145話 あったかいて

「行くのか」

「はい。女王ルイに逢いたいという依頼を受けてますので」


 そう言って外套のすそを掴んでこちらを見上げていた依頼主を見ると、前髪で隠れている目と合った気がした。


「分かった。改めて礼を言わせてくれ。ジン、アイレ殿、コハク殿、それに聖獣マーナガルムよ。君らが居なければ俺も仲間も死んでいた。この借りは必ず返せさせてもらう」


「同じく。手が必要になったら呼んでくれ。世界中どこへでも駆け付ける。さらに力を付けた我々を見てもらおう」


「あんたら私にも借りあんのよ? 返し切れるのかしらぁ? まぁ、とにかくあんがとね。仲間も助けてもらっちゃった恩も忘れないわ。あなた達、あんまり強いからって無茶しちゃダメよぉ?」


「はい。肝に銘じますフロールさん。アッガスさん、ウォーレスさんもその時が来ましたら伏してお願い申し上げます。皆さんも息災で」


「いつかまたどっかで!」


『うぉん(じゃねー)』


「……」


 三人のリーダーに続いてメンバー達にも頭を下げ、静寂の狩人サイレントハンターとの激闘を終えた俺達は、早々にジオルディーネ王国王都イシュドルに向かうべくその場を後にした。


「コハクさん、また会うっすー!」

「コハクちゃーん! 君は絶対イイ女になる! 俺が保証するっ!」


 少し離れてから破砕の拳クラッシャーのリブシェさんと鉄の大牙アイゼンタスクのハイクさんが、ブンブンと手を振り大声でコハクに別れを告げた。恐らく人見知りなコハクに配慮して、皆のいる中で話しかけるのを遠慮していたんだろう。


 コハクの保護者気分の俺は、その気遣いに頬が緩んでしまった。


「ハイクさんには同意だが、今じゃないなぁ」


 笑いながらそう言うと、遠目で本人はアッガスさんに殴られていた。


 ピタリと歩みを止めてコハクの時間を作っては見るが、案の定、彼らに顔を向けるが無言のまま。名を呼ばれたはいいが、どうすればいいか分からないのだろう。


「コハク、あれはお別れの挨拶って言ってね。また会おうねっていう約束なんだよ」


「おわかれ やくそく」


 アイレがこれ以上なく優しく教え諭す。


 母かな?


「あの人たちの事嫌い?」


 フルフルと首を振る。


「そっか。じゃあこうやって――――」


 手を振る仕草のマネをさせ、コハクの耳元で何かをささやくとコクリと頷いた。そして若干のためらいの時を置いてから向き直り、一言。



「ばいばい またね」



 ぐはぁっ!

 きゃわわわわわ!

 …目覚めかけた

 うむ、悪くない



 離れた位置でもコハクが何を言い、何をしたのか分かった冒険者達。


 意を決した白い少女が放った一撃に、男女問わず膝を折る。


 因みに、一番のダメージは俺だと思う。


 ◇


 強力な一撃から立ち直った冒険者達。


 依頼と言う名の使命を終え、それぞれが帰路につく。


「リーダー。ゴルゴノプスやったのって間違いなくジンだよなぁ」

「だろうな」

「いやはや…若い力が出てくるのは嬉しいですねぇ」

「の割には武者震いしてるのは気のせいか? グレオール」

「お前もだ、コンラッド。…決めたぞ。ゴルゴノプスを連続十回狩るまで、俺達はダンジョンループだ」

「え゛~っ!? 何その地獄っ!!」


 鉄の大牙アイゼンタスクはこの後ドッキアへ戻り、ジンの伝言も併せてギルドマスターのクリスティーナへ魔人討伐の報告を行った。それからは毎日『塔のダンジョン』へ潜り、ゴルゴノプス討伐に精を出すのであった。



「師匠! ウチ、弱すぎる自分に吐き気がするっす!」

「ねぇちゃん、吐くならあっち行ってよ!」


 ボガッ


「…聞け、弟子たち。俺はもっと強くならねばならん」

「っつ!!」

「ガーランドを後にし、北へ向かう。厳しい旅路となるだろう」

「お、押忍! 望むところっす!」

「っす!」


 破砕の拳クラッシャーの四名は、フロールに押し付けられたガーランド冒険者ギルドへの報告を済ませ、一路北へ。古都ディオスを中心にA級危険地帯へ出入りし、その名を更に轟かす。



王竜殺しドラゴンキラーは凄い人だったねー」

「ジン君は幼体だったって言ってたじゃん。噂ってやっぱアテになんないわねぇ」

「それでも一人でって凄くない?」

「まぁ…ね」


 ヘルティーの言葉に相槌を打つフロール。彼女は魔法の扱いに関するプライドはあるが、取り立てて向上心と言うものがあまり無い。敵わないと判断したらさっさと逃げる。ある意味これもおごりの無い才能の一つではある。


 だが、今回の戦いで人生で初めて瀕死の傷を負わされ、さらには幼馴染であるヘルティーも巻き込んで死にかけ、今のままで良いのかと葛藤している。


(私はいい。でもヘルティーは…)


「フロール。あのね」


 突然真剣な顔つきになるヘルティー。


 その顔を見た瞬間、大体の想像はついた。彼女も私が認めた仲間だ。テキトーな私に、たまに、ホントたまーにだけど、道を教えてくれる。


「私、剣も覚える」

「…あはっ!」

「お、おかしい…かな?」

「ぜんっぜん! やるよヘル。目指せ聖剣士ホーリーセイバー、果ては神聖闘士セイクリッダー! んで、あんのムカつくクソクマにリベンジよ!」

「あわわわ…どっちもムリだよぉ」

「こらっ、やる前にあきらめるなっ!」


 後日、喚水の冠帯アクルトクラウン破砕の拳クラッシャーと同様にガーランドを出立。自身らがかつて逃げ延びた『暁の森』付近の小さな街に移住し、目標である森の主、緋王熊カリスト討伐に向けて修行の日々を送るのである。


