第五章 ホワイトリム編

111話 紡いだ笑顔

『キチキチキチ……』


 シュゥゥゥゥ――――


「全く…次から次に出て来るな。アイレのやつ、もうちょっと安全な場所を指定してくれよ…」


 大量のキラーアントを火球魔法イグ・スフィアで焼き尽くし、愚痴混じりに溜息をついた。


《 ここはがいいし、退屈しないね! 》


 ここで問題を提起したいと思う。


 マーナの言う空気とは、人間で言うところの”魔素”の事であるという事だ。


 旅の途中で、俺の思う空気とマーナの言う空気の違い、その齟齬そごにやっと気が付いた当時の(つい最近だが)俺は、頭を抱えたものだ。


 それが判明したのは一週間前。


 エーデルタクトの首都とも言えるリュディアで、風人エルフ族長の故イクセル氏の妻で、アイレの母親でもあるヴェリーンさんを見送った後の事。


 その足でアイレとの約束の場所まで直行しては、早すぎて待ちぼうけを食うと思った俺はエーデルタクトの見回りを兼ねて、徒然つれづれと歩いていた。


 するとマーナが、『暇ならもっと空気のいいところへ行きたい』と言うので、探知魔法サーチを広げながら付いていくと、出るわ出るわ魔力反応。


 『待て待て』とマーナを止めて、細かく事情を聴くとそういった次第だった。


 マーナの主であるクリスさんの『マーナ取り扱い説明』では、そんな解説は無かった。


 罠過ぎるだろう…


 と頭を抱えた。


 思い返せばドッキアでもそうだった。マーナは街が煙たい、という意味で『空気が良くない』と言ったのではなく、魔素が多くの人と機械により消費され、魔素が少なくなっているという意味での『空気が良くない』という事だったのだ。


 つまりマーナの言う『空気がいい』とは、『魔素が濃い』という意味である。


 魔素が濃いと魔物や魔獣が集まる。濃ければ濃いほど数も多くなる上に、強力になる傾向がある。だから、マーナは遊び相手に困らない、退屈しないという事なのだ。


 放っておいたら魔素の濃い方濃い方へと行ってしまう。手綱をしっかり握らねば、こっちがとんでもない目に合うのだ。


 もう地雷は無いと信じたい。


 そして今、俺はアイレとの待ち合わせ場所である、オラルグ渓谷の手前にある小さな集落跡に来ている。


 だが、着いて早々、舶刀はくとうの素材でもある大型の熊の魔獣であるアルクドゥス、同じく巨大な鶏の魔獣であるコカトリスに狙われ、それを引けるや否や、体長一メートル程のキラーアントの群れに襲われた。


 待ち合わせ場所は、奇しくもマーナの言う『空気がいい』場所だったのだ。


 強い大型魔獣を引けた後に比較的弱い魔獣を引けた今、この周辺は幾分か安全、というか新たに魔物が発生したり、次の魔獣が縄張りとしない限り大丈夫だろう。


 キラーアントを倒した後、放棄された集落を見て回り、使われていたであろう木箱に座って一息入れる。


 少し見て回ったが、この小さな集落は放棄されてまだそんなに経っていないように思えた。中央にある井戸は埋められていたが、建物はつたが巻き、中はほこりが積み上がっていた。


 建物自体はまだしっかりしていたし、略奪された痕跡も無い。


 かといって、この戦争で急いでよそへ避難したにしては物が少なすぎる。引っ越した、というのが正しいだろう。井戸が埋められていたのも、どこぞの野盗の拠点にならぬようにするためかもしれない。


「何か別の要因でここを捨てたのか…まぁ、考えても詮無せんないいことか」


 収納魔法スクエアガーデンから水を取り出し一息つく。マーナにも差し出してやると、


蜂蜜酒ミードがいい 》


 とのたまったが、まだ日は高いと言って断固拒否してやった。


 いらないんだな? と言いスッと水を引くと、水筒に飛び掛かって『がるる』と睨んできたので、素直に渡してやった。一月も一緒にいると、こういうやり取りも増えてくるというものだ。



