愛と呼べない夜を越えたい

夢月七海

#1 PM7:23 落窪駅前ロータリー


 パシンと、ドラマで聞くような綺麗な音が響いた。しばらくして、左の頬がじんじんと痛み出し、ビンタされたのが僕自身だと気が付いた。

 熱の籠った頬に左手を添えて、みやこのことを見る僕は、きっとあまりに間抜けな顔をしていたのだろう。涙を浮かべた彼女は、静かに口を開いた。


「さようなら」


 こちらが「あ」と声をかける間もなく、京は踵を返して歩き出してしまう。その背中が遠くなるのを見て、京の髪色が明るい茶色になっていることに気が付いた。

 ……まだ、声をかければ、振り返ってくれるかもしれない。戻ってきてくれるかもしれない。だけど僕は、その場で突っ立っていることしかできなかった。


 こうなった理由はよく分かっている。僕が一時間、遅刻してしまったからだ。

 原因は、出かける準備が終わって、このまま出ても早く着いてしまうなっていうタイミングで、ちょっと掃除していこうかと思ってしまったからだ。目についたものは気になってしまう性格のせいで、軽い整理整頓がソファーを動かす模様替えまでに発展してしまった。


 しかも、こういうことは初めてではない。流石に、三回もくだらない理由で遅刻したら、どんな人だって怒るに決まっている。

 怒りが頂点に達した京は、冷静になるタイプのようだった。言い訳を並べる僕を、氷のような視線で突き刺してくる。


 もう、あなたのことを信じられない――そういって、立ち去ろうとした京を無理に引き留めた結果、はたかれた。

 未だに痛む左頬を抑えながら、ロータリーの植え込みを囲む花壇に座っていた。呆然と、これよりも悪いことは起きないだろうと思っていた。


「……尾道君?」


 聞き覚えのある女性の声がして、右を向いてしまった。そこに立っている相手を見て、僕はグッと息を呑む。

 そこに立っていたのは、今、一番会いたくない人――高校二年生の時の同級生、僕の初恋の相手がいた。
























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