ってんよ。ていうか、お前と篠塚はいつも小説の話してんじゃねえかよ。いまさら驚かねえよ!! てか、俺って超カッコいいキャラ? 見せてくれよ!」


俺は衝撃を受けた。

絶対にバレていないと思っていた。あんりとも小声で話していたから大丈夫だと思っていた。


た、たしかに二人の世界に入ってしまった時は周りを見ていなかったかも知れない。


「なあ、新庄、これってどうやって始めっから見れるんだ?」


「ま、まて、まだ書き終わってないから、ちゃんと出来てから見せる」


ハッピーエンドに変更しなくては……。


「そっか、楽しみにしてんぜ! てか、こいつらマジで起きねえな。叩き起こそうぜ!」


「そ、そうだな」


俺は深呼吸をして冷静さを取り戻そうと試みる。

変な汗が出てきた……。

だけど、そんなに嫌ではなかった。

むしろ楽しみにしている、と言われて嬉しい気分になった。


そうか、やっぱり小説を読んでもらって喜んで、楽しんでもらえるのが嬉しいんだ。




「てめえ山田!! もっと優しく起こせよ! 俺は繊細なんだよ!?」

「山田……、もう少し寝させろ」


山田が平塚と平野と一緒に騒いでいる。

自然と俺も口元が緩んでいた。


特に面白い事は何もないのに、この空間が楽しかった。


あんりと一緒にいる時以外では初めてだ。

気がついたら、俺は声を出して笑っていた。




*************






楽しかった林間学校ももう終わりだ。

俺たちは帰りのバスに乗るために、下山を始める。

そこまで距離はないけど、歩くと結構な時間がかかる。


あんりは斉藤さんと田中さんと一緒に話しながら歩いている。

時折笑顔を見せて楽しんでいるようだ。



「超ねみいな。帰ったら爆睡だな」


俺の隣を歩いている平塚はあくびをしながら平野にもたれかかっている。


「……俺はバイトがある」


平野は立ち位置を変えて平塚をどかす。平塚は足を滑らして転びそうになるが――


「ちょっとあんた危ないじゃない!? しっかりしなさいよ! 平野を見習いなさいよ」


近くにいた瀬尾が平塚の身体を支えてくれた。


俺と平野は自然と二人と距離を置く。


「あん? う、うるせえよ。てか、あんがとな……」


「別にいいわよ。一応幼馴染だしだ」


「そうだな、幼馴染だもんな」


昨夜、俺が湯あたりしている時、瀬尾と平塚の間に何かあったらしい。

俺は詳しく聞かなかったけど、態度を見れば一目瞭然だ。

見てて目のやり場に困るほど距離感が近い。

付き合うことになった山田と田中は控えめな距離感なのに……。


平野がポツリと呟く。


「全盛期の二人はもっとうざかったぞ。まだ序の口だ」


「それは……、胸焼けしそうだな」


「俺はいつも隣で見ていた。また見れるようになって良かった」


平野は薄く微笑んでいた。滅多に見れない笑顔だ。

その視線の先は二人だけど、何故か瀬尾を見ているようにも思えた。


「平野?」


「ああ、大丈夫だ。これでスッキリした。俺はバスで寝てるから起こさないでくれ」


「わかった。バイト大変だな」


「仕方ない、生活のためだ」


平野は俺たち同年代に比べて随分と大人びている。

バイトをして、家の生活を支えている。

妹の世話をしなければならない。

家事もしている、と聞いた。


それを聞いた時、俺は後ろめたい気持ちになった。


俺は過去に色々あったが、恵まれた環境で育った。

小説だって自由に書けた。


「新庄、幸せは人それぞれだ。俺は今、すごく幸せだからいいんだ。新しい友だちも出来たしな」


「新しい友だち?」


「……いま、俺と話している」


「あっ」


平野は頭をかいて照れ隠しをしていた。

この林間学校を通して、俺はみんなと仲良くなることができた。

友達はあんりだけだと思っていた。


俺はクラスメイトの顔を見ていなかった。

この林間学校を通して、ほんの一部だけどみんなと近づく事ができた。


――遠足のあとに、あんりに抱きしめられながら心に思った事を思い出してしまった。


みんなでサッカーをしたかった。遠足がすごく楽しみだった。一人ぼっちは寂しかった。裏切られても、もしかしたらって思っていた。話しかけてくれるだけで本当は嬉しかった。修学旅行に行きたかった。お義母さんと義妹と一緒にご飯を食べに行きたかった。馬鹿な義妹が可愛かった。卒業式はもしかしたら祝ってもらえると期待していた。――本当は誰かに抱きしめてもらいたかった。違う、こんなのは俺じゃない。俺は全部諦めた。どうでもいいと諦めた。生きるために壁を作った。鋼の意思で壁を作った。


脳裏によぎるその言葉が、現実として結果が現れる。



――そっか、俺は一人ぼっちで寂しかったんだ。



平野の『友達』という言葉が俺の胸に溶け込む。

俺は声を絞りだすように平野の言葉に答える。


「友達、でいいのか?」


「当たり前だ、俺たちはもう友達だ」


その時、後ろからバシンと背中を叩かれた。


「なんだよ新庄! 俺も友達だろ!! ていうか、マジで小説楽しみにしてるからよ! 超カッコよく書いてくれよ!」


山田が俺の肩に手を置く。


「山田は追放されるけどな」


「はっ? マジかよ!?」


山田は笑いながら俺にそういった。

これが普通の学校生活。俺が本心で望んでいたけど、手に入らなかったもの。


あんりが振り返り、微笑みながら俺たちのやり取りを見ていた。

少し恥ずかしくなった。

田中さんは山田の様子を見て、あわあわしていた。

斉藤さんも笑顔であった。



俺はこの時、林間学校に来て良かった、と思えたんだ。






「おい、新庄、あれってお前の妹じゃね? 遥ちゃんだっけ?」


しばらくみんなと話しながら歩いていると、前の方に遥がゆっくりと歩いていた。

遥の隣には二階堂がいた。なぜだ? 二人は知り合いなのか?


