斉藤さん

 

 みゆはみんなからちやほやされたかった。

 中学の時の地味な自分が嫌いだった。メガネなんて大嫌いだった。



『――昔の方がずっと可愛いよ』



 その言葉を受けて、私は教室から動けなかった。

 身体に衝撃が走る。

 昔よりもずっと可愛くなったのに……。


 一人で立ち尽くしながら教室の入り口を見つめる。

 よくわからない感情が渦巻く。気持ち悪い。

 私だって真君と仲違いなんてしたくなかったよ……。


 ……高校で真君と同じクラスになれて嬉しかった。真君は普段は暗い顔をしているけど、たまに見せる笑顔がとても素敵だった。

 私の見る目は間違って無かった。


 目ざとい女子はハイスペックな真君にもう告白していた。

 ……胸の奥が……嫌な気持ちになった。真君は……私が初めに仲良くなったのに。


 私は一体どこで間違えたんだろう?



 ***************



 中学の時は真君と一緒に図書室で過ごせて幸せだった。

 小学校の頃の噂を引きずっていたのか、真君は友達がいなかった。

 地味に見えるけど、すごくキレイな顔をしていた。

 話すと、明るくてとっても面白い。

 図書室に行くのが毎日の楽しみになっていた。


 その頃の私は、ダサい眼鏡で制服のスカートも長くて、髪型も変なおさげだった。

 陰でブスって言われていた私に、真君はすごく優しかった。





 あれは突然起こった。地震の揺れが収まったと思ったら、真君が私に迫ってきた


『斉藤さんっ!!』


 そのまま、私の上に倒れるように乗りかかって来たから、私は恐慌状態に陥ってしまった。あの時はすごく怖かった……、いくら仲が良い友達だったとしても、大勢の生徒がいる中で……。


