127話 惨劇
ジオルディ―ネ王国王都イシュドル。王城の玉座の間に参謀のフルカスが入室する。ドルムンド攻略の失敗についての報告である。
「陛下、戦況についてご報告申し上げます」
「ドルムンドが落ちたか? それとも
左手に奴隷、右手に酒と趣向を凝らした料理が並ぶ。丸々と太り、圧迫された喉から発せられる声はくぐもり、聞き取りづらい。さらには声を出すたびに唾が床を濡らすという有様である。指には悪趣味な宝石がいくつも通され、戦時中につき国民が節制に節制を重ねて捧げた血税は、この男を丸々と太らせていた。
さらにこの王には王妃がいる。夫に負けず劣らずの浪費家で、幾人もの男娼を囲い、一団を率いてあっちこっちに旅行に出ては贅沢三昧の生活を送る日々だ。政務にも一切関わらず、下の者に任せた挙句に些細なミスを取り上げては即座に処断するなど、もう手が付けられない状態だった。
王国民も馬鹿ではない。自分達がこれだけ貧しい思いをしているのに、王城には金銀、食料が溢れかえり、酒池肉林と化しているのは風の噂で聞こえている。だが、少しでも王族批判をしようものなら不敬罪、もしくは反乱の芽と見なされて一族郎党処刑が末路。
正に絵に描いたような暗君。それがジオルディーネ王国の王と王妃である。
「はっ…我が軍はドルムンドの攻略に失敗。間もなく帝国軍が我が軍本営であるイシスに向け、進軍を開始するものと思われます」
「なんじゃとぉっ!? どういうことじゃ!!」
フルカスは怒れる王を前に、包み隠さず戦況を報告をしてゆく。現時点で最強の魔人であったウギョウが冒険者に敗れ、もう一人の魔人ニーナも敵指揮官は討ったものの、戦況を覆すには至ら無かった事。魔人兵はことごとく倒され、最早本営に魔人兵はおらず、一人の魔人と戦意の低い敗残兵七千、駐屯兵千が居るだけの状態である事を伝えた。
王エンスは報告を最後まで聞かずに、手に持つグラスをフルカスに向かって投げつける。甘んじてそれを受けたフルカスは怒り狂う王に向かい、イシス防衛の必要性を必死に説いた。
(連日の負け戦に上がり続ける税…国民の不満はもう限界に達している。いつ大規模な反乱がおこるか分からん。この戦争自体が限界を迎えつつある今、イシスが落とされるとなると負けが確定する)
「陛下。エリスに停戦を申し入れ、壁としている兵八千をイシスに向かわせるべきかと存じます」
「停戦? 停戦じゃとぉっ!? 貴様、この儂を
「滅相もございませぬ! 現在ピレウス戦線は膠着状態にございますが、イシスにて帝国を討ち果たし、その勢いのままエーデルタクトを抜けてピレウスを北より攻め、南北で挟み撃ちにしてしまえば早々にピレウスは陛下の物となりましょう! そうなればピレウスの属国たるエリスなど手に入れたも同然! 今はイシスに兵力を傾け、勝利を万全にすべきかと愚考致します!」
フルカスの必死の説得に揺れる王エンス。彼も暗君ながら、エリス大公領にてSランク冒険者に自軍を大敗せしめられた折には、さすがに動揺を隠しきれなかった。Sランク冒険者だけは敵に回してはならない。これは世界の不文律である。
だが、敗北という二文字が何よりも嫌いな彼にとって、これ以上の負け戦はさすがに耐えられそうにない。
ここでフルカスの助けとなる声が、玉座に響き渡った。
「陛下、騎士団長のベルダイン殿が謁見を申し出ておられます!」
「通せ!」
「お目通り感謝申し上げます陛下」
「何用じゃ!」
「はっ。参謀の言われた通り現在イシスは帝国の脅威にさらされており、イシス陥落となれば帝国は瞬く間にこの国へ押し寄せて来るでしょう。然らばこのベルダインの王城守護の任を解き、イシスへお送りください。必ずや帝国に敗北を知らしめて参ります!」
