166話 疾走

「うわっ、足ながっ! 走りかたキモっ!」


 パチンと尻尾の付け根を御者のボブさんに鞭で叩かれたボボとボビの兄弟は、四足でのっそのっそと歩いていた状態から立ち上がる。折りたたまれていた長い後ろ脚で屹立し、そのまま二足走行でグンと箱を引っ張り風を切って走り出した。


 走り出しこそ『シャーシャー』と鳴き、うるさくて眠れない事を覚悟したが今は静かになっている。尻尾をピンと立て、爪を地面に食い込ませて力強く地を蹴り、前のめりにグングン走るその姿に俺は彼らの生き様を見た。


「これがボボとボビの雄姿だ。滅多な事を言うもんじゃない」

「…なんで終始トカゲの味方なの」

「不思議な事を言う。恰好が良いじゃないか。なぁコハク」


 荷台から身を乗り出してボボとボビ、ボブさんの背中を見つめているコハクに聞いてみる。


「かっこう いい」

「がっはっは! ありがとよお嬢ちゃん!」


 相棒達を褒められたボブさんが上機嫌に笑う。


「はぁ…わたし先に休む」

「ごゆっくり」


 夜通し走るのだ。何があるか分からないので見張っておく必要があるが、二人して起きている必要は無い。交代で見張る事にして、アイレは荷台に備え付けられている毛布類に身を包み、先に休んだ。


 王都へと至る街道はそれほど整備されていなかったのが実情だ。さすがに長年街道として機能しているだけあって草は生えておらず、踏み固められてはいるが、帝国のように石畳が敷かれている訳ではない。途中旅人が休める様にと、粗末な小屋や見張り台が置かれた広いスペースが確保されているらしい。


 ボブさん曰く、王都までの道は途中で森を抜ける最短ルートと、森を迂回するルートに分かれるらしい。夜の森は危険なので大抵の者は迂回ルートを選択するが、グラスリザードに引かれる俺達は当然森の最短ルートを選択。ガタガタと箱の揺れはキツくなるが、旅慣れた俺達には心地よい揺りかごのようなものだ。


 だが、今日に至っては森のルートは事情が違った。


 道を赤々と照らす松明が列をなしていたのだ。


 異常を察知した俺はボブさんに並んで御者台に座らせてもらい、眠くないと言ったコハクには、マーナと共に箱の屋根の上にいてもらっている。高くてよく風を受ける特等席だと思ったのか、ぶらぶらと脚を揺らしてゴキゲンだ。ボボとボビが敵わない魔獣を除けるのが目的なのは黙っている。


「皆よっぽど急いでんのか…一体王都で何が起こってんだ…」


 明日にはリージュの街も王都からの避難民であふれかえり、ボブさんの耳にも事の次第が入るだろう。いずれ知りうる事なので、俺は王都で起こっている内乱について話しておいた。


「ご領主が降伏してから王都の事が聞こえんようになってたと思ったら、まさかそんな事になってたとは…」


 今や王都と、帝国の言いなりになっているリージュは他国であると言っても過言ではない。人の往来は無くなり、運び屋であるボブさんもリージュより南に赴く仕事がトンと無くなっていたらしいので、寝耳に水なのも仕方のない事だろう。


「俺は兄ちゃんらを運ぶ。それだけだ」


 落ち込んだところで何もできやしないと、ボブさんは早々に切り替え言ってのける。


「しかし、夜の森は危険です。戦えぬ者は命がけとなります」

「大勢いれば恐怖心も警戒心も薄らいじまうからなぁ」


 ガラガラとグラスリザードに引かれながら大勢と逆走している俺達に皆が視線を交差させてゆく。危険な所王都へ何をしに行くのか、と言ったところか。


 その時、前方から大勢の悲鳴が聞こえて来た。


遠視魔法ディヴィジョン


「やはりこうなるか…ボブさん、前方でゴブリンとインプの群れが人を襲っています」

「兄ちゃん、魔法師だったのかい! そりゃ心強えーな! そいつらなら何の問題も無いが、無視してさっさとやり過ごすのが俺の役目だぜ?」


 少しすると前から走ってくる松明の群れと、取り残された松明に分かれ始め、四人の男が女子供を背に囲むように立ち、にじり寄る魔物に対峙していた。それぞれ手には鍬や短剣、木の棒を握る者もいる。


 ボブさんの言う通り、運び屋の仕事は運ぶ事。今は俺達を王都に連れてゆくのが最優先で、道中の魔物退治や人助けなど仕事の範囲外である。


「よくそんな装備で森に入ろうと思ったな…さすがに見捨てるのは忍びないし、ゴブリン程度ボボとボビの敵では無いでしょう」


 俺が頭を抱えてそう言うと、ボブさんは『おうよ』と応じて大声を上げた。


「ボボ! ボビ! 魔物を蹴散らせ!」


『ギシャーッ!!』

『シャァッ!』


 ドンッ!


