Epi-logue

~帰還~

「よく戻った!」


 マイルズ冒険者ギルドマスターのレイモンドは、ジオルディーネ王国王都イシュドルに潜入していたアーバインら四名の帰還を執務室で迎える。


 皆一様に疲れた顔をしているが、優秀な治癒術師ヒーラーであるシズルがいるので当然怪我を負っている様子はない。


 彼らはAクラスの冒険者なのだ。普段よほどの事が無い限り誰からも心配されることも無いし、ましてや依頼の失敗などあり得ない。


 だが、今回ばかりはレイモンド含め、此度の戦役に冒険者を送った各地のギルドは肝を冷やしていた。


「よくも地獄に送ってくれましたね」


 アーバインは出された茶を一気飲みし、ガンツとシズルはいつも通りだが、ギルドに戻るや不機嫌な顔のままのデイトリヒに代わって苦言をていす。


 好戦的なガンツや、危険に見合うだけの興味深い情報を多く得られたシズルとは対照的に、基本金のために冒険者をしているデイトリヒは危険に見合わなかった今回の依頼にむくれている。


 さりとて大声で文句を言うわけにもいかない。今回の依頼は戦地の潜入調査であり、一流の冒険者ならばしかるべきである。


 今回、だれも想像だにできない状況が発生しただけの事。ただそれだけだった。


 リーダーであるアーバインがチクリと刺し、直接的にデイトリヒの不満と、言外に今回の依頼の恩はデカいぞと含ませる。


「すまなかった。まさか魔物大行進スタンピードまで起こるとは…だが正直、俺はお前らでよかったと心から思っている」


 レイモンドは謝罪一割、残りで最大限の賛辞をアーバイン達に贈る。


 つまり、アーバイン達でなければ依頼は未達成、さらにはそのまま帰らぬ者となっていただろうという事であり、後悔はしていないと本人達を前に宣言してしまった。


 この言葉にガンツは鼻の下を指でこすり、アーバイン、デイトリヒ、シズルの三人は深いため息をつかざるを得ない。


「聞かせてくれるか。王都で何が起こったのか」


 レイモンドは今回の調査依頼の報告をアーバイン達に求める。これをしないと依頼達成にならないので、アーバイン達は見聞きした事、自身らの予想を含めてつらつらと語った。


魔物大行進スタンピードは、女王ルイが魔人となる際に集まった膨大な魔素が魔素だまりになってしまったから」


 国王軍と反乱民の戦い、ジオルディーネ王国軍作戦参謀フルカスが反乱民側について状況を拮抗させ、その状況も崩壊寸前で事が起きたとアーバインに続いてシズルがいう。


 魔物大行進スタンピードといった現象や魔力や魔素がらみの事、古くからの様々な伝承はシズルの得意とするところである。


 王都イシュドルからマイルズまでの帰路、シズルは様々な考察を重ねていた。王都での戦いの後、帝国の手が入る前に魔導塔を調べ尽くし、メフィストとその助手が死んだ今、魔人に関しては誰よりも知識を得ていた。


 シズルの恐ろしいまでの速度で資料や本をめくる様にアーバイン達は手伝う余地も無かったが、



 ―――ジオルディーネ王とこの塔の主は死んで当然



 と、最後に本をパタリと閉じて発したシズルの言葉。治癒術師ヒーラーのシズルらしからぬ冷たい一言に、三人はシズルが怒る様をこの時初めて目の当たりにした。


「その最中、魔物大行進スタンピードも目じゃない事が起こりました」


「古代種の戦いか…」


「そうです」


 アーバインは目をつむって先の光景を思い浮かべ、自分達が死を回避するために死の領域を背に戦い、からくも命を拾った事を伝えた。


 なぜ古代種同士の危険な戦闘領域を背に戦ったのか。それを説明するには魔物が近寄れなかったから、だけではシズルの研究者魂は許さない。


「五年前のオラルグ渓谷の事件を知ってる?」


「あー、ラクリとエーデルタクトの国境で起こった魔獣被害、だったか? すまん、詳細は知らん」


 唐突にシズルが今回の件とは関係のない過去の出来事をレイモンドに問うた。レイモンドはこの突然の質問に首を傾げるが、無意味な事は聞かないだろうと、正直に世間一般に広く知られている程度の認識をしめした。


