154話 風鳴の置き土産

 マーナが食って掛かったおかげで、幻王馬は話の分かる存在だと知れた。


 気になる事は山ほどある。一番気掛かりなのはなぜ急に俺達の目の前に現れたのかだが、こちらからそれを問うにはまだ早い。とにかく相手の話に合わせて出方を伺う方がよさそうだ。


《 お前は違うようだ 》


 そっぽ向いたマーナには何も言わず、幻王馬はそう言いながらスルスルと小さくなっていき、五メートル程の大きさになった。それでも十分な巨大馬だが、大きさから来る圧力は多少減り、話しやすくなったというもの。


 先程の『俺に免じて』といい、今回も何が違うのかさっぱり分からない。マーナといい幻王馬といい、神に連なる者達はとにかく分かりにくい…困ったものだ。


 そこで初めて幻王馬の全体が知れた。青黒い馬体に、うなじからキ甲(肩甲骨)は鱗のように隆起している。そこだけ鎧のような金属質が感じられ、幻王馬の異質さを醸し出している。たてがみと尾は美しい茶の色をしており、風になびく毛は威厳をさらに高めていた。


 そして何より驚異的なのが、耳の後ろから生えた二本の曲角。耳を覆うように鼻先に向かって曲がり、目の上辺りから再度曲がって天に向かって突き出している。少し頭を下げれば、極太の馬上槍の役目を果たすだろう。


 幻王馬が俺達を見下ろしていた時は、あまりに巨大で角だとは認識できなかったが、こんなものを向けらたらと思うと身の毛もよだつ。


《 面白い人間だ。加護持たずして神の気配を感じるぞ。まじないでも授かったか 》


 神の気配? まじない? 俺から?


 突如幻王馬から告げられた言葉に絶句する。心当たりがあるとすれば従獣師テイマーの力だが、神のまじないかと言われれば疑問だ。クリスさんからそれらしい事は聞かされていないし、少ないとはいえ世界中に従獣師テイマーはいるという話だ。それを思うと幻王馬がそれを確かめにわざわざ目の前に現れるとは考えにくい気がする。


 だが、俺には一つだけがある。この事はアイレやマーナはもちろん、父上と母上すら知らない。人に知らせるような事でも無いので、墓まで持って行くつもりだ。


 俺はもう、今を生きる人間なのだから。


「何の事か分からない」


 アイレ達にも聞こえる様に告げた後、幻王馬にのみ語りかけた。


《 だが俺には前世の、この世界とは異なる記憶がある。時と共にその記憶は蘇る。幻王馬よ、出来ればこの事は貴方の胸の内に留めておいてほしい。仲間に知らせるような事ではないんだ 》


《 …そういう事か。微弱ながらに気配を感じ、新たな守護者が来たのかと急ぎ見定めに来たが…初めてだ、転生者を目にするのは。いいだろう。お前の意思は天上の意思の欠片かもしれん。秘しておいてやる 》


 この言葉に安堵した俺は、アイレ達にあまり沈黙を与えるのも恐怖を増させるだけだと思い、次は皆に聞こえる様に話しかけた。


「助かる。聞きたい事は山ほどあるが、とりあえず見逃してもらえるという事でいいのか?」


《 人間は今世いまよの糧。眷属の意思なく滅する事は無い。危害を加えようものなら話は別だがな 》


「危害とか、あ、ありえません! よかったぁ…もうダメかと思ったよぅ…」

「………」

《 なんだよっ。じゃあデッカくなる意味なかったじゃないか! 》


 幻王馬の言葉を聞いたアイレが背筋を正して宣言したあと、またもやヘナヘナと膝を折り涙目になっている。コハクはじーっと幻王馬を見つめ、マーナは相変わらず抗議姿勢を崩さない。


 マーナの抗議を聞いても幻王馬は黙ったままなので、何かしら言えない事を含んでいるのかもしれない。それにしても幻王馬の先程の言葉には色々気になる事が満載されていた。怒らせない程度に聞いてやろうと、ついぞ好奇心が疼いてしまう。


「よかった。今仲間も言ったが、俺達に貴方を害するつもりも力も無いし、この地を荒らすつもりもない。…で、聞きたい事があるんだがいいかな?」


「その図々しさどっから出てくるの?」


《 ふっ。脅した詫びだ。答えてやろう 》


 呆れるアイレをよそに俺は続ける。


「眷属の意思があれば、人に危害を加えるのか?」


《 眷属の意思は神の意思。それが役目だ 》


「な、なるほど…ではその役目は霊樹メテオラの守護、つまりさっき言った守護者とは関係があるのか?」


《 霊樹の守護はついでだ。守護者とは世界の守護者を指す 》


 壮大過ぎるだろ…俺を世界の守護者と疑ったという事か?