 しばらくしたら、真君はゆっくりと起き上がった。

 私は意識があいまいだった。


 真君の顔色は土気色で、頭から血が流れていた。気がつくと、周りの生徒が真君を攻め立てていた。



 そして……みんな私の事を心配してくれた。


「大丈夫? 斉藤さん」

「保健室行こ」

「怪我してない? お水飲む? 変なところ触られなかった?」


 人見知りの私はうまく返事が出来ない。


「え、あ、う、うん。……だ、大丈夫……、ま、真君が怪我を――、あっ、メガネ、メガネ……」


 生徒たちの温度が下がる。

 メガネをしてなくてもわかる。私はその空気が怖かった。


「あんな奴放っておけよ。……メガネ……あれ? お前本当に斉藤?」

「そうだよ、いきなり襲うなんてありえないって」

「一緒に保健室行ってあげるからね」

「へ〜、なんだメガネない方が可愛いじゃん」


 生徒の誰もが私の事を心配してくれた。

 まるで小説の中の主人公みたいだった。みんなちやほやしてくれて、私の事を大切に扱ってくれた。

 それがとても新鮮で――嬉しかった。


 だから、真君の行動の意味を聞きそびれちゃった……。あの優しい真君が襲いかかる筈ないって、頭では理解している。だけど……


 真君は生徒の糾弾に力なく反論しているけど、目に光が無い。

 真君は悪い噂がある。小学校の頃、女子生徒に暴力を振るって怪我をさせた……。他にもたくさんある。そんな噂信じられない、けど――


 地味だからこそわかる。今ここで真君の味方をしたら……

 空気を読めない女になって私も攻撃されちゃう。


 ――大丈夫、きっと後で真君と話す機会があるよ。


 だから私は周囲に流されてた。


 結局、卒業まで話す機会なんて無かったのに……。




 あの事件をきっかけに生まれ変わった私は学校生活を楽しんだ。

 真君に襲われた事件は頭の片隅に消えていった。


 クラスで上位カーストの女友達も出来た。お化粧やおしゃれを覚えた。

 みんなが私を可愛いと言ってくれた。その言葉を聞くと、私の気分が高揚する。初めて告白もされた、真君よりもカッコ良くないから断った。


 みんなちやほやしてくれた。

 もう、地味な図書室の女になんて戻りたくなかった。




 卒業式の後、地味な女の子が私に話しかけてきた。昔の私みたいな子だ。


『斉藤さん、今だから言えるけど……。あの時……新庄君はあなたを庇って怪我をして……、ううん、ごめんなさい。あの時は周りの空気が怖くて言えなくて……』


 言うだけ行って走り去っていった。


 初めは何の事か理解出来なかった。

 徐々に頭の中に浸透していく。

 頭では理解出来たけど……今さらもう遅いよ……。真君との日々なんて……。



 その時、真君が私の目の前を通った。

 一切、私を見ていない。視線は前だけを向いていた。



 真君を見たら――図書室での思い出が一気に蘇った。

 穏やかで、優しい空間で、とても……楽しくて……胸がドキドキして……。


「おーい、みゆ〜! 早く打ち上げ行こうよ!!」


 女子グループの友達が遠くから私を呼んでいた。

 決して嫌いじゃない。……だけど……あの時間とは何かが違う。真君といた時はギスギスした時間なんてなかった。女友達は自分勝手な子ばかりだった。

 表面上は仲良くしているけど、友達がいない時はその子の陰口を言う。

 すごく――面倒な世界に足を踏み入れちゃった。


「……なんで……みゆは……真君に――」


 後悔が一気に押し寄せてきた。なんで私はすぐに真君と話さなかったの……、バカでしょ? 私……。

 真実を知ろうとしないで、流されて――それを楽しんで。

 私を守ってくれたのに――


 頭から血を流した真君の顔が脳裏に浮かぶ。


 その時私は理解した。この胸のもやもやとドキドキは……初恋だったんだ。

 私は目で真君を追った。

 真君は一人で学校を出ようとしている。親は? 妹さんは? なんで一人なの?


「――ま、真君!! まって!!」


 真君に声が届いたはずだ。それなのに振り向いてくれない。


「みゆ〜、遅いって! 早くしてよね!」


 苛ついている友達の声だけが聞こえる。

 ――うん、高校が同じだから謝る機会はあるよね? ……大丈夫、次は間違えない。


「ごっめ〜ん、超すぐ行くよ!!」


 私は友達グループのところへと向かった。

 



 *****************





「初めから超間違えていたじゃん……、みゆの超バカ……」


 真君と同じクラスになっても目も合わせてくれない。

 綺麗になった私を見てほしかった。

 私の事件の後も色んな悪い噂を聞いたけど、私は信じなかった。


 勇気を出して声をかけてみたら、真君は笑顔を見せてくれた。

 私はそれだけで舞い上がってしまった。


 敬語を使われるのが変だと思った。

 私が調子に乗ってまくしたてるように喋ると――笑顔が強張っているように見えた。

 何か気を悪くしたのか焦っちゃった。


 謝りたいのに焦って余計な事ばかり言っちゃう。

 口が止まらなかった。嫌われたくなかった。

 仲良くしたかった。


 ふと、真君は笑っているけど、笑っていない事に気がついた。

 優しい空気なんて感じない。感情が感じられない。私を――全く見ていなかった。




 さっき話した時に私は強く確信をした。


 ――真君は……私のせいで――おかしくなっちゃった……。


 謝りたかった。信じていた事を伝えたかった。


「みゆが悪いにきまってるじゃん、本当に馬鹿なんだから……」



 見つめている教室の入り口は空虚であった。



 もしも私があの時すぐに真君に話を聞いていたら?

 もしも私が取り乱さなかったら?

 もしも私が真君を信じていたら?

 もしも私が真君と距離を置かなかったら?

 もしも私が――ちゃんと告白してたら?



「ひぐ……、わかってるよ……、ひぐぅ……私が悪かったのよ……、怖くて冗談しか言えなかった……」


 本当に馬鹿だ。真君が喜ぶと思ってメガネまで用意して……。

 後悔が、感情が、波のように押し寄せてきちゃう。

 こみ上げてくるものが止められない。涙が止まらない。


「真君……。ごめんなさい……、ごめんなさい……本当にごめんなさい」


 私は壊れた機械みたいにその言葉を繰り返す。

 壊れた関係は戻れないの。

 壊れた過去は消せないの。

 真君の傷は消えない。

 二度と同じ日々は戻らないんだ。

 真君は――きっと私を許してくれない。

 私は謝るタイミングさえも間違えてしまったんだ……



 ――今さら同じ関係に戻ろうとしても――もう手遅れなんだ……。



 私は泣きじゃくりながら、初めてその事に気がついてしまった――







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