143話 王竜の閃

「は、はははっ! すごいやソルムさんっ! これで冒険者達あいつらも終わりだ!」

「………」


 超巨大火球を前にして興奮するエンリケを横目に、心臓を貫かれたにも関わらず死せずしてその場に立つゴドルフは冷静だった。


「ソルム…お前…」


 心臓の一部を欠損させられた結果、宿るほぼすべての魔力がその修復に割かれ、今のゴドルフは普通の人間と変わらない戦闘力しか持ちえていない状態だった。


 しかし、自身以上に魔力枯渇を起こし、火球の発現者たるソルムの身体は明滅し始めていたのだ。それを見たゴドルフは、


(彼岸で会おう)


 冒険者パーティー『静寂の狩人サイレントハンター』の終わりを悟った。



 ◇



「衝撃に備えを」


 ジンの警告を聞き、その場の皆が身構える。寝そべっていたフロールも幼馴染のヘルティーに体を支えられながら脚に力を込めて立ち上がり、身体を強化する者、武器をせめてもの遮蔽物しゃへいぶつにせんと構える者それぞれだ。


 星刻石の魔力光の揺らめきが切先に集まってゆく。


 皆がジンの背と超巨大火球を重ね、自らの命を目の前の青年に託した。


《 やっちゃえー! ジン! 》

「あぶない」

「あー、ヤバい事だけわかる」



「ゆくぞ」



 夜桜の光を受けて、腰にくそのさやに竜の黒翼が浮かび上がった。





 日輪迎え撃つは  王の咆哮





 ―――― 黒王竜の炎閃ティアマト・フレア




 キン――――




 夜桜の切先より出でたのは黒の炎閃。


 轟音ではなく高硬度の金属を打つような高音を響かせ、拮抗することなく日輪の炎渦えんかを一直線の黒閃が食い破る。


 その様は、あたかも黒竜の晩餐ばんさんを皆の瞳に映し出した。


 目も開け難い熱波に襲われつつも、誰もがこの名状しがたい光景を文字どおり瞳に焼き付けた。


 まばたきの度に細切れに移り変わる光景の中、超巨大火球の中心部、火球の核たる黒球にその牙が穿うがたれると、火球を成していた炎渦が弾け飛ぶ。


 誰もが危険を顧みずその光景に食い入る中、マーナとコハクだけが今の状況を危惧し、コハクは一人対処しようと皆の前に進み出た。

 

《 あつい いっぱい あぶない 》

《 こんな近くにいたら、あつい通り越してみんな焼け死んじゃうねコレ! 》


 パキィン!


 マーナを頭に乗せたままコハクは小さな手を前にかざし、皆を炎熱から守らんと氷魔法を発動。同時に辺りに冷気が漂い、コハクを先端に半ドーム状の氷の壁が出現した。


《 じん あつい 》

《 大丈夫だよー。ジンはわたしがやってるから 》

《 おおかみさん すごい 》

《 困るんだよ、連れてってもらわなきゃ 》

《 ……? 》



 大地魔法による耐性魔法レジストを再度発動するのを忘れていた俺に、凄まじい炎熱が襲い掛かる。


「なんと間抜けな…これだけ一人恰好をつけて自爆とは。まだまだ未熟だ。だが帝国軍は守れそう――」


 そうつぶやいた瞬間、



 ブゥゥゥゥン



《 ドジだね! 》


「……返す言葉もない。助かったマーナ」


《 いいよ 》


 初めてマーナの力をこの身に宿し、不思議な感覚が身体を覆う。炎熱を完全に防いでいるようで、どうやら自爆は免れそうだ。


 黒閃が超巨大火球を貫き、爆散する火球の火の手が全方向に吹き荒れるがこの影響も完全に拒否。さすがに後ろに居る冒険者達が危ないと思い後ろを視界に入れると、コハクが俺の真後ろに立ち、氷の壁を作って衝撃から皆を守ってくれていた。


