168話 悪夢の先触れⅡ
「と、扉がもたねぇ!」
「王都の外門って絶対に壊れねぇんじゃねぇのか!?」
「知るか! もうダメだ、逃げろっ!」
バガッ!
王都全方位を囲む魔物の群れ。八つの大通りに直結している、八つの王都入り口の門がほぼ同時に襲撃されるという状況はかつてない事だった。
王都の守備が機能している状況なら、王都守備隊が事前に魔物の存在を察知し、騎士団が出動して門に張り付かれる前に討伐されるのだが、今は内戦状態。
反乱民が守備隊を含め、騎士団を王都中心に位置する貴族街に追い込んでいる状況において、外敵を引ける任務を負う騎士団は位置的に駆け付けるどころか異変にも気付けないでいた。
反乱民も外の警戒を怠ったと言うより、警戒しなければならない事を知らなかった、というのが正しいだろう。彼らは一般人なのだ。王都の守り方など、知る由も無い。
潜んでいた隠れ家を出て急ぎ高台に上り、状況を確認したフルカスとストラード。暗い路地を蠢く黒い影が街灯で露わになるや、その魔物達の姿に悪寒が走る。
「ありえない…」
長年王国に仕え、多くの戦争を指揮、経験してきたフルカスにも今の状況が理解できずにいた。王都の近くに
王都周辺の全ての魔物達が、同時に前触れもなく一斉に押し寄せてきた。
そうとしか考えられない状況に、フルカスはその原因を考えている暇も無いと、隣に居るストラードに指示を飛ばした。
「すぐに貴族街の八つの門を固めている者達を避難させるんだ! どう見ても魔物は王城に向かっている! 騎士団に対処させる他ない!」
「避難ってどこへだ!? こんだけ入ってこられたら逃げ道なんてない!」
「今はとにかく王城から離れるんだ! 外門からも距離を取り、なるべく外壁に近い高所へ! 戦えぬ民の誘導も忘れるな!」
「ちくしょう! 一体なんなんだっ!」
逃げ惑う民を襲う魔物を斬り付けながら、街の中心部へ駆けるストラード。その背を見送ることなく、フルカスも即座に剣を取り、全体像を把握するべく移動を開始した。
ズン ズン ズン――――
(トロールにグリムロック、ブラックマジシャンまで! 雑魚ではない、正に
建物に身を寄せ、魔物達の行く先を見定めようと後をつけるフルカス。目の前で魔物の前を横切った民が殺されていくが、助けようと飛び出せば同じ結末を迎える事は必至だとギリリと歯を食いしばった。
何とか無事貴族街の門の見える高台までたどり着き、様子を伺う。逃げ惑う反乱民、門の前で押し寄せる魔物達と国王直属の騎士団が激しく戦っていた。
「今は優勢…だが、数が多すぎる…このままでは」
次の一手を捻り出そうと、彼が考える時に出るクセである天を仰いだ瞬間、左腕に激痛が走った。
「ぐあっ!」
『ボシュー』
振り払った腕はえぐれ、血がとめどなく流れる。
「羽虫めっ!」
辺りを見回すと、いつの間にか五匹のラヴァに囲まれていた。一匹ならともかく五匹を同時に相手にするのは難しいと判断し、建物を背に何とか逃げを打とうとするが、逃がすまいと次々に襲い掛かってくる。
真正面から来た最初の一匹を何とか剣で斬り付けるが、その隙にガラ空きとなった背後からの攻撃に反応出来ず、致命傷となる一撃を首筋に受けてしまった。
「くっ、俺はまだ死ぬわけには…」
「―――
その時、周囲を赤々と照らす火球がフルカスに纏わりついていたラヴァを焼いた。
『ボルルル…』
「やっぱこいつ倒すのは燃やすのが一番ねぇ。キモさも減るわぁ。核、核っと♪」
「旦那、だいじょうぶっすか?」
「き、君らは…」
ラヴァを焼いた魔法師の女は、フルカスに目もくれずに五匹のラヴァが残した魔力核を拾い集める。いつもの光景なのか、他の者は女の行動を気にも留めていない。
フルカスは差し伸べられた手を取り立ち上がろうとしたが、脚に力が入らない。どうやら血を流しすぎたようだ。
「うっ!」
「ラヴァに刺されたら血が止まらなくなる。動かしてはだめ」
「あ、そうなんすか? 刺されたことないから知らなかったっす。覚えとくっす!」
男は女の忠告で素直に手を引き、辺りを警戒し始めた。ラヴァを火球で焼き尽くした女といい、ラヴァの特性を知り即座に忠告した女といい、その装備や迷いない動作、この異常な状況下での落ち着き様はどうみても冒険者だった。
「こいつどうするのぉ? 一応反乱民の為に動いてたんでしょうけど、治す魔力もったいなくなぁい?」
魔力核を拾い集めた女が、腰の袋に入っていた別の魔力核をポイポイと捨て始めた。恐らく、持てる魔力核の量と核のランクを見て取捨選択しているのだろう。死にかけているフルカスの事など、ついでだと言わんばかりだった。
「ああ。だが…治してやってくれないか?」
「わかった。―――
白い光がフルカスを包み込む。瞬く間に血は止まり、傷口が塞がると同時に少しの痛みが走るが、フルカスは声を上げずに治癒の恩恵に預かった。
治る速度を見れば、この
傷の治りを見届けて
フルカスは立ち上がって礼を言い、この場を立ち去ろうとした。相手は冒険者。冒険者排斥の中心人物だった自分が、これ以上この者達と共にいる事は出来ない。
「君がこのパーティーのリーダーか。助かった、礼を言う。訳あって素性は明かせ…」
「元王国軍作戦参謀フルカス」
「っ!? な、なぜ…」