「わぁっ!」


「ぬ!?」


 虚を突くかのように後ろから声がしたので、咄嗟に夜桜の柄に手をかける。


 見ると、そこには辺りを見回しながら待ち人が立っていた。


 俺としたことが魔獣を引けた後、安心して探知魔法サーチを怠っていた。これが魔人の奇襲だったら死んでいたぞ…気を付けねば。


 しかし、いくら探知魔法サーチを広げていなかったとしても、まるで音も気配もなかった。


「君は乱破か?」

「は? らっぱ? 何それ」


 つい前世の記憶から見合う単語が口をついた。


「あ、いや、何でもない。それにしても、無事の再開で脅かすとは趣味が悪いな」

「脅かしたんじゃなくて驚いたのよ。乙女の声色くらい聞き分けなさいよ」

「無茶を言うな」

「はぁ…で、これは?」


 アイレが指差すのは、倒した魔獣の大量の死骸たち。本来なら収納魔法スクエアガーデンに放り込んで、ギルドで売るなり食料にしたりするのだが、生憎それらを越える程の食料が既に入っている。


 倒した魔獣は糧とするのが俺の主義だが、それはこちらから襲った場合。襲われた場合はこの限りではない。…と自分に言い聞かせる。


「ああ、これに驚いたのか。ここに着いたとたんに襲われたんだ。どうやら彼らの縄張りだったようだ」


「あらら…もう入っちゃってたか。ここは五年前にてられた集落でね。まだ安全だと思ったんだけど、野生に飲まれるのが早かったみたい。ゴメンネ。ご苦労様♪」


 舌を出し、パチッと秋波を送るウインクする


 五年も放置される訳が無いだろ! もって一週間、野生を舐めすぎだろ!


 と叫んでやりたかったが、これは確信犯。ここで感情を露わにしては相手の思うつぼだ。その手には乗らない。


 フンと押し黙ってやると、慌てたように続けた。


「お、怒んないでよ! ジンなら大丈夫なの分かってたし、それにこんな数、本当に想像出来なかったのよ!」


 腰を折り曲げながら頭の上で手を合わせる。


 まぁ、さして怒ってもいないし、キラーアントに関しては俺が呼んだ、とも実は言えなくはない。キラーアントに見つかるのは時間の問題だったから、さっさとマーナに連れてくるよう頼んだのだ。


「いや、別にそこまで怒ってないよ。まぁ、無事に再会できたという事で、チャラにしておこう」

「わかってるじゃん♪ マーナも一月ぶりね!」

『ぉん!(久しぶり!)』


 両手で水筒を抱えたまま抱きしめられるマーナ。そんなマーナに遠慮なく頬ずりするアイレは、なんだか嬉しそうだ。


「癒されるー」

『く、くるるる(こ、こぼれるー)』


 しばらくマーナを愛でていたアイレがふと静かになり、マーナを抱きながらつぶやいた。


「…ドラゴニアで母様に会ったわ」


 俺がアイレ達、イェオリとエトに示したルートと、ヴェリーンさんに教えたルートは同じ。厳しい道のりだが、運が良ければ会えるかもしれないと、かすかに期待していた俺の希望は繋がったようだ。


「そうか」


 短く返事をする。


「リュディアが襲われたこと、捕虜になった人達が、次々にジオルディーネに送られていったこと。それに」


 父様のこと。


 とは、アイレは口に出さなかった。



 口に出したら、またみっともなくこの人の前で泣いてしまう。


「あなたのお陰で、母様や里のみんなにまた会えた」



 ―――ありがとう。



 奪われ、失い、それでもなお紡いだ笑顔は、彼女の心を映すものであると信じたい。


「よかったな」


 また、短く返事をした。


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