最終話 刻まれる軌跡

「なるほど。真名を告げるとはそういう意味があったのか」

「説明するこっちの身にもなって欲しいんだけど」


 アイレから真名を告げることの重大性を一から教わり、ようやく理解する事ができた。


 つまり真名とは先祖から代々継承されるもので、継いだ者の魂に刻まれるものらしい。確かに名は誇るべき大切なものだが、魂うんぬんと言われると眉をひそめたくなる。


 だが、この世界においては抽象的、精神的なものではなかった。


 真名を持つ者は『聖霊』を宿すと言う伝承があるというのだ。


 アイレは幼いころその話を母から聞いた時、恐怖で眠れなくなったという。自分以外の存在が内に秘められていると知れば、大人でも恐怖するだろう。ましてや子供ならなおさらだ。


 俺は『意志ある理』と自ら称した聖霊の声を思い出す。


 『アイレシアは眠りの中 あなたにいにしえの名を告げました 強い意思をもって』


 つまり聖霊が風星として顕現けんげんした要因は、アイレが俺に真名を伝えたからという事になる。だが、俺が真名を聞いたのはたった今。


 それが意味するところは、聖霊はアイレが俺に真名を告げる事を決意した時点で『告げた』と判断したのだ。


 だから俺とコハクの窮地にアイレに宿る聖霊は顕現したのだ。しかし、聖霊は未だアイレは自分を認知していないとも言った。この事から、アイレは真名を継いだ時点で聖霊は宿していたがその力は使えず、本来自身に宿る魔力で魔法を行使していたのだ。


 だが今は違う。アイレは真名を告げる事により、眠りのようなものから解き放たれた『聖霊という魔力』を顕現させた。これからアイレは本来の魔力と、聖霊という魔力が同居する存在となる。


「コハクが古代種の魔獣で、ルーナがそれに加え半分聖獣で、アイレが風人エルフかつ聖霊を宿す…か。ややこしいな…まったく、俺の周りはどうなってるんだ」


 ぶつぶつとつぶやく俺の顔をアイレが覗き込む。見えない目では俺の位置だけを把握するのが精一杯なのか、あまりに顔を寄せてきたアイレからとっさに身を引いた。


「…で、返事は?」

「あ、ああ…」


 アイレが未だ認知していない聖霊の魔力について話すかどうか考え込んで、すっかり忘れていた。俺は今、アイレに本気で全てを捧げると宣言された身だ。


「聞かなかった事にはできないからな」

「そうね」


 アイレは即答し、『そうだ』と言って俺にもう一つのを目の前で披露する。


「強化魔法だとっ!?」

、できちゃった」


 アイレの右手に強化魔法が施されていた。無属性魔法は使えないという亜人の摂理を超え、俺が彼女なら使えると期待した力。


 何を、と聞いたら今度こそ斬られるだろう。


 そこまでか…いや、真名を聞かせてくれた時点で、アイレの想いにこれ以上はないのかもしれない。


 直接言葉にされずとも、さすがにそこまで鈍感なつもりはない。


「受け取らせてもらう。君の全て」


「ほ、ほんと!? 嫌じゃない!? 私もう目見えないよ!?」


「俺は嫌だったら即返却する。それにがなんだ。君の母もそうだろう。アイレはアイレだ」


「ううっ!」


 アイレはギュッと胸を掴み、後ろを向く。


(この人たまに本気で恥ずかしいこと言うのよね…)


「じゃ、じゃあ…」


 と、再度アイレが向き直り最後にどうしたいかを言おうとしたその時、



 バシュン!



「ふぃ~。めんどうそうなヤツの掃除完了や。疲れたわ~」



 カランコロン



「じん じん まもの やっつけた」



 ルーナが雷を纏ったまま空中から着地、コハクも冷気を発したまま同じく着地して俺に駆け寄ってくる。


 どうやら二人は散歩と称し、王都にはびこる強力な魔物を倒して回っていたようだ。あとは人間だけでもどうにかなると、ルーナはコクコクと首を鳴らしながら、固まるアイレへ言葉を発した。


「わかるでぇ、アイレはん。ジンはんに惚れん要素が見当たらん。コハクかてジンはんに撫でて欲しいゆーてさっきえらい張り切っとったしな。モッテモテやなジンはん」


「ちょっ、ルーナ! ほ、ほ、惚れてなんかない! あげただけ!」


 え、そうなの? なにか違うのか?


