178話 オラルグの雷氷
ドガガガガガァン!
(忙しいよっ!)
九尾大狐の放つ
押しも押されぬ両者の力はしばらく均衡を保っていたが、全方位から無差別に降り注ぎ続ける落雷の前に、マーナは徐々に力の穴を空けられていく。
ビシッ!
《 あだっ! 痛いなんていつぶりだろ…
わずかに穴の開いた隙間から紫電が漏れ、マーナの小さな体を
《 コココココ。おまん、攻撃できん以上待っとるのはあの世だけでっせ。ジンはんが目ぇ覚ますまでやるんでっか? 無理なんやったらさっさと諦めて、そこのいた方が死なんで済むし、しんどい思いせんですみまっせ 》
《 死ぬだの生きるだの、そんなのは君らで共有すればいいよ。わたしには関係ない。…ただ、ジンは…死なせないよ 》
《 …さすが聖獣。そういうとこも自由でんなぁ 》
激しい力のぶつかり合いは、王城跡を中心に王都全域にその衝撃を響かせていた。マーナの
バリンバリンと
当初はドームの穴を塞ぐという手段を取っていたマーナだったが、それなら降り注ぐ雷をピンポイントで防御した方が魔力効率はいいと判断し、雷が襲い来る方向にだけ板状の防壁を作り続けている。
魔力の残量など気にかけたことも無いマーナでも、いつ終わるか分からないこの戦況では考えざるを得なかった。そして、ここでルイとマーナの地力の差が生まれ始めている。
放たれる雷の量と、時折襲い来る別種の攻撃、すなわち尾の攻撃にマーナが反応出来なくなってきているのだ。
魔法攻撃と物理攻撃を防ぐには、それぞれ別種の力が必要になる。その切り替えと同時展開にマーナは大いに苦戦した。
徐々に防御範囲が狭まっていき、これ以上狭めると抜けて来た攻撃が未だ意識の戻らないジンに届きそうな距離にまで迫る。そのギリギリのラインで踏みとどまり、痛覚を遮断しているマーナの身体は気がつけば傷だらけになっていた。
《 塵も積もればなんとやら。もうやめなはれ。言うてる間に勝手に倒れまっせ 》
《 知らなーい 》
(あらら…目が見えなくなってきたし、脚が勝手に曲がっちゃうぞ? 痛いのやめるとこうなるのかぁ…でも、もうちょっと頑張らないとね!)
《 あーもう! ジン早く起きてよっ! 》
《 コココココ…言わんこっちゃない 》
ルイは忠告を無視したマーナに変わらず大量の雷を降らせ、九本の尾を伸縮させて全方位から同時に振り下ろした。
ヒュォォォォ――――
瞬間、極寒の冷気が辺りを漂う。
ズガガガガガガガァン!
《 交代だね。後はよろしくー… 》
冷気の中、砕かれた氷の壁がバラバラと地面に落ちる。ルイの攻撃を全て相殺したコハクはコクリと頷いた。
マーナは使い物にならない片足を
『おっかしいなぁ…なんでコハクがウチの邪魔するん?』
「だめ」
『…なんやて?』
「るい だめ」
『ウチよりその二人取るんかいな。めっちゃヘコむわそれ』
「るい どこ」
『わからんやっちゃで。ウチがそやて。この恰好も知っとるやろ』
「るい ちがう まじん」
ガギリと歯を鳴らし、ルイは九尾を広げて吠えた。
『ウチはウチや! どかへんのやったら、どかさなしゃーないで!』
ドギャッ!
コハクは防御できずに尾の薙ぎ払いをまともに受けて吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられる。
るい たべもの くれた
瓦礫の中、本当のルイを思い出す。
るい おうち くれた
ルイに叩かれるなんてあの日以来だ。
るい ことば くれた
でも、あの日はルイがルイだった事を初めて知った日。
るい なまえ くれた
いっぱい人をころしたし、叩かれても仕方がなかった。
るい ありがとう くれた
優しかったルイはもういない。
瓦礫を押しのけ、吹雪を纏う少女はおもむろに帯を解いてゆく。下駄にかんざし、首に掛かった水筒。それら”たからもの”を地面にゆっくりと置いて行った。
瞳に蒼白の魔力が再度ゆらめき、一糸まとわぬ姿で首から下がる、ルイからもらった最初の”たからもの”に手を掛ける。
『…ええ機会かもなぁ。オラルグの決着つけよか、コハク。いや―――』
ルイはギラリと目を見開き、白黄の魔力をその瞳に湛える。
「まじん じんのてき―――」
コハクは頭から流れる血を手の甲でクシクシとぬぐい、
―――古代種 白虎!
―――やっつける!