 馬鹿げてる。こちとら斬られれば死ぬ普通の人間だぞ。


 そもそも世界をおびやかせる脅威ってなんだって話だ。


 ダメだ。これ以上はそれこそ大樹の枝葉の如く聞かなければ到底理解できない次元に入ってしまう気がする。


「最後に聞きたい。貴方の眷属、つまり上の存在について。神獣ロードフェニクスなのか」


 この質問に幻王馬は束の間の沈黙の後、答えた。


《 その御名みなが出るか…いいだろう教えてやる。青炎の主は別の眷属だ。我が眷属は黒樹の主、ディオメーデス。人間の記憶には無いだろうがな 》


 神獣ディオメーデス。


 全く聞いた事のない名だ。俺はもちろんアイレも首を横に振り、マーナも知らないという。そもそもマーナは自分の眷属である幻王狼カーバンクルの上の眷属、つまり神獣も実は知らなかったりする。百年以上生きてるのに、肝心な事を知らないし知ろうともしないのだ。この翼狼は。


「その偉大なる名。心に刻んだ。礼を言う幻王馬スレイプニル。どこかで眷属に会ったあかつきには、貴方の名を出して命乞いをさせてもらう事にするよ」


《 はっはっは! やはり面白いなお前は。主にまみえる事などありえんが、行く末に興味が湧いた。道を作ってやる。手を出せ 》


「み、みち?」


 割と本気で言った言葉を笑われ、しくも気に入られてしまったらしい。訳も分からず言われた通りてのひらを正面に突き出すと、経験した事のある感覚、魔力が流れてくるのを感じた。


「これは…陣間空間か!?」


 だが、クシュナー先生の魔法陣で感じた魔力量とは次元が違う。その膨大な量に思わずたじろいでしまうが、少しすると感覚は薄くなり消えていった。


《 そう呼ぶのか。知っているのならば話は早い。これで我と通じた。お前には加護が無い故眷属の意思に反する事は出来んが、応えてやろう 》


 幻王馬は俺と自身を陣間空間で繋いでそう言い残し、その大きさのまま今度は静かにその場を後にした。



 こうして幻王馬と別れた俺達一行。


 変わらず風鳴の丘を歩いているが、事が事だっただけに、俺もアイレも色々消化するのに忙しい。


 神の加護とやらがあれば、幻獣を、ひいては神獣をも従える事が出来るかのような幻王馬の言い方に、俺とアイレは身震いした。そんな奴が居たとして、そいつがよこしまな感情をもっていたらそれこそ世界を脅かすかもしれない。守護者どころか破壊者ではないかと。


 さておき、明らかに幻獣に気に入られたであろう俺を見る目が変わったアイレ。先程から『ほんとあんた何者』と十回は聞いた気がする。放置して雰囲気が悪くなるのも困りものだと思い、幻王狼が寄ってくるアイレも大して変わらんだろと言うと、微妙な顔をしつつも納得したようだ。


「えーっと、つまりあんたの収納魔法スクエアガーデンにスレイプニルが入ってるって事?」


「なわけ無いだろ。収納魔法スクエアガーデンには魔力を宿すものは入らん。ていうか収納魔法スクエアガーデン開けるたびに幻王馬がいたらと思うと怖すぎる! 変な想像させるな!」


「確かに! 中のご飯食べられて私たちのぶん無くなっちゃうのは困るわ」


 この姫…わざとすっとぼけた事を言っているのか本気で言っているのか、もうわからなくなってきた。


「説明も馬鹿らしい。簡単に言うと、幻王馬をこの場に瞬間移動させることが出来る力を貰ったって事だ」

「ふ~ん。で、呼び出してどうするの?」

「そりゃあ…馬なんだし、乗せてもらう…とか?」

「スレイプニルに?」


 …畏れ多すぎないか?


「…俺には無理だ」

「そもそも眷属の意思に反せないとか言ってたけど、眷属の意思とか私らわかんないよね」

「神獣の意思は神の意思らしいしな」

「神サマって居るわけ?」


 …いるんじゃないかな? きっと…たぶん…


「つ、使えない…幻王馬」

「私ら離れとくからさ。今呼び出してイシュドルまで乗っけてってくれるか聞いてみてよ」

「今しがた別れたばかりで呼び出した挙句、脚になれと。言えるわけが無いだろ。全ては風の子に脅されてやった事ですって言ってもいいなら考える」


「…ほら! そろそろジオルディーネ領に入るわよ! マーナ、コハク行くよー!」


 奇跡的に幻王馬がいいと言ったとしても、潜入先に堂々と馬に乗って入るやつがあるか。しかも体高五メートルの巨大馬に。


 ブンブンと頭を振り、下らない妄想は止めた。ようやくマーナの機嫌も直り、リンリンと鈴を鳴らして走るコハクと先頭を走るアイレの後を追う。


 新たな神獣の存在、世界の守護者、神の気配にそのまじない。色々分からないことだらけだが、兎にも角にも俺達は風鳴の丘の端にたどり着き、とうとうジオルディーネ王国領に足を踏み入れるのであった。


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