179話 再戦へ
「…ん…俺は…」
「あ、起きたわね」
眠りから覚め、瞼をゆっくり開く。辺りは暗く、静寂そのもの。ぼんやりと映る眼前にはアイレの顔があり、激しい戦闘の傷跡が見て取れた。
脳が徐々に覚醒していき、俺の頭はどうやらアイレの膝の上にあるようだ。何かアイレが話しているようで口が開閉しているが、何と言っているか聞き取れない。
「マーナ、ジンが起きたわ。音が聞こえないから変な顔になってる」
『ぉん《 りょうかーい。解除するね 》』
ズガガガガガン!!
「うおっ!」
『きゃん!《 ちょっと! いきなり起きないでよ! 》』
突然響き渡る轟音。俺は驚きアイレの膝から飛び起きる。そしてルイとの戦闘中である事をようやく思い出した。
俺の胸の上で寝ていたのか、飛び起きた俺から落下したマーナが苦情を入れてくる。だがそれどころではない。俺は咄嗟に辺りを見回し、状況に対応しようと腰の夜桜に手を伸ばす。
「むっ! 刀が無い!」
「はい」
後ろで座ったままのアイレの声で振り返る。見れば、アイレは信じられない程の傷を負っていた。
「っつ!? なんだその傷は!?」
慌ててアイレの肩を掴みそうになるが、それをすれば壊れそうな程のダメージである。
「大丈夫。母様にもらった薬は飲んだから、痛みは引いてるの。動くのはちょっと無理っぽいけど」
「頼むから動くな! 今、治療してやる!」
そんな大事な事は先に教えてくれと言いたくなるが、秘薬のお陰で今こうして問題なく動けるほどに劇的な回復を見せているのだ。文句は筋違いというものだろう。弊害の有無を聞いておかなかった俺も悪い。
さておき、俺の頭を乗せていたアイレの脚は特に大きな傷を負っており、多数の
こんな状態で俺の頭を乗せていたのかと、またも心が乱れる。
いくら秘薬を飲んでいるからと言っても、未だ痛々しい姿には変わらない。傷口が汚れないようにするため、俺は布に傷薬を染み込ませ、手際よく巻いて行った。
履いていたブーツの片方は無くなり、残っている方もボロボロ。着ている服も、とてもじゃないがその機能を果たしていない。普段の彼女なら『見るな変態』と叫びそうなものだが、その元気も無いのは当然だろう。
だが、実際はそうではなかった。彼女の閉じられた両目からは血の涙が流れていた。
――――!?
「アイレ…目が…」
「駄目みたい。困った困った。あははは」
「何が楽しいんだ! やったのはメフィストだな!? おのれっ…たたっ斬ってくれる!!」
「…ありがと。でも落ち着いて。メフィストは倒したわ。あと、マーナにお礼言いなさいよ? ゆっくり休める様にって、音を遮断してもらったんだから」
言葉と共に傍らにある重い夜桜の柄を持ち上げ、震える手で差し出すアイレ。俺はそれを急いで受け取り、先程苦情を入れていたマーナの方を見る。
そこで、マーナに瓦礫から引きずり出された後、記憶が途絶えた事を思い出した。
「マーナがそんな傷を負わされるとは…」
《 負けたわけじゃないからね! 負けそうになったけど…負けてないからね! 》
「わかったわかった。よくルイの猛攻から生き延びたな。それにありがとう。守られてしまったようだ」
《 ごほうび忘れないでね! 》
「忘れるわけ無いだろ」
吠えるマーナをなだめつつ傷の状態を聞くと、放っておけばそのうち良くなるの一点張り。聖獣に傷薬や
その時、またも轟音が響き渡り、空を見上げた。
「……コハク」
空には九尾大狐となったルイと、雷光を反射し、三本の尾を持つ白い虎が激闘を繰り広げていた。
「やっぱりわかるのね」
「ああ。コハクはやはり聖獣なんだな?」
「……ちがう」
「なら何なんだ。ただの亜人ではないんだろ?」
出会った当初から、俺はコハクを聖獣だと予想していた。尋常ならざる力にマーナと同じ
日を重ねる内、その予想は確信に変わっていたのだが、アイレはそうでないといい、俺に衝撃の事実を突きつけた。
「ルイとコハクは…魔獣よ。人間どころか、私達亜人と呼ばれる種族がこの世界に生まれる前から存在する、太古の魔獣」
「魔獣だと…? ほ、本当なのか、マーナ」
《 ほんとだよ 》
黙りこくった俺がマーナに裏付けされたと察知したアイレが、コハクの正体をゆっくりと告げた。