 照れ隠しだったとしても、そうはっきり言われると恰好をつけた俺が阿呆あほうみたいではないか。


 まるで事の顛末を分かっているかのようなルーナの言動。


 アイレが真名持ちで、聖霊を宿し、自分とコハクが離れている間にアイレが想いを伝える事など容易に想像できると、意地悪く笑う。


「はいはい。惚れるよりあげてまう方がどえらい思うけどな」

「うぐっ!」

「とにかく、ジンはんはウチの旦那や。気持ちはよぉわかるけど、すっこんどいてくれるか」


「「はい!?」」


 ルーナのトンデモ発言で俺とアイレは同時に声を上げるが、ルイの死際を思い出し、俺は頭を抱えた。


 言った。確かに言った。


『やっぱええ男やで。生まれ変わったら、ウチのこと嫁にもろてくれへん?』

『ああ、その時はよろしく頼む』


 互いに笑顔で死を迎えられるよう冗談のつもりだったとはいえ、事実ルイはルーナとして生まれ変わった。その事実は紛れもない。


「あ、あれはなんか違うやつでしょ! 無効よ無効!」


 なぜかアイレが抵抗を見せる。


「ほー。なら真名の意味もわかっとらんかったジンはんからしたら、アイレはんのも無効にせなフェアちゃうなぁ」


「うぐっ!」


 すごい。一言二言でアイレが論破されてしまった。これが女王たる所以なのか…


 アイレに散々しっぺ返しを食らってきた俺からすると、ルーナは母上並の強者に違いない。


「じん ほれる よめ」


 魔物を排除したご褒美として、無意識に頭を撫でている俺の顔を見上げるコハクがここで言う。前髪の奥、戦闘直後で蒼白の魔力がゆれるコハクの瞳は、とても綺麗だった。


「コハクの目は美しいなぁ。嫁はともかく、俺もコハクが好きだぞ?」

「すき じん すき」


「あっはっは! コハクにとられてもーたがな」

「こ、このド変態ロリコン!」



 ◇



 ひとしきり騒いだ後、ふわりと吹いた風が俺達の頬をなでた。


「アイレはん、コハク」


 ルーナが改めて俺達に向き直る。


「ウチのせいでえらい苦労かけたな。ほんますまんかった。ほんでありがとう。感謝してもしきれん。この恩は一生忘れへん」


「ううん。ルーナは大切な仲間だもん。当然よ。ね? コハク」


「るーな たいせつ」


「ほんまおおきにな…ほんで、ジンはん」


「ああ」


「獣人国ラクリは冒険者ジン・リカルドを多数の魔人の討伐、女王救出の功を称え、救国の英雄として今日この瞬間に無期限の友好条約を結びたい。…どないでっか?」


 通常、国家と個人が条約を結ぶなどありえない。獣人国の女王として、最大限感謝の気持ちを示したいというルーナの提案である。


 国としての難しい事は分からないが、救助対象から報酬をもらっておくのも冒険者としてあるべき姿なのかもしれない。


「英雄というのは遠慮したいが、こちらこそよろしく頼む」


 スッと手を出し、互いに握手をする。


「よっしゃ、締結や! 周知の手続きはこっちでやっとくから、ジンはんはなーんもせんでええからね」


「ん? 周知?」


「せや。国が他国、この場合は個人やけど、条約結んだら周知すんのがルールや。国の手続きとなんも変わらん。獣人国はジンはんの味方でっせ、って周りに言うとかなな。ジンはんがどっかの国と戦争したら、獣人国は味方すんで」


「大事すぎるだろ! やめてくれ!」


「え? もう条約破棄するんでっか?」


「い、いや、破棄とかじゃなくてだな…」


 なんか色々やられた気がするぞ!? 条約とはそういうものなのか!!


 ルーナはカラカラと笑いながら助け舟を出した。


「まぁそう重ぉとらえんでも、ジンはんがヤバなったらウチが駆け付けるくらいに思といたらええよ。そもそも国と戦争する予定でもあるんかいな」


「いや…無いな。そう聞くとありがたいしか出てこない」


「せやろ?」


 なんとなく丸め込まれた気もするが、これ以上抵抗しても十中八九ルーナには敵わないだろう。冒険者としての今後に影響はない事を確認し、いろいろ諦める事にした。


「さぁ、これから忙しくなんでぇ!」

「ほんっと、やること山ほどあるわね」

「いそがし いそがし」


 これで依頼達成。


 報酬はアイレの笑顔とコハクの小さな手のひら。


 皆で王都を後にしようと歩き出す。




《 ちょっとジン! わすれもの! 》




「うおっ!?」


 ルーナが頭の中で大声で訴える。なにやら口調が…


「せや、ジンはん。赤いヤツちょーだい。約束どおり、いつもの倍な」


「…はいはい。ライツな」





 ――― 完 ―――







【次回挿話を挟み、エピローグになります】

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