 思っていた通り、やはりコハクは魔法を扱えたのだ。ここに来る道中でゴブリンを殴りつけたのは、その力を使うまでも無かったという事だろう。


 そして、恐らく


《 あっちの魔人を倒したのはコハクだね? 》

《 まじん やっつけた 》

《 そうか。俺も負けてられないな。もう少し待っててくれるかい? 》

「……。(コクリ)」


 霧が晴れたのと同時に発動した遠視魔法ディヴィジョンでは、前線左にいた三体の魔人、中央にいた二体の魔人が消えていた。


 アイレともう一人が中央の二体を退けたのは分かるが、左が分からなかった。だが今のコハクの力を見てすぐに察しがつく。火と氷は元来相性が悪く氷には不利だ。だがこの炎熱をものともせず、氷の壁を平然と張り続けるのは並大抵の力ではない事が伺える。


 なぜコハクが魔人の元に向かったのかはさておき、今は目の前の敵を打破せねばなるまい。夜桜からは今も黒閃が放たれており、俺の魔力をかてに敵を飲み込もうとしているのだ。


 四散した日輪の奥には、自身の限界以上の魔法を放った代償で薄らいでゆくソルムが立ち尽くす。全魔力を吐き出した彼の右胸部の魔力核は、必死に魔素をかき集め、魔力を生成しようと橙の光を放ち続けていた。


 だが、再びソルムの身体を形成できる程の猶予があるはずも無く、黒閃の牙がその身体に突き立てられ、冥府へと誘う腹鳴ふくめいが周囲に鳴り響く。



 オォォォォォン――――



 おとう…と…よ、いま…逝きます…か…ら……ね……



 黒閃の腹にのまれた魔人ソルムの最期の言葉は、敗れた事への悔恨でも、相手への怨嗟えんさでもなく、彼岸で待つ弟ドルムへ向けたものだった。


 晩餐を終えた黒閃は、夜桜を起点に徐々に細り、最後は黒線となって間もなくプツリと消え去った。


 日輪と黒閃が衝突した円形の跡にラプラタ川の水が流れ込み、その湖を起点に一直線に二本目の川が出来上がる。


「ば、馬鹿げてる…こんな力」

「王竜の権化じゃないか…」

「魔法だった、のよね?」


 評する言葉はそれぞれだが、誰しもに去来する言葉はただ一つ。



 ありえない。



 だが、ザザザと水の流れる音はその場の全員に今の出来事は現実だと知らしめ、声を上げる機会を奪っていた。


 コハクの氷の壁は解除され、守られていた事実をここで知った冒険者達は、『今ではない』と雪人ニクスの長への感謝の言葉さえ飲み込んで、次のジンの動きに全神経を傾けた。


 そんな皆の胸中を察することなく、ソルムと同様に魔力のほぼすべてを使い果たしたジンは、夜桜を納刀し前へ歩き始めた。


「まだ終わってない。ですよね? ゴドルフさん」


「ふははは、その通りだ。ジン・リカルドっ!!」


 ソルムの最期を静かに見届けたゴドルフも既に歩き始めていた。


 俺は納刀したまま、ゴドルフは三日月斧バルディッシュを携え、互いに視線を外さず睨み合ったまま距離を縮める。


 先程の轟々たる戦闘とは打って変わって凛と張り詰める空気の中、一歩、また一歩と距離が縮まってゆく。本人達を差し置いて一部の者の呼吸は浅くなり、一部の者は呼吸すら忘れ、ゴクリと息を呑んだ。


