~ガイセル砦Ⅱ~

 少しして砦に突入した四人を見届け、ぼーっと収納魔法スクエアガーデンから取り出した茶をすする。雨が茶の表面に波紋を作るが、別に気にしない。


「…もう死んだです?」

「こら。縁起でもない事を言うな。まだ全員の反応はある」


 俺も少女もそこそこ馬鹿にされている。血気盛んな少女が心情的にそう言いたくなるのは分かるので大して責めたりはしないが、若干今後が思いやられる。


「残念。なに飲んでるですか」

「茶だ。飲むか?」

「…いいです。ぎるどでお金もらってかえっこするです」

「いい心がけだ。強くなれるぞ」

「茶を飲めば強くなる!?」

「…なる」


 少女は事あるごとに俺の行動やその意味を聞いてくる。何かしら掴めるかもという向上心から来ているようで、出会いの当初はこれに辟易したが、その頻度も徐々に落ち、今はもう慣れたものだ。


 茶に関してはあながち嘘ではない。茶は心を落ち着かせ、日々の生活に緩急をもたらしてくれる。そして修行の合間に飲む茶は、次の一振りの糧になる。


 ……さすがに大げさか。


「いっぱいかえるです!」

「ほどほどにな」


 そんなたわいもないやり取り経て数十分。


 魔法術師ソーサラーの魔法だろうか、砦の中から衝撃がここまで響いて来たのも束の間、砦から大量のスケルトン種を引き連れ、細剣士フェンサーの女と暗潜士アサシン魔法術師ソーサラーの男二人が血相を変えてこちらに向かってきた。


「生きて出てきたです」

「いや…一人足りない」


 三人共大きなけがはないようだが、後衛であるはずの魔法術師ソーサラーが怪我を負っている時点で乱戦となり、苦戦した事が目に見える。


「はあっ、はあっ、ジンさん! 逃げて下さい!」


 こちらに到着する前に先頭を駆ける魔法術師ソーサラーが声をあげる。細剣士フェンサーの女が三人の殿しんがりを務め、取り付かれぬよう中衛と後衛の男二人を優先して逃がしているのを見る限り、このパーティーメンバーはそれぞれが自分の役割を知り、全うしている。


 そして恐らく、リーダーの剣術士ソードマンは…


 どうにか距離を取る事に成功した細剣士フェンサーもこちらに到着し、魔法術師ソーサラーの男と同様に撤退を勧めてくる。


「リーダーが道を開いたか」


「そ、そうよっ! あんた達はここで待ってて! 私行ってくる!」

「お、おい!」

「くっ…」


 細剣士フェンサーの女は二人を安全圏に逃がした後、自分達を逃がすために砦のなかで奮戦しているはずのリーダーを助けに行くと身を翻した。


(これまでの無茶もこうして乗り越えてきたんだな。いいパーティーだ。レオ達も…いや、レオはこんな無茶はしないか)


 二年前、ドッキアで別れたレオ、ミコト、オルガナ、ディケンズの四人を思い出して胸が温かくなる。懐かしいと言うにはまだ早い気もするが、彼らは健在で、今は帝国北西部の古都ディオスを拠点にしていると聞いた。またいつか生きて会える日が楽しみだ。


 さておき、死地に向かおうとしている細剣士フェンサーの女をこのまま行かせるわけにはいかない。


「やめるんだ。疲労と、負傷している今の君では難しい」

「はぁっ!? ふざけるな! 見捨てろっていうの!?」


 魔法術師ソーサラー暗潜士アサシンの二人に比べ、細剣士フェンサーの女の傷は見過ごせない。女も分かっているはずだが、明らかに毒を貰っている。


「お師! はやくやる!」


 ガッシャガッシャと迫ってくるスケルトン達を目の前にして、少女は疼きが止まらないのか、俺に戦闘の許可を求めてくる。魔物と見るや喜々として飛び掛かっていた最初の頃に比べ、成長は見られるのだが…