「むぐぐぐ…わかった、ゆけベルダイン! フルカス。エリスの件はそちに任せる! もう敗北は許さぬぞ。次は無いものと思え!!」
「「はっ!」」
しずしずと玉座を後にするフルカスとベルダイン。この二人は決して気の合う仲ではないが、今はそんな事も言ってられない。
「王城守護の他の二人と、エリスとの国境に向かわせた一人もイシスへ連れていけ」
「ほぉ…参謀殿は王の許可なく城を
「代わりにバーゼルを呼び戻す。魔人がおらずとも城は守れる。今はイシスで勝つことが全てだ」
「くっくっく…そういう所は嫌いではありませんぞぉ。しかし、エリスは停戦を受け入れますかな?」
「わからん。が、エリスは攻めてくる事は無い。あんな所で兵を遊ばせおく余裕は無いのだ。
「なんと剛毅な! 了承した! 帝国軍も可哀そうなことだ。はっはっは!」
二人が去った玉座には、また別の人物が呼び出されていた。
「お呼びでしょうか陛下」
「いつできるのだ」
「と、言いますと?」
「あの女狐の魔人に決まっておろうが!」
「ああ、その件でございましたか。今は痛めつけた後、体内に残る魔力の抽出の段階でございます」
「細かい事はいい! さっさと儂の駒に仕立て上げんか!」
「…御意」
◇
「ちっ、あんの馬鹿王め。好き勝手いいやがる」
「メフィスト様! 不敬ですよ! 誰かに聞かれたどうするのです!」
「うるさーい! 狐は俺の最高傑作にするのだ。中途半端にはしたくない!」
自身の研究室に戻ったジオルディーネ王国魔導研究省主席研究員のメフィストは、雇い主である王エンスに悪態をつく。メフィストからすれば、ジオルディーネ王国など知った事ではなく、ただの資金源に過ぎない。
「全く…早くくたばってくれないかなぁ? 女王サマぁ」
「死んじゃったら元も子も無いでしょうに」
メフィストとその助手は檻の中で幾重もの鎖に繋がれ、吊るされている女王ルイに向かってそう言った。
「………」
ルイの首には魔力の発生を抑える首輪が付けられており、背後の壁には魔力を溜める為の巨大な魔法陣が描かれている。魔法陣は終始明滅し、対象の魔力、すなわちルイの魔力を吸い続けていた。
四肢は切り取られ、胴にも皮はほとんど残っておらず、数百の切り傷や刺し傷が重なる。喉を潰されて舌も切られており、声すら発する事も出来ない。水も食事も一切与えられておらず、この凄惨な姿に言葉は尽くせない。
人間ならとうに死んでいる。強靭な肉体を持つ獣人の女王でさえも、生きているのが奇跡と言ってもいい状態だった。
「ここまでしぶといとはなぁ。恐れ入ったよ」
「昨日B級の核を植えようとしましたが、また砕けてしまいました。核の魔力が彼女の魔力に勝てないという事ですね」
「わーかってんですよぉ、んなことは!! 狛犬は死んだし、狐にはさっさと魔人になってもらわないと金づるがうるさいんだよぉ!」
「でも、A級の核は一つしかありませんし、ギリギリまで弱らせるしかありませんよ」
助手と会話をしながら、更なる苦痛をルイに与え続けるメフィスト。
蹴り、棒で殴り、短剣を突き刺す。もう数えきれないほど繰り返されてきた。
彼女の血が赤黒く乾いた檻の中は、地獄の光景と化していた。
「…ア゛ッ…ア゛ッ……んオ゛ッ……」
「いたた…もう手が痛いよ。助手クン、あとはよろしく~」
助手にその場を委ねた悪魔は、酒瓶を片手にソファに寝転がった。
「もぅ、僕も疲れるの嫌なんですからねー」
そう言って、何の躊躇いもなく棒を振りかぶる彼も、悪魔の使いであるのは言うまでも無い。
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