繋いだ手
「真君? なんか顔が赤いよ。風邪引いたの?」
「いや、大丈夫だ。少しぼーっとしていただけだ」
あの日、俺は自分の気持ちをちゃんと認識した。
あんりに恋をしている。
気が付かないようにしていた想い。だけどもう抑えきれなかった気持ち。
俺とあんりはジャージ姿で朝の住宅街を歩く。手には林間学校の荷物を持っている。
そうだ、今日から二日間林間学校へと行くのだ。
「ふーん、変な真君。もうちょっとそばによっていい?」
「それは、その……、別にいいけど……、ちょっとまってくれ」
あんりはニコニコしながら俺と距離を縮める。そういえば俺たちは遠足の時に手を繋いでいたんだよな。……今思うと恐ろしい事をした気分だ。
この前は勢いで抱きしめてしまった。……あんりに嫌われていないか心配になってきた。
俺は首を振る。嫌われていたらあんりは俺と喋っていないだろ。
人を信じていなかった俺とあんり。
そんな俺たちは大切な友達になれた。今ではどんな時も一緒だ。
「待たないよ。えいっ!! ……最近の真君ってちょっと変だもん。なんかすぐに顔が赤くなるし、前みたいに手を繋いでくれないもん」
あんりが俺の手を握ってきた。自分の手汗が出てないか心配になってきた。
「それはあんりが可愛いからだ。あっ」
思わず本音が出てしまった。全身から変な汗が出てくる。
あんりは口をモゴモゴさせなが呟く。
「か、可愛くないよ。真君の方がカッコいいのに……」
俺もあんりも下を向いてしまった。気まずい空気が流れるが嫌な感じではない。
なぜならあんりが笑っているからだ。
本当にこの恋心というものは恐ろしいものだ。何をしていてもあんりの事を考えてしまう。
ジャージ姿のあんりはとても可愛かった。トレードマークのポメラニアンのバッチをカバンにつけている。
あんりが可愛いからこのポメラニアンも可愛いんだ。
「そ、そろそろ学校の生徒たちが増えてくるが、その、手は繋いだままでいいのか?」
「うぅ……、構わないよ! だって最近の真君冷たかったから」
「別に冷たくしてたわけじゃない。なんて説明していいのやら……、その……」
「うんうん、ちゃんと説明してよね。この前はいきなり抱きしめてきたのにさ」
「あ、あれは、その、あんりに久しぶりに会えて嬉しくて」
どうやら俺は好きな人の前だと嘘が付けない。好きになるってこんな気持ちなんだ。
ふわふわして頭が熱くなって……。
そして、あんりが俺の事をどう思っているか気になっている。
今の俺達の関係は大切な友達同士だ。
やっと信じ合えて仲良くなれたんだ。もしも俺があんりの事が好きって知られたら……。
この関係が終わるのが怖い。だから俺は恋心を気が付かないふりをしていた。
だけど、もうそんな事はできなかった。
俺にとってあんりは世界で一番好きな人だから。
「ねえ、私の書籍化の発売日決まったよ! えへへ、題名は『世界で一番大切な人』。あれから編集さんと色々話してね」
その言葉に思わずドキッとしてしまった。あの小説を読んでから俺はあんりを更に意識するようになってしまったんだ。
内容はすごく面白い。絶対に売れると思う。
だが、なんというか、読んでいて妙に恥ずかしくなる部分もある。自意識過剰にならないようにあんりからの気持ちが伝わってくる小説であった。
「そうか、良かった。楽しみにしてるよ」
「むぅ、やっぱり真君がそっけない! も、もしかして誰か好きな女の子とかできたの?」
目の前に好きな人がいるのにそんな事を言われたらどう返していいかわからない。
ミケ三郎……俺はどうしたらいいんだ?
