感謝の肛門、歓迎の絶頂
坂無さかな
第1話
私は労働があまり嫌いではない。
労働以上に部屋で何もしないでいることが好きなだけだ。
しかしながら働かなければ周りから疎まれてしまう、出る杭はいつの時代も打たれるのものである。
私の現状だが時節柄半年ばかり無職をキメ込んでいたため貯蓄が底を尽きたどころか地下十数万円分程めり込んでしまった。
鈍重な腰を上げようやく温泉旅館で働いているのだが、いかんせん月餅をも凌ぐほど甘やかされた私の身体は思った通りには動かない。
身体、とは述べたが一番の問題は喉である。
私は常人よりも滑舌が悪い。
舌がぶっ壊れているのだ。
余談だが当然味覚も死んでいる。
滑舌の悪い人間の舌には言い慣れた言葉以外の発音は困難を極める。
半年間ほとんど誰とも面と向かって会話をしていない私、とても接客ができる状態では無いがそんな不安を酒で拭い去り初出勤と洒落込んだ。
向こうに着くなりなんとか電車の中マスクの下で練習した自己紹介だけはこなし、いよいよ勤務。
「はい、これ制服」
「あ……す」
"あす(ass)"……つまり肛門である。
私の半年ぶりの「ありがとうございます」は呆気なく菊の花と散った。
部屋で引きこもってニコニコ笑いながらyoutubeを見るだけの生活を半年していた人間の舌には人と接する上での必須要項「ありがとうございます」の発言を容易くは許してくれないのである。
それに引き換え「申し訳ございません」は夏場のコバエの様に容易く湧いて出る。
しかし人間の脳味噌はバイアスのしゃぶしゃぶである為、まさか初対面の人間がいきなり感謝として排泄器官の名を呟くとは思わなかったのだろう危なげもなく半年ぶりの感謝をクリアした。
それに味を占めた私は館内で事あるごとに感謝の肛門を繰り返すのである。
一通り設備の説明を受け、いざお客様がお見えになる時間。
私は歓迎のオーガズムに達するのである
「しゃせー」
感謝の肛門、歓迎の絶頂 坂無さかな @Oreno_Gondola
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