「あれは、世間的に認知されている程度の生易なまやさしい事件じゃない」


「シズル。どういうことだ」


 アーバインやデイトリヒも話の本筋が見えてこないと、シズルに問いかける。シズルはうなずき、今回自分達が生き残れた最大の要因を口にした。


「オラルグ渓谷で起こったのは今回と同じ、古代種同士、もしくは古代種と聖獣の戦いだった」


「なんだって?」


「古代種や聖獣…おそらく神の眷属の発する魔力は、私達が持っている魔力と同じでは無い。魔物に近いのだと思う。だから魔物達は九尾大狐と白虎の戦いに近寄れなかった。自我の無い魔物でも、自分達と同じ力を有し、圧倒的な力を持つ者同士の戦いを本能的に恐れたんだと思う」


 魔力うんぬんの話はさておき、魔物達でもあの戦いを恐れたのは理解に容易い。レイモンド達は静かにシズルの話に聞き入る。


「そのオラルグ渓谷。今でも魔物どころか魔獣でさえも近づかない場所」


 これを聞いたアーバイン達に疑問が残る。戦いを恐れていたのなら、なぜとっくに終わった戦いの跡地を恐れるのか。


「答えは約十年前、当時帝国魔法師団長だったパルテール・クシュナーが公表した『原素』と呼ばれるものにある」


 この時点で、ガンツはあえなく脱落。アーバインも『う~ん』と頭を抱え、レイモンドも冷汗を流しつつあった。デイトリヒのみがコクリとうなずき、シズルについて来ている。


 だが、ここは研究成果の発表の場ではないとシズルは気付き簡潔に述べた。


「つまりオラルグ渓谷同様、古代種が放った魔法が魔素ではなく原素へと還って、それが魔物達にとって危険な領域の記憶になってる。今の王都イシュドルは今後数年、数十年は魔物や魔獣が近寄れない聖域になったといえる」


 この言葉に一同驚愕する。たしかにアーバイン達冒険者が王都を引き上げる頃には、王都にいた一切の魔物は去り、周辺地域に散っていた。


「だから古代種の戦いが激しさを増すにつれて魔物が王城から離れていったのか…」


「か、確認だが…」


 とレイモンドは根本的な疑問を口にし、確認する。


「その古代種九尾大狐…やっぱり女王ルイなんだよな?」


「ええ、それは間違いありません。現に俺らが苦戦したA級、B級の魔物を倒しまくっていましたし、お言葉もたまわったので」


「お、お言葉?」


 アーバインが思い出すようにふっと笑い、あとの三人もそれに続く。


「『魔物呼んどいてなんやけど、ウチらが邪魔なん消すさかいにあとはよろしゅうな』って言ってさっさと行ったっす!」


「昔、ラクリの冒険者ギルドで偶然見かけた時と雰囲気がまるで違ってた。けど、あの獣人ベスティアの為せる雷魔法と独特の話し方は女王に間違いない」


「九尾大狐も散々雷を降らせていましたし、九本の尾は九尾大狐以外にあり得ないでしょう」


「私は初めて見たけど、あの人はヤバいというかスゴいわぁ。人間では敵わない何か…別の力をお持ちねぇ」


「そ、そうか…とにかく女王が無事でよかった」


 レイモンドが様々な疑問を解消するのにこのあと数刻を要したのは仕方が無いのかもしれない。


「なにぃっ!? ジンが女王と風人の姫と一緒にいた!?」


雪人ニクスの少女もいましたよ」


 さらに報告の終盤にアーバインから出た人物の名のせいで、報告は翌日に持ち越しとなってしまった。


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