「お兄ちゃん、あんりちゃん、おはよう!! えへへ、今日のバーベキュー楽しみだね!」
そこに義妹の遥がやってきた。大荷物を背負った遥は俺とあんりを見比べてそのまま視線は俺たちの握っている手に注がれる。
遥は草餅をもぐもぐ食べながら寝ぼけた顔で俺たちに言う。
「やっぱりお兄ちゃんたちってすっごくお似合いだよね! すごく幸せそう。ねえ、どっちから告白したの? 遥もいつか素敵な人と出会いたいな〜。あっ、如月たち待たせてるから行くね! また後でね!」
遥は言うだけ言って草餅をもぐっと食べきって全速力で走り去っていった。……あいつは堂島と同じ空気感が出てきたな。
あんりはプルプルと身体を震わせてうつむいていた。
「ま、真君、お、遅れちゃうから行こうよ? く、草餅美味しそうだったね」
てっきりあんりは否定に言葉を言うと思ったけど、遥の言葉を受け流した。
何故か笑い顔を堪えているように見えた。
俺は遥を見て冷静さを取り戻せた。改めて俺は握られているあんりの手を見た。
――もうあんりには傷ついて欲しくない。幸せになって欲しい。
俺はあんりの手を一度離す。「あっ」という残念そうな小さな声が聞こえてきた。
だけど、俺はすぐにあんりの手を再び握り直す。
「あんりに冷たくしてたわけじゃない。ただ、最近のあんりは可愛すぎて少し照れていたんだ。もう大丈夫、ほら行こう」
「ま、真君!?」
あんりが真っ赤な顔をしてまたうつむいてしまった。嬉しそうな時の顔のあんりだから大丈夫。
俺の顔は真っ赤だろう。恥ずかしくてあんりの顔が見れない。
でも、手を繋いでいるから気持ちも繋がる。
きっと俺たちは大丈夫。だって、俺たちは信じあっているんだから――
「はい、お前ら二人で最後だ。なんだ、随分仲良しだな?」
結局色々寄り道をしたらバスに着くのがギリギリになってしまった。
担任の真島先生がバスの前で生徒の確認をしていた。
「すみません、遅れて」
「いや、別に遅れていない。そもそもお前らは遅刻したことないだろ? ……まったく、いつまで手を繋いでいるんだ」
そういえば俺とあんりは手を繋いだままであった。あの後、奈々子さんに話しかけられたり、山田カップルに絡まれたり、色々あった。
俺とあんりは手を離す。
少し寂しい気持ちになる。
「まったく、そんな顔をするな。先生が悪者みたいじゃないか。……まあなんにせよ良かった」
俺たちは苦笑いしながらバスに入ろうとした。
そういえば、このバスに乗る瞬間が好きじゃなかったんだよな。同じクラスメイトなのに異物が乗り込んだって顔をされる。
疎外感が心を埋め尽くす。
あんりと手を繋いでいる間はそんな事を考えなかったな。
先生が後ろから俺たちを呼び止めた。
「そうだちょっとまて」
なんだ? 何かしたのか? 俺とあんりが足を止める。
「昔話をしよう。幼馴染の事が大好きな女の子がいたんだ。だけどな、二人共素直になれずにすれ違ってばかりだった。……ある日遊園地でこっぴどく喧嘩してな。……その後色々あって二人は二度と会えなくなってしまった。お互いの友人から聞いたらな、二人は好き合っていたんだ」
「せ、先生?」
先生が軽くため息を吐く。遠い目をしていた。まるで自分が体験した事があるかのようであった。
「知り合いの話だ。お前ら、自分の気持ちには素直でいろよ」
そう言って先にバスの中に入って行った。
俺とあんりは顔を見合わせる。
先生と真面目な話をするのは三回目だ。……素直になる、すごく心に響く言葉だった。
俺とあんりはどちらからともなく手を繋ぐ。それは心を繋ぐ行為。
今朝よりもより自然体で、相手の気持ちがより感じられる。
「あんり」
「うん、真君」
俺たちは自然な笑顔でバスに乗り込むのであった――
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