「シリュウ。砦の中で奮戦している男を助けてここまで連れてくるんだ」


 三人は何を言っているのかと俺を見上げる。そしてシリュウも声を荒げて受け入れられないと拒否した。


「なっ、なんでです!? こいつらお師のいうことむしした! じごうじとく! それにシィのことチビっていった人間助けたくないです!」


 至って正論のシリュウの言葉に三人はうつむいた。刻一刻と迫るリーダーの死期は待ってくれないし、実際、今の自分達では中にいるリーダーを助けられないのも事実だった。


「シリュウ。お前の強さとはなんだ」

「え? …て、敵に勝つことです」

「そうか。だが、俺の中の強さは己に打ち勝つ事だ」

「おのれに…?」

「そうだ。腹立たしくても、如何に劣勢でも、その場において最善を尽くし、その結果を受け入れ、前に進む」

「お師のいう事はむずかしい」

「今は分からなくてもいい。たしか、シリュウはあの男をぶん殴りたいんだったよな?」

「はい…でも、がまんするです」


 俺が偉いぞと頭を撫でると、子供扱いは困るですと言いながらもシリュウは手から逃れようとはしない。


「ぶん殴るより数倍、男にダメージを負わせる方法がある」

「っ!? どうやるです!?」

「さっき言った通りだ。男がチビと馬鹿にしたシリュウに命を助けられたら、男はどう思う?」

「それは…あっ!!」


 シリュウは何かに気付いたように、ムフフと不敵な笑みを浮かべた。


 俺は改めて遠視魔法ディヴィジョンを砦に向かって展開し、正確な魔物の数を数える。


「リビングメイル五、アーマースケルトンナイト二十にスケルトンウィザード十五。男に至るまでの目障りな魔物と、男を囲んでいる魔物は雑魚を除いてこの四十体」


「はあ゛ああああっ!!」


 ボンボンボンボンッ!


「うわっ!?」

竜人イグニスの火だ!」

「子供なのにこんなに…」


 シリュウは火球をまき散らし、竜人の戦闘形態である竜化を始めた。彼女いわく、今の状態は本気の一歩手前、半竜化とよばれるものらしい。一気に姿形を変容させ、雰囲気を変えたシリュウに三人は唖然としている。


「シリュウ、やれるか」


「じゃまする魔物はぜんぶぶっころすです! キャハハハハッ!」


 ダァン!


 シリュウは水を得た魚のように、喜々として砦に跳躍していった。


「ああ、砦を壊すなというのを忘れた…竜化するああなると手が付けられなくなるのはどうしたものか。大戦士ガリュウに聞きたいところだ」


「ちょっ、ちょっと! 本気でFランクの子供一人に行かせる気!?」


 細剣士フェンサーの女が仲間から治療を受けつつ、信じられないと言った様子で俺に苦言を呈す。確かに強力な戦力である事は目の当たりにしたが、彼らがシリュウの力を測り切れないのは仕方がない。Fランクである事は紛れもない事実なのだ。


「心配ない。それより彼女がたどり着くまでにリーダーが死なぬよう祈っておいた方がいい」

「っ!!」

「リーダーのしぶとさは僕らが知ってる。あの子を信じさせてもらおうよ」

「だな。それに…はやく逃げた方がいいんじゃねぇの? 俺ら」


 と、暗潜士アサシンの男が迫りくるスケルトン達を見て苦笑いを浮かべた。


「雑魚が寄ってたかって…私が足止めする。あんたたちは逃げて!」


 とりあえず応急処置をすませた細剣士フェンサーの女は再度剣を抜き、スケルトンに向かって立ちはだかった。


 だが、もうそんな訳にはいかないと、暗潜士アサシン魔法術師ソーサラーの男二人も膝を揺らしながら立ち上がり、女に並び立つ。


「二人とも…」

「ジンさん。迷惑かけてすまない。リーダーの代わりに先に謝っとく」

「僕からも。ジンさんは離れてシリュウさんの帰りを待っててあげて下さい」


 俺をアテにすることなく、彼ら三人は大量のスケルトン種を迎撃する覚悟を決めた。


「見事な覚悟だ」

「え…?」

「あの子を行かせたんだ。俺が何もしないわけにはいかない」


 彼らの前に進み出て、魔力をみなぎらせる。


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