敵国ベルツの戦少女④
何日も同じ軍服を着ていると、当然ながら多少不潔になってくる。身体を清潔にしていないとあらゆる病気の原因になってしまう。これはたとえ戦場であろうとも変わらない。
俺とレーナは空き家にある箪笥から、比較的新しい洋服を拝借して身につけることにした。
「なんか、閉店後の服屋に勝手に忍び込んで、盗みを働いている気分になるというか。悪いことしてる気分になるな」
「ノア、気分というか本当に悪いことだよ。ちゃんと返すとはいえ、お家の人が帰ってきて困らないように、なるべく汚さないようにしないと……」
レーナは口ではお説教するような感じだったけど、好きなシャツとスカートの組み合わせでコーディネイトを楽しんでいるようで、ご機嫌に鼻歌まで歌っている。まさに浮かれ気分だ。
「服は選んだか? じゃあ俺たちの身体も洗わないとな」
「ノア。近くに小川があったの。私見つけたんだ」
レーナについていくと、集落から少しだけ外れた場所に確かに小川があった。川魚も泳いでおり水も透き通っている。
「なるほど、井戸水を貯めるよりこっちの方が手っ取り早い」
俺は早速服を脱ぎ下着だけになって、川に飛び込む。身体についていた埃がとれていくようでとても気持ちがよかった。しかし、ここで近くにレーナがいることを思い出す。
「す、すまん! 男だらけの軍隊生活でな。こういうデリカシーを気にしない生活に慣れていたから…」
慌てて弁明しようとしたとき、目の前に信じがたい光景が広がっていた。既に下着以外の服を脱ぎ、半裸となったレーナの姿だった。
「あ、ごめんね。私の方こそ、軍隊生活でそういうの気にしない生活だったからつい……」
レーナは恥ずかしそうに笑う。透明感のある白い肌に赤らんだ頬の色がじんわりと浮かびあがった。
「いや、いいんだ。これからはお互い気をつけるようにしよう。それにレーナ。君は女の子なんだから無防備に過ごして変な男に絡まれないようにしないと」
「大丈夫。戦少女の力を恐れて近づいてくる兵隊さんなんてほとんどいなかったよ」
「そうか……」
俺は一言だけ返事をした。彼女は身体に残る無数の傷痕を指でなぞるように触っていた。
水浴びが終わったあと、俺たちは拝借した服を見に纏った。俺はシンプルに麻のシャツとジーンズ。レーナは白のブラウスに膝下まである藍色のスカートを履いていた。
「とても綺麗じゃないか」
思わず声がでる。今まで軍服を着ていた彼女が垣間見せていた少女の一面が、服を着替えたことによりくっきりとその輪郭を映し出した。
「ノア、それは褒めすぎだよ。でも、ありがとう」
レーナは自分の傷痕を気にしているのか、腕から出た傷痕は絹で隠すようにしていた。
そして軍服は洗濯し、外から見られないように家の中の目立たないところに干した。単に存在を不必要に知られたくなかったことが一番の理由だが。あまり、目に入る場所に置きたくなかったという意味もある。
この逃避しつつある日常に、軍服は少し重すぎたのだ。
「ノア……あれを見て?」
昼飯を食べてゆっくりしているころ、レーナは家の小窓からなにかを見つけたようで、外に向かって指をさしていた。その方向に目をやると、一匹の子犬がとことこと草むらを歩いているのに気がついた。
「子犬? こんなところに?」
「ノア、私拾ってきてもいいかな?」
「いいけど、噛まれたりするなよ」
わかった。と言ってレーナは家から出て子犬のもとに駆け寄る。子犬は逃げなかった。両手を広げるレーナに引き寄せられるかのように小さく高い声で鳴きながら近づいてきた。
「おいで、お前も家族と離れたのかい?」
そして、不思議なことにレーナがぎゅっと抱いたり、撫でたりするだけであっという間に子犬が懐いてしまったのだ。
「すぐに懐いたな、すごいもんだ」
「昔から動物には結構、好かれるんだ。ノアも抱いてみる?」
「俺は結構。小さい頃レトリバーに噛まれたから犬がトラウマなんだよ」
「そう? 残念だなぁ」
レーナは乾パンを砕き、水に浸したものを差し出すと、子犬は尻尾をぶんぶんと振って嬉しそうにそれにかぶりつく。
「それにしても、親はどうしたのかね」
その光景を見て呑気に呟く俺。
このときの俺もレーナもまだ知らなかった。この子犬が、ベルツの軍用犬で使われているものと同じ犬種だったということを。
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