 ◇


 盛大な戦を続けている帝国軍とジオルディーネ軍。


「おお…もうすぐ橋が架かりそうだぞ」


 魔人との戦いを終え、アッガスさん達との別れの挨拶を済ませた後、川岸にたどり着いたのと同時に遠目に横を見ると、地人ドワーフ達の橋が対岸に架かろうとしていた。


 ほぼ同時に俺達の丁度目の前の対岸を帝国騎馬隊が通り過ぎる。反対側も同様に騎馬隊が駆けているとすれば、帝国軍の三方向挟撃が完成する。


「事前に渡河し潜んでいたのか…タイミングも完璧、見事なものだ。よほどの強軍でもない限り、この挟撃から逃れる術は無いな」


 川を前にして一人感嘆の声を上げる俺に、アイレが声を上げる。


「人間ってすごいよね」

「ありがとう」

「いや、あんたじゃない」

「…俺も人間なんだが?」

「戦術がって事よ! 流れで分かるでしょフツウ!」


「まぁ…帝国軍は特に優れていると思うぞ? 他国を知らんが」

「なら分かんないじゃん…はぁ…」

「少なくとも魔人のおらんジオルディーネ軍など帝国軍の敵じゃない。俺の知る限りだが練度が違う。イシスも彼らに任せて大丈夫だろう」

「それは同意見ね。とにかく行きましょ」

「だな」

「じゃ、よろしく」


 沈黙が流れる。


 …よろしくとは?


「いやいや、君の風の方が皆を運ぶのに適しているだろう」

「魔力ない」

「奇遇だな。俺も無い」


 ………。


「あっはっはっは!」

「ふはははは!」


 なんとか間抜けな状況をごまかそうと、互いに冷え切った笑い声を上げる。


「どぉーすんのよぉっ!? 魔力回復するまでこんなとこで待ってらんない!」

「そう慌てるな。今の一瞬で思いつたことがある」

「………」


 訝しむアイレを無視して、コハクの頭の上のマーナに提案する。


「マーナ、対岸までこう、水を分断できないか? 万物の選別エレクシオンなら水を拒む事も朝飯前だろう」


 そう言って、川の水を割る仕草をしてマーナに提案する。


《 簡単だね! でも、分断して流れ止めちゃったら上流から横に溢れてこのへん洪水になるけどいい? わたしは楽しいからいいけど、あっちの人間はジンの味方なんでしょ? 》


「…水消えないのか?」


《 川の水は魔力じゃないからね 》


 今の俺の理屈だと、万物の選別エレクシオンに触れた瞬間に触れたものが消失するという事になる。


 触れた武器が消えるか?

 拳が消えるか?

 答えは、否。


 急いで収納魔法スクエアガーデンからライツを取り出し、マーナに差し出す。


《 ぷぇ? よく分かんないけどもらう! 》


 うまうまとライツを頬張るマーナを確認し、次なる手段を模索する。


「どうやらマーナは調子が悪いみたいだ」

「……で?」

「かくなる上は…」

「うん」

「泳ぐ」


 外套をバサッと脱ぎ捨て舶刀を収納魔法スクエアガーデンへ仕舞い込み、夜桜を頭にくくりりつける。夜桜は魔力核を備えているので収納魔法スクエアガーデンには入らないのだ。こういう時は不便である。


 靴と靴下を脱ぎかけた時、ビュッとこの地方特有の冷たい風が肌を刺した。ピタリと動きを止めるが、何とか気を取り直すとさらに冷たい言葉が俺を襲った。


「背中に立つからしっかり浮いてよね」

「本気か」

「わたし泳げないし、濡れたくない」

「コハクで定員だ」

『はむはむ…ぉん(ムグムグ…ゴクン。君らどっちもおかしいね)』


 さすがにアイレに乗っかられては沈没してしまう。


 手段を断たれた俺は靴を履きなおし、外套をバサッと羽織る。


 もはやこれまで。打つ手なし。


 諦めて魔力を回復させるために瞑想に入ろうとしたその時、コハクが側に寄り、川と俺を交互に見て小さな手を伸ばした。


「て て」


「ん? 手が冷たいのかい?」


 この寒さだ仕方がない。差し出された手を握ると、案の定コハクの手は冷たかった。


「ごめんな。くだらんやり取りで待たせてしまって」

「全部あんたのせいよ。って、わたしも?」


 コクリと頷いて、コハクを真ん中に三人が手を繋いだ状態になる。そこへマーナが次は俺の頭の上に乗り、だらりと垂れた。


「なんだこれは」

「さぁ…」

『くぅん(さっさといくよー)』


 リンと鈴を鳴らしてコハクが川に向かって歩き出すと、俺とアイレも引っ張られる形になって川へ。


「よしわかった、一緒に泳ごう。服着たまま泳ぐのは水練にもなる」

「何言ってんのあんた! ちょ、ちょっと待ったコハク! わたしムリ―――」


 慌てるアイレをよそに、少し前を行くコハクの下駄が水面に触れた瞬間、


 カランコロン


「なっ」

「…この手があったかぁ」


 足元の水が瞬時に凍り、見事氷の足場が出来上がった。


 こちらを振り返り、俺とアイレの顔を見上げるコハクは、少し嬉しそうだった。


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