~頂の目撃者~

「―――地の隆起グランドジャット


 ゴガンゴガンゴガンゴガンッ!


「地属性!?」

「一瞬で!?」

「デカい!」


 突如スケルトン達の両側に出現した巨大な土壁に驚く三人。


 この雨の中、火魔法は不向きだし、スケルトン種相手に風や斬撃は相性が良くない。やはり、潰すに限る。


「鏖殺だ」


 ドゴォォンッ!!


 雨が砂塵を地に押し戻し、複数の巨大な土壁は迫っていたスケルトン全てを巻き込んで合わさった。


 俺が合わせた手をスッと下ろすと、魔力の制御から離れた土壁はボロボロと朽ちてゆき、辺りにはバラバラになった骨の残骸が淡い光を放ちながら消えてゆく。


 それは蒲公英ほこうえいの綿毛が地面から飛び立っているようにも見え、数秒前までスケルトンが群がっていた光景とのに、三人は心が追い付かないでいた。


 声が出ないとは正にこの事。


 探査士サーチャー

 魔法術師ソーサラー

 でも、腰の剣は?

 一体どれほどの使い手?


 一瞬にして畏怖を覚えた三人の脳は、ジンという人間を己の経験則で測ろうと必死に働いている。


『バッハーッ!!』


「っ!? リビングメ」


 シュオン―――キンッ


「…イル、も、瞬殺…は、ははは…」


 土壁の挟み込みを免れていたB級のリビングメイルが迫っていた事は気付いていたので、予め夜桜の鯉口は切ってあった。


 リビングメイルの距離を詰めての最初の一撃は大抵振り下ろしと相場は決まっている。案の定相場通りの攻撃が来たので、抜刀術最速の横一閃で迎え撃ってやった。上下真っ二つとなり、ガラリと崩れ落ちたリビングメイルの魔力核は割と高値で売れる。ガコンと胸にあった核を引き抜き、消えていくリビングメイルを見ながら手持ちの布袋にしまった。


「とぅっ、とぅっ、とーうっ!」


 ザシュ!


 そうこうしている内に、早々はやばやとシリュウが砦から戻ってきた。小さな肩に担いだ剣術士ソードマンのリーダーをその場にポイと投げ、こちらに駆けて来る。


「リーダー!」

「ヒドい怪我だ! 生きてるよな!?」

「よかった、気を失ってるだけだよ!」


「なはははは! これであいつはシィに泣いてかんしゃする! お師はてんさいです!」


 竜人のように人間は頑丈にできてないから怪我人を投げ捨てるな、と言いたいところだったが、無邪気に笑うシリュウと、そんなシリュウにありがとうと頭を下げる三人を見ると何も言えなくなった。


 得意げに感謝を一身に浴びるシリュウは満足げだ。


 シリュウはこれまで誰かを助けるために魔物を倒した事など無かったのだ。今回は俺がそうさせたので仕方のない事だが、これからは行動の結果の感謝と、感謝のための行動の大きな違いを教えてやる必要がある。


 だが今は野暮なことを言うのは無し。よくやったとシリュウの頭をまた撫でてやると、にししと笑った。


 そんななか、辛うじて目を覚ましたリーダーが身体を起こす。それに気づいたシリュウはふんすとリーダーの前で腕を組み、うずうずしている。早く感謝しろと言わんばかりである。


「うっ…お前らも無事だったか。よかった…信じられねぇだろうがこのチビ、俺の目の前でリビングメイルを一撃で倒しやがった。しかも何体もだ」


「あ゛あ゛っ!?」


 またもチビと言われ、欲しいセリフとは違う言葉にシリュウの目が吊り上がる。実際に彼女の強さを目の当たりにしたリーダーは、すごまれるや否や口をつぐみ、喉元まで出てきている言葉をギリギリ耐えている様子だ。


 ギロリと睨まれ続けているリーダーを支える三人は、慌ててたしなめる。


「リーダー! この子が強いのは知ってる! ちゃんと言わなきゃだめだよ!」

「今回ばっかりは俺達が悪いぜ」

「リーダー…」


 傷薬で治療されながら仲間の三人に説得され、バツが悪そうにガリガリと頭を掻き、絞り出すようにリーダーの男は自分の非を認めた。


「…ちっ! ジン、さんだったな…あんたの言う通りだった。忠告を無視した俺が悪かった。んで…っくそっ! ありがとよ! 助かった! チビは取り消す!」


 謝罪と感謝を受けたシリュウの顔がにんまりと緩み、腰に手を当てて大きく仰け反りながら高笑いを上げる。


「なーっはっはっは! わかればいい、人間! これからはシリュウ様とよべ!」


 ゴンッ


「ぷぎゃっ!? お、お師! いたいです!」

「調子に乗るんじゃない」

「はぇ!? なんでシィおこられるです!?」

「いつかその答えが分かった時、また強くなれるぞ」

「ほんと!? 考えるです!」


 殴られたことはさっさと忘れ、うーんと頭を悩ませるシリュウに、リーダーは真面目に問いかけた。


「お前…あんな力があって何で弟子なんかになってんだ。Aランクでもおかしくない」

「は? そんなの―――」



 ゴゴゴゴゴゴゴ――――



「なに、この地響き」

「なんでしょう…」

「魔物の反応は感じないが」


 川の上流、山側から響く音に場の全員が緊張する。徐々にこちらに向かって来ている事は、遠目になぎ倒されている木々で容易にわかった。


 そしてそれは、森の切れ目で早々に正体を見せることになる。


 ドパッ!