あっさりと自分が誰なのかを見破られ、フルカスは生きた心地がしなかった。
「ギルドを甘く見ちゃだーめ♪ あんたが誰で、何をしているかなんてぜーんぶお見通しよぉ?」
長い髪を指でくるくると遊ばせながら、身の毛もよだつ笑顔を向ける女の魔法師。自分を治癒した
「そ、そこまで知っているなら…殺さないのか」
この間抜けなフルカスの言葉に、魔法師の女は呆れたようにそっぽを向き、
「はぁ…治して殺すなんて、そんな馬鹿な事をするわけないだろ」
「そ、それもそうか…すまない。混乱した」
「聞きたい事があるから生かしたんだ」
「え、そうだったんすか? てっきり人助け―――」
「ガンツは少し黙るべき」
アーバインと名乗った冒険者は、今起こっている
この期に及んで嘘や隠し事をしても何の意味も無い。フルカスは聞かれてもいない王国の内情や騎士団の戦力、反乱民の数や今の自分の立場に至った経緯などを洗いざらい話した。
さすが元参謀なだけあって、その説明は流暢で短くも要領を得ている。
「どうやら民の為というのは本当みたいだな」
「当然だ。この戦争が終わった後、帝国に首を差し出す覚悟も出来ている」
アーバインもこの言葉と男の目を見て、今はこの国の民の為に必要な人間だと判断した。当初は情報を聞き出し、生かすに値しないと思ったら魔物の中に放り込むつもりでいたが、それはせずに済みそうだと溜飲を下げた。
「王城には王が密かに城から脱出するための地下通路がある。これは王も知らない事だが、平民街に一つ、貧民街に一つ、その通路に繋がる出入口があるんだ。地下通路の先は王都の外。王がこれを使って脱出できぬよう、
「問題は魔物か…」
この情報にはアーバイン達も希望を感じたが、如何せんその入口の場所は民に知られているはずも無く、さらに街には魔物がいたるところに
「俺達以外に五つの冒険者パーティーがこの王都に潜入してる。一応取りまとめは俺という事になってるが、この状況だ。他のヤツらはもうあちこちで魔物と戦ってるだろう。逃げ出すような連中じゃないが、さすがに民を守りながらというのも厳しい。とにかく少しでも俺達で―――」
アーバインが露払いを務めようと言いかけたその時、
ドォン!
『バオォォォォン!!』
門ごと破壊し、二足歩行の巨大な魔物が王都へと侵入を開始。その存在感は見る者を圧倒した。逃げ惑う民、国王直属騎士団、潜入していた他の冒険者達までもが終わりを感じ取った。
「アピオタウロス!?」
フルカスは驚愕の声を上げると同時に、絶望に苛まれた。まさかA級の魔物までもが現れるとは思いもよらなかったのだ。だが、王都はもう終わりだと頭を抱えた彼とは対照的に、アーバインは落ち着いた様子でフルカスに声を上げた。
「…俺達は手伝えなくなった。どうにかして民を誘導しろ」
「なっ、戦うのか!? A級の魔物だぞ!」
「いいから早くいけっ! 手遅れになる!」
フルカスはアーバインの言う通りだと、自分の為すべき事を為すため動いた。まずは目先の民の避難と、ストラードとの合流。ストラードには貧民街の高台に民を誘導するよう指示している。
未だ大挙して侵入して来る魔物の目を盗み、何処までやれるか。広い王都だが、魔物に占拠されるのは時間の問題だった。全員の王都脱出とまではいかずとも、出来得る限り地下通路に匿わなければ、それこそ数万人規模の大虐殺が起こってしまう。
「もう王の降伏などどうでもいいから、さっさと
フルカスは王命とはいえ自らが先頭に立って排斥した冒険者に命を救われ、あまつさえ今彼らに一縷の望みを賭けてしまっている。
自分の命はもう自分のものでは無い。しかしどう使うかは自分次第。
大勢の部下を持ち、周辺諸国を巻き込んで戦争を指揮し、一時とはいえ帝国を脅かさんとした男は、一人剣を携え走る。
◇
走り去ったフルカスを見届ける。先程までの張り詰めた様子とは打って変わり、ポリポリと頭を掻きながらアーバインは仲間に向き直る。
「はぁ…
「まさかのクッソ遠いジオルディーネの王都っす!」
「報酬がいいからアタシも納得したけどぉ…」
「お金もらってゆっくり本が読めると思ったのに」
―――これじゃ
「ガンツ、退屈もここまでだ」
「おおっす! まさか街中であんなのとやれるとは思わなかったす!」
バシッと拳を掌に打ち付け、やる気満々のガンツにアーバインは笑った。
「デイト、お宝が無い代わりに、あれの核を売った俺の取り分の半分をやる」
「言ったわねぇ~? ちゃんと守ってよぉ?」
ニヤリと笑うデイトリヒの本心は言葉とは違う。今となっては長い付き合いとなった仲間の為に、
「シズル、研究は進みそうか?」
「なぜ私だけ二人と違うの? …でも、進むと思う」
シズルはスッと王城を指差した。
「あそこに突然魔素だまりができた。魔物はそれに引き寄せられている。原因に興味がある」
分かったとアーバインは言い、この状況が収まった後に原因の究明を手伝うと伝え、シズルはコクリと頷いた。
「よーし、みんな」
ポキリと指を鳴らし、剣と盾を持つ。
「いつもどおりだ!」
―――おぅ!
リーダーのいつも通りの戦闘開始の合図で、四人は大通りを闊歩しているアピオタウロスに向かい突撃した。
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