声は聞こえないが、二人は会話をしているように見えた。

決して仲が良さそうに見えない。

見えない火花が散っているみたいだ。誰も二人に近づかない……。


ん、まてよ。二階堂には婚約者がいるってあんりから聞いたことがある。

あんりみたいに、遥が婚約者から嫌がらせをされたら困る。

あまり遥を近づかせない方がいいだろう。


「ちょっと様子を見てくる」


俺は平野たちにそう告げて二人に近づくのであった。







「……D組の女子たちはあんたのお陰で大丈夫ね」


「こっちこそ、あの子を牽制してくれて感謝するよ」


「別にいいよ。てか、親しそうにしないでよ」


「いや〜、この学校は本当に性格悪い子が多いね」


「あんたの婚約者は大概だったね」


「元婚約者ね。僕の事はいいけど、君は二宮の求愛をどうするの?」


「あばば!? そ、それは、知らないもん!」


二人は会話に夢中で俺に気がついてない。

なんの会話しているかよくわからない。ただ、雰囲気が異様に暗い。

俺は後ろから遥に声をかける。


「遥? 求愛ってどうしたんだ? もしかして、二階堂が求愛したのか!?」


遥は驚いて飛び上がってしまった。


「お、お兄ちゃん!? ち、違うよ!! 二階堂はただの知り合いだよ!」


「うーん、知り合いというか仲間というか。……ね」


「そっか、遥も友達が出来たんだな。だが、二階堂か……」


「と、友達じゃないよ!!」


風呂場での一件を思い出す。決して悪い奴ではないし、ダークエンジェルだし……。

接し方に困る。


「遥、二階堂は婚約者がいるんだ。あんまり近づくと面倒な事になるから気をつけろよ」


「……う、うん、大丈夫だよ!」


「そうそう、元婚約者だからね」


「ん? そうなのか? ……じゃあやっぱり二階堂は遥の事を」


「違う違う、僕じゃないよ。僕の友達が遥さんの事を気に入ってね」


「な、に?」


背中に背負っているバッグがずれ落ちそうになった。


「あががっ!? ち、違うよ、お兄ちゃん!! 私は二宮のことなんて全然好きじゃないもん! 興味ないもん!!」


「い、いや、恋愛は自由だ。……遥、そいつに松ぼっくりを投げちゃ駄目だぞ」


「う、うん、ほら、お兄ちゃんは篠塚さんのところに戻って!! 私は二階堂ともう少し話があるから」


「新庄君、またね」


俺は遥に背中を押された。

なんとも釈然としない。

振り返ると、遥と二階堂はすでに遠くまで歩いていた。


……まあいい。今度ゆっくり遥から二人の関係性を聞こう。




振り返ると、あんりが不思議そうな顔をして立っていた。


「真君、遥さんどうしたの?」


「いや、よく分からない……。二宮っていう奴から求愛されたとかなんとか」


「えっ? 二宮君……」


あんりが一瞬だけ暗い顔をした。

二階堂の友達という事はあんりと同じ中学だったのだろう。


「あんり、すまない。忘れてくれ」


「ううん、二宮君は大丈夫。嫌がらせをかばってくれた事もあるから」


「そうか……、しかし、なんでまた遥を、す、好きになって」


「あーー、二宮君はちょっと変わって子がタイプだったからね」


俺たちはそんな会話をしながら二人で歩き出す。

バスまではあと少しだ。


「確かに遥は変わっているしな」

「ちょっとだけだよ、それに遥さんはすごく可愛くて魅力的だよ」

「そうなのか?」

「そうだよ!」


「俺はあんりが魅力的だから、他の人はよくわからない」


「ちょっと、真君!?」


「あっ、こ、心の声が……」


俺もあんりもしばらく無言のままで歩く。

嫌な沈黙ではない。心地よい沈黙だ。


「真君、林間学校楽しかった?」


「そうだな、すごく楽しかったよ。平塚たちとも仲良くなれたしな」


「うん、私も田中さんたちと仲良くなれたよ! ……こんなに寂しくない行事は子供の頃以来」


過去の行事を思い出してしまう。あんりも俺と一緒であった。一人ぼっちで過ごした行事の方が多い。


「そうだな、寂しくなかったな」


「で、でもね、少しだけ寂しい時もあったんだよ」


「だ、大丈夫か、あんり? 誰かに嫌な事されたのか?」


「ううん、誰からも嫌な事なんてされなかったよ。黒澤さんも近づいて来ないし」


「そっか、じゃあなんで……」


あんりが俺の手を取った。

それはとても自然であまりにも、いつもどおりの仕草であった。



「真君と一緒にいる時間が足りなかったもん」



俺はこの時、あんりの小説のタイトルが頭に浮かんでしまった。


俺にとって「世界で一番大切な人」。


それはあんりなんだ。

だから、俺はこの時決意した。


もしかしたら、関係性が壊れるかも知れない。

友達でいられなくなるかも知れない。

だから、恋心を隠そうとしていた。


だけど、この思いは止められない。




――俺はあんりに想いを伝えたいんだ。






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