 まずはボボが箱と自身を繋ぐくびきを外して魔物へ向かって飛び出し、速度を落としてからボビが魔物へ向かっていった。箱を急停車させないようにこのように調教されているのだろう。


「賢すぎる!」

「がーはっはっは! 俺たちゃ運び屋だぜ? 当然だろう!」


 腕を組んで鼻を鳴らすボブさんは誇らしげだ。可愛い相棒達の晴れ舞台を見守る親のような心持ちなのだろうか。


 突然現れた二頭のグラスリザードに驚きつつも、武器を持って魔物と対峙していた男たちは安堵の表情に代わる。匿われていた子供などはボボとボビに声援を送る始末だった。


 爪、尻尾、噛みつきを駆使し、瞬く間にゴブリンとインプの群れを消し去っていくボボとボビ。戦う時まで二足歩行なのかと感心した。二足の状態なら、体高と前脚は大きな武器となる。バツンとインプの頭を食いちぎる様は完全に捕食者だ。


『シャーッ』

『シャ』


 全てを葬り、魔力核を残して跡形もなく消えていった魔物たちを見届けた二頭は、子供らの声援に応える事無く互いに見合い、一鳴きして戻ってくる。


「恰好よすぎる」

「ありがとよ」


 キリッと決め顔のボブさんは、再度くびきを自ら繋いだボボとボビにご褒美の干し肉を口へ放り込むと同時に、魔物に囲まれていた者達へ声を上げた。


「お前ら! 自分の身も守れねぇクセに夜の森に入るな! ウチのお客の好意で蹴散らしたが、こちとらお前らを守る商売やってんじゃねぇんだ!」


 全く言い返す事が出来ないので、皆が肩を落とし謝罪している。


 彼らも避難したくてしている訳では無いので少々気の毒とも思ったが、ここは俺の出る幕ではない。俺は何もしていないので感謝もいらない。ボブさんに行きましょうと伝え、その場を後にした。


 ◇


「ふーん、そんふぁことが」


 夜半を越え、ジンと交代で御者台に座るアイレは先程起こった出来事をボブから聞いていた。荷台には、座って眠るジンの身体に包まれるようにコハクも寝息を立てている。


 既に動くぬいぐるみの事はボブに紹介済み。


 ボブは始めこそぬいぐるみことマーナに驚いたが、自分も草原蜥蜴グラスリザードのボボとボビを家族の様に可愛がっているのだ。家畜と魔獣の違いはあれど、さほど時も経たずにちょこんとアイレと自分の間に座る翼狼を受け入れた。


 ジンからもらった、自身お気に入りの『燻製肉とキャベットの卵サンド』を頬張りながら相槌を打つアイレ。マーナもはぐはぐと蜂蜜が塗られたパンを頬張りながら、走るボボとボビの二頭を見ている。


 御者台に座るのがジンからアイレに変わってからというもの、二頭の走るスピードが上がっていた。


《 君たち。アイレに惚れてるみたいだけど、さすがにこの種族の壁は越えられないよ? 》

『シャーシャー!』

『シャシャッ!』


 さらに走っている最中に珍しく鳴いた二頭に、ボブは普段とはやはり違うと容易く感じ取る。


「おいおいお前らどうした…やっぱり気に入られてるみてぇだな、ねぇちゃん」

『くるるるる(カンケーねぇ! だってさ)』

「嬉しくない」


 森をひた走る中、相変わらず色々な魔物や魔獣に遭遇するが魔獣はことごとく身を翻して街道から逃げていき、魔物はボボとボビに跳ね飛ばされ、ゆく手を阻むには到底至っていない。


 だが、ボボとボビに怯えない魔獣が現れるのは必然だった。


「なんかデカいのが人襲ってるわね」

「いけねぇ、ありゃバーサクトードだ! 表面がぬるぬるしてやがって、しかも毒持ちだ! ボボ、ボビ! 隅に寄って全速力で走り抜けろ!」


 グィとボブが手綱を右へ寄せ進路変更を促すと、二頭は少し右へ寄ろうとしたがいつもより反応が鈍い。


「おい! こんな時にわがまま言うな!」

『シャー…』

『シャッ』

『わぉん(逃げたくねぇ、だってさ)』

「大丈夫よボブさん。そのまままっすぐ行っても」


 ボーっと成り行きを見ていたアイレが膝で頬杖をつきながら事も無げに言う。


「なんだって!? ねぇちゃんがやってくれんのか!?」

「んーん。そろそろカエルが気付くと思う」


 ボブが何に気付くんだと聞こうとした矢先、バーサクトードはまるで蛇に睨まれたカエルのようにビクリと身体を震わせ、一目散に逃げていった。


「ど、どういうこった…?」

「こっちには圧倒的な捕食者がいるからねぇ。ほとんどの魔獣は近寄れないわ」

「なっ…この小っこい狼、そんなにスゲーやつのか…」

『うぉん!(失礼だね君! ちっこくないよ!)』


 救われた者達はグラスリザードが追い払ったと思い、二頭が通り過ぎる間際に大きな歓声を上げている。


 アイレが言ったのはもちろんコハクの事だが、わざわざ説明する事じゃないと、ニッコリと微笑んで場を濁した。


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