 互いの魔力は枯渇している。


 ぶつかるのは力と技術、そして――――闘争心


 一陣の風が二人の間を吹き通り、運ばれた砂塵が視界を横切った刹那、


 両雄互いに踏み込んだ。



 ブオッ

 シュオン



 ―――――キン



 背を向け合いながら夜桜を納刀。


 繰り出した抜刀術は、三日月斧バルディッシュの一撃が届く前に、魔人の身体を上下に分けた。


 武器を振り抜いた姿勢のまま、崩れ落ちることなく消えゆくゴドルフは最期に問う。


「…どこまで行くつもりだ」


「必要なだけ」


「なる、ほど…な……」


 背中越しにガランと三日月斧バルディッシュが地を鳴らした。


 魔人ゴドルフを葬った俺は深く息を吐き、最後の魔人へ向き直る。



◇ ◇ ◇ ◇



 静寂が支配している帝国軍。渡河作戦の事は忘れ、全軍引き続き息を呑んでいた。


 橋の建設作業は三分の一程で止まっており、棟梁であるダイクはもちろん、作業員である地人ドワーフ達も日輪の行く末に見入っていた。それを守る防衛部隊も、守る必要が無くなっていたので同様に意識を奪われ、自身らの最期を覚悟していた。防衛部隊が視線を外せたのは、敵が攻撃を中止したからである。


 二百メートル先の対岸に突如発現した超巨大火球の存在により、ジオルディーネ軍は一切攻撃できなかったのだ。あの火球が着弾すれば自軍にも被害が及ぶことは必至と判断した部隊指揮官達は、こぞって軍を川岸から遠ざけたのである。


 そしてたった今、謎の黒閃により超巨大火球は掻き消え、帝国軍以上にジオルディーネ軍は混乱の渦に陥っていた。


 『敵の中に得体の知れない、驚異的な力を持つ者がいる』と。


 火属性魔法が魔人ソルムの十八番である事はジオルディーネ軍に知れ渡っているので、それを打ち破る存在は彼らにとって脅威以外の何者でもなかった。


 ここへ来て、真っ先に我に返り自軍に喝を入れたのは、ジオルディーネ軍指揮官ではなく、帝国軍司令官ヒューブレストでもなく、日輪が弾けた瞬間に最前線へ駆け出していたコーデリアだった。



「いつまでほうけているのですっ! 全軍、前を向きなさいっ!!」



 連隊を隔てる間道を強烈な怒気を放ちながら駆けるコーデリア。真っ先に行動する事が出来たのも、唯一ジンの力を事前に予測し、信じていたからに他ならない。


 まさかの軍神の檄を受け、我に返った帝国兵と将校達は生きている事を実感しながら、再度戦いに向き直り自らを鼓舞せんがため、一斉に声を張り上げた。



 オ゛オ゛オオオオオッ!!



 同様にコーデリアの檄を受けたアスケリノが現状をすぐさま再確認し、前線部隊へ指示を飛ばす。


(なんたる失態っ! くそっ!)


「架橋部隊は速やかに作業を再開! 防衛部隊は引き続き橋上の重装歩兵隊の援護と敵遠距離攻撃の迎撃です!」


「はっ!」


 ここで、指示を出しながら対岸の状況を遠目に観察していたアスケリノはある事に気が付いた。敵が川岸に布陣しておらず、隊列が乱れていたのだ。


(これは…好機っ!!)


「指令変更っ! 魔法師隊三から五番隊および全弓隊、対岸へ総攻撃を行いなさい! 先に弾幕を張り、敵を川岸に取り付かせぬようにするのです!」


「御意!」



 ――――目標対岸! 目標対岸!



 アスケリノの指令変更とほぼ同時に指示を出したのは司令官のヒューブレスト。彼もまた敵軍の様子がおかしい事に気が付き、好機と見るや、この渡河作戦最大の武器を躊躇なく振るった。


通信士オペレーター! 東西挟撃軍長へ伝令!」

「はっ!」

「速やかに進発されたし! 全速力で駆け、敵陣を急襲せよ!」

「御意!」


 通信魔法トランスミヨンでヒューブレストの指令を受けた東挟撃軍長ローベルトと西挟撃軍長オスヴィンは、潜んでいた森よりでてすぐさま進軍を開始。


「やっと出番だ! ドッキア騎士団いくぞっ! 我らの働きで勝敗が決まると思え!」


 ――おおおおおっ!


「我らがフィオレ団長の弔い合戦である! フリュクレフ騎士団、一人十殺っ! 鬼となって敵を葬るべし!」


 ――応っ!


 各軍千の騎馬隊が激烈な士気を湛えて馬蹄を轟かせ、ジオルディーネ軍二万へ突撃した。


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