98話 ドルムンド防衛戦Ⅴ

 ドルムンド防衛戦開幕からすでに三時間が経過。


 左翼軍長アスケリノは司令官ヒューブレストの指示通りに進軍速度を落とし、敵軍が善戦よう見せ掛ける為の戦術に入る。


「重装歩兵長へ伝令です。前進速度を落とし、敵の遠距離魔法攻撃が届く距離を測るようにと」

「はっ」


「魔法師全隊攻撃中止。一番隊は警戒しつつ魔力を温存です。二、三番隊のみで敵の魔法攻撃を迎撃。三十分ごとに一隊ずつ交代を繰り返してください」

「御意!」


「騎馬隊一、二番は左右より敵歩兵隊にかすり続けるよう指示を。中に入ってはなりません。三番は敵騎馬隊の突撃の牽制と警戒を」

「はっ!」


「歩兵隊は疲労や怪我の多い小隊ごと入れ替えるよう指示を。前線で粘る事はなりません。即座に後方で回復を。重傷者は―――」


「おらおらぁ! 怪我人はどこでぃ!」


 アスケリノの指示を大声で遮ったのは地人ドワーフの若手達。街で後方支援にあたる地人ドワーフ達は戦場で傷ついた者を街へ搬送する任についていた。


 地人ドワーフ特有の身体の小ささを生かして目立たず戦場を駆け回る事が出来る上、武具を装備した兵士を軽々と担ぎ上げる力と体力、そして何より戦場を恐れぬ胆力は、救護支援の役目を担える条件を十分に満たしていた。


 これにはアスケリノもうれしい誤算だったのか、思わず笑いがこみ上げる。動ける兵を救護役に回す必要が無くなるのだ。もはや敵右翼軍との兵数差は無くなったと言っても差し支えない。


「ははっ、不謹慎ですが頼もし過ぎて笑ってしまいますね」

「これ以上の援護は無いかと。任に戻ります」

「頼みましたよ」


(さて…相手が未熟なら一時間は騙せるでしょうかね。もう中央からこちらへの援軍は必要ありません。報が無いという事は右翼も今のところは大丈夫そうですが)


 アスケリノの予想通り、ローベルト率いる右翼軍は魔人兵ゾンビを手玉に取り、自軍の損傷はほとんどなく殲滅する勢いで戦いを繰り広げていた。


 魔人兵は死んだら消える。これが騎馬隊にとって非常に有利な状況を生み出していたのだ。戦場において敵味方問わずあちこちに倒れる死体は、騎馬の素早い移動を阻害するものでしかない。それが無いという事は、騎馬の速度を十二分に生かし続けることができるという事なのだ。


 アスケリノが地人ドワーフの思わぬ働きに目を見張ったのと同時に、ローベルトもこの予想通りの状況に感謝していた。


(魔人に指揮系統は無い。この状況を覆すことはできまい。このまま殲滅してくれるわ!)


 もちろんこの状況は、司令官のヒューブレストと三人の軍長が事前に予想した通り。右翼軍千九百の内、騎馬が一千という機動力にかたよった編成を組んだのもこれが狙いだった。


 そして魔人兵先鋒一千体の殲滅目前で、とうとう残り二つの檻が開かれた。



 ゴゥンゴゥンゴゥン――――



「檻が開くぞ! 馬鹿正直に待ってやる必要はない! 遠距離攻撃部隊、開口部へ総攻撃!」


 ローベルトの指示で魔法師隊と弓隊が一斉に攻撃を放つと同時に、ドルムンドの外壁からも援護射撃が降り注いだ。司令官のヒューブレストがこのタイミングを逃すはずがない。右翼軍と接敵する前になるべく魔人兵は減らさなければならないのだ。


 ドン! ドン! ズドドドドド!


『グォォォォォ!』

『イタイイタイ!』

『ゴロスッ! ゴロスッ!』

『ゲヒャッ、ゲヒャヒャヒャッ』


 爆風に舞い上げられた砂塵が視界を塞ぐ中、檻の出口に密集していたであろう魔人兵の叫び声が響き渡る。


 そして二つの檻から出現したのは、完全に武装した一千体からなるの第三の魔人兵だった