「古代種白虎…ルイも古代から何とか言っていたが」
「九尾大狐も白虎も、古代種と呼ばれてる。古代種は代を重ねながら単体で存在するわ」
「単体?」
「ええ、私も詳しくは分からないけど、子が生まれると同時に親は死んじゃうらしいの。だからコハクは代替わりしたばかりの、生まれたての古代種。生まれた瞬間から…一人ぼっち」
なぜ黙っていたのかと、問い詰めるのは違うだろう。如何に少女の姿をしていようが、その正体は魔獣。普通、人間は魔獣を恐れるのが当たり前だし、それを聞いて俺がどう身を振るか分からないのだ。日に日に仲良くなってゆく俺とコハクを見て、アイレは言うに言えなくなっていったのかもしれない。知らずにいられればそれが一番いいのだと。
「私は白虎を恐れながら、白虎の力を当てにして、ルイが魔人にされちゃってた場合の備えとしてここまで連れてきた。それを黙って人間のあなたにここまで案内させた。他人も子供も、平気で利用する女よ。ごめんなさいね」
「………」
見えぬ目で虚空を見つめながら、アイレは淡々と続ける。
「想像以上にあなたは強かった。白虎をルイにぶつけなくても、あなたが何とかしてくれればいいやって…この怪我はそんな私に与えられた、せめてもの罰」
一呼吸置き、彼女はギュッと拳を握り締めて最後の言葉を告げる。
「ジン。九尾は白虎が何とかするわ。早くマーナとここから離れて」
確かにこれまでの成り行きを見れば、彼女が今言った事と起こっている事に相違は無い。赤の他人である俺にここまで手伝わせ、思惑通り白虎と九尾大狐をぶつける事に成功している。
罪滅ぼしのつもりなのか、赤の他人なら『ここから離れろ』という言葉が、最後の良心にも聞こえるかもしれない。
「…マーナ」
『わぉん《 りょうかーい 》』
「話が早すぎるな」
俺が笑うと、マーナはアイレを
突然体に響く衝撃が無くなり、アイレは自身が改めてマーナの力に包まれたのを感じ取った。
「やめて! 私に守られる資格なんてない! 二人とも早く逃げ―――」
そう叫ぶアイレに、王都に侵入する前に預けられていたストールを
「下手な芝居の罰だ。そこで大人しく座ってろ。まぁ、動けないだろうがな」
「っ!? だからやめて! ちっとも嬉しくない! さっさとどっか行って!」
「なぁ、マーナ」
《 んー? 》
俺はルイとコハクの戦いを見上げつつ、マーナに問いかける。
「任せろと恰好をつけたはいいが、たった一撃で戦闘不能にされ」
《 うん 》
「連れの狼に命を救われ」
《 うんうん 》
「目を覚ませば大怪我を負った女に逆に介抱され」
《 うんうんうん 》
「年端もゆかぬ少女に戦わせて、守られて」
《 う~ん 》
「挙句、大怪我を負った女にお前は逃げろと言われてる」
《 ……… 》
「これは、切腹ものだと思うんだが」
《 せっぷく? よくわかんないけど… 》
「………」
《 う〇こだね! 》
ピシッ…―――バチバチバチバチッ!!
ジンはマーナの一言で雷を纏う。
正直、アイレの思惑などどうでもよかった。出会った時、エーデルタクトの森で見せた彼女の涙は本物だった。俺にとってはそれが全て。
彼女の『助けて』の言葉に、俺は恰好をつけて『わかった』と言ったんだ。見返りも求めず、この俺にできる最大限、凛々しい表情で言ったに違いない。これはコハクの時も同じだ。
男、ジン・リカルド。武士の心をもつ冒険者。
仲間を見捨てて、負けたまま逃げ帰る場所など無い。父上と母上、コーデリアさんとアリア、スルト村のみんなに合わせる顔が無い。父上などが知ればそれこそ、そのまま死んで来いと言うに違いない。
そして何より、俺の
――――
雷を纏い、圧力を発した俺に叫ぶアイレに耳を貸さず、自身とアイレ、加えてマーナに大地魔法を施した。
「俺が死ねば大地魔法の効果は切れる。その時は
「だからっ、お願いだから逃げてよ! なんでそこまで…っ」
「クソ以下の汚名…
ダァン!!
ジンは変わらず上空で戦い続けている古代種の戦いに向かってゆく。
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