『ギュァァァアアアッッ!!』
『ゴォァァァアアアッッ!!』
◇
『ウ゛ボォォォ…」
「さすがに二体連続はやばかった…ガンツ、無事か」
「はあっ、はあっ…よ、余裕っす」
「ガンツぅ~、余裕なら手伝ってくれもいいわよ~?」
「駄目、動かないで。今治す」
二体目のアピオタウロスをガンツの獅子奮迅の活躍で退けたアーバイン達一行。
死闘を終えたばかりだが、絶え間なく魔物が襲い来るのが
「三人共、ちょっと伏せててね♪」
デイトリヒの
―――
ドゴォォォォォン!!
爆炎に包まれ、断末魔を上げる魔物達。身を屈めながらシズルはガンツに
「うおぉぉぉっ! シズルち感謝っす! まだまだやれる…おろ?」
カクンと膝が折れたガンツは、片膝を突きながら自身の身体に何が起こっているのかを理解できずにいる。
「ガンツ、あなたは血を流しすぎた。これ飲んで」
シズルはバッグから増血剤を取り出しガンツに手渡す。ガンツは受け取るや一気に飲み干し、またも雄叫びを上げるが脚は彼の言う事を聞かなかった。
「そんなに早く効くわけ無い。大人しくする」
「くっそぉ…リーダー、役立たずですまないっす!」
ガンツほどのダメージは受けていなかったアーバインは、シズルの
「全く、お前ってやつは…いや、後にしよう。とにかくデイトが道を開いてくれた。シズル、反応の薄いところはあるか?」
スッと目をつむり、意識を集中するシズル。
彼女はジンがパーティーから抜けてからというもの、死に物狂いで
「…どこも魔物でいっぱい。けど…一つだけ魔物が近寄れない一帯がある」
「近寄れない? まぁとにかく移動しましょー」
「ああ、一時避難だ。ガンツも俺も、今ヤバイのに出くわしたら二人を守れるかわからん。案内してくれ」
アーバインの一言で頷いたシズルは皆を先導し歩き出した。そして、全員がその行く先に不安を覚え始め、最後は脚を止めて重い口を開いく。
「…マジか」
「シズルち…さすがのおいらも引くっす…」
「あそこはさすがに、ねぇ…?」
立ち止まった三人を振り返り、シズルは大まじめに答えた。
「このまま魔物に囲まれ続けて追い詰められるより、あの場を背にして前にだけ集中して対処した方が生き残れる確率が高い。その代わり、あの二体の交戦範囲が大きく広がってしまった場合…巻き込まれる可能性も無くはない」
改めて沈黙するアーバイン、ガンツ、デイトリヒ。パーティーである以上、リーダーであるアーバインが決断しなければならない時だった。
突然現れ、王都全域に雷を降らせた古代種、九尾大狐。
そしてこちらも突然現れ、すさまじい咆哮と共に九尾大狐と交戦し始めた古代種、白虎。
この伝説級の魔獣二体の戦いの衝撃波は、王都の外にまで響いていた。この離れた場所からもその巨体は否応なしに見て取れるのだ。
二体の戦いを恐れているのは民や騎士団、街に散らばる冒険者達だけではない。大量の魔物ですら、近寄る気配を見せなかった。
だが、この魔物が踏み込めない範囲だけが魔物がいない安全圏であるとも言えなくもない。シズルはこの安全圏を背にし、休息と迎撃を両立させようと提案したのだった。
そして、アーバインは決断する。
「行くしか…いや、行こう。どのみち魔物に囲まれ続ければ先は無いんだ。その作戦に賭けよう」
◇
『ゴォアッ!』
白虎の放つ
魔法ばかりのぶつかり合いではない。双方隙を見ては飛び掛かり、牙をむいては互いを脅かした。
降り注ぐ雷を、白虎はその巨体にそぐわないスピードと反応速度で掻い潜り、九尾大狐に迫る。
ガチンッ!
確実に身体の一部を食いちぎられるであろう噛み付きを、こちらも何なく躱す。同時に大尾を尖らせ、白虎の堂々たる体躯に左右から打ち込んだ。
ズドドドドド!
『カロロロロ…』
ザシュッ!
『ギュオ!』
動きを止めたと思いきや、白虎は胴に大尾を食い込ませながら鋭い爪を振り抜き、九尾大狐の顔面に深々と傷を負わせる。そして、そのひるんだ隙に自身に刺さったままの大尾を咥え、そのまま九尾大狐を振り回し瓦礫に叩きつけた。
ゴガァン!
『ギャン!』
間髪入れず白虎の口から凄まじい冷気が放たれ、瓦礫ごと氷塊に変えた。
『………』
油断なく氷塊を見据える白虎。
ゴゴゴゴゴゴ―――
地揺れと共に崩れ落ちる氷塊から大量の紫電が放出される。
ビシッ! バチバチバチバチバチ!
『コココココ…本気も本気。
氷塊を粉々に砕き、立ち上がる九尾大狐。白いもやを立ち上らせ、血を流す白虎を見下ろす。
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