「鉄砲水だ! みんな逃げろ!」

「なんてこった! 今日は厄日だ!」

「はやいっ! 逃げきれないっ!」


「あわわわ…お、お師! シィあれにはかてない!」

「皆を連れてここから離れろ! 早く!」

「は、はいっ!」


 シリュウは負傷して支えが無ければ満足に動けないリーダーの男に手を貸し、残りの三人と共にその場を全力で離れていく。シリュウ一人なら簡単に逃れられるが、さすがに負傷者三人を導いての離脱に苦戦する。少し前までのシリュウなら彼らなど放置してさっさと逃げていただろう。


 だが、感謝を受けた三人と、せっかく助けたリーダーを死なせてしまってはシリュウにとっては負けも同然。ガギリと歯を食いしばり、脚の遅い魔法術師ソーサラーの男まで抱え上げてその場から離れる。


「はっ!! お師は!?」


 シリュウは二人を担ぎ、駆けたまま振り返る事はできない。またも助けられているリーダーが悔しそうにしながらもその様子を伝えた。


「立ち止まったままだ…何をする気なんだ」


 ジンは夜桜を抜き放ち、その場で身構える。


 回避は十分可能だが、魔物に荒らされた今の砦があの鉄砲水を食らえば、崩壊する可能性が高い。ここは止める、もしくはらす必要がある。


 火は、話にならん。

 地は水相手にはもろい。

 風で吹き飛ばすのは到底無理。

 雷は火に油を注ぐようなもの。ややこしいな。

 いっそ斬ってみるか? …やめておこう。


「これしかない」


 イメージするは雪山。


 放つは白虎と同じ、夜桜を通じて放つ、原素魔法。


 ヒュオォォォ――――



「―――雪国の暴威ホワイト・リム!」



 バキバキバキバキバキバキッ!


 逆手に持ち、前方に掲げた夜桜の魔力核が激しい光を放つ。


 夜桜を起点に扇状に凄まじい氷雪が吹き荒れ、鉄砲水の前面が瞬く間に凍り付いてゆくが、氷に進路を塞がれた水は両側に進路をとり、あふれ出そうと形を変える。


 だが、氷雪の暴威は衰えることなく、後から来る水を次々に氷塊へと変えていった。


「はぁぁぁぁあああっ!!」


 なおも押し出そうとする鉄砲水は徐々にジンの近くにまで迫るが、辺り一面に霜が降りる頃には、ジンの前方に巨大な氷のオブジェと氷雪の世界が広がっていた。雨音のみが耳に届き、静けさを際立たせている。


「ふぅ…なんとか止められたが、コハクはこんなもんじゃないよなぁ」


 夜桜を通して放った魔法は通常の魔法とは性質が異なり、聖獣や古代種が扱う魔法である『原素魔法』となる。


 旧ジオルディーネ王国の王都だったイシュドルが未だ魔物が寄り付かぬ聖地となっているのも、この原素魔法が原因だと言われている。


 つまり俺が今氷魔法を解除しても、『力の記憶』を持ち続ける原素はしばらくは氷の性質を維持したままとなるので、急に氷のオブジェが鉄砲水に戻る事は無い。しかも今回は無から氷を生み出したのではなく、水を冷気で凍らせたに過ぎない。自然に融解され、静かに大地へと還るだろう。


 ルーナと共にラクリの首都であるイシスで暮らすコハクを思い出し、彼女が放つ氷魔法なら一瞬で終わっていたと、つい溜息が漏れる。


 そんなジンの思考など及びもつかないのは、彼の後姿を見ている五人だ。


「ウソだろ…」

「………」

「人間にあんなことができる…の?」

「ジンさんは、大魔導師エクスマギア…なのかもしれない」


 幻覚でも見ているかのような恐るべき光景は、四人の身体に震えをもたらす。


 そしてもう一人、ジンの弟子を自称している竜人の少女はこの四人以上に震え、その顔には畏れを含んだ笑みが浮かんでいる。


「な…なんで弟子かってきいたな人間」


 奥歯をカチカチと鳴らし、震える声でシリュウは答えた。


「これがこたえ。シィは…あの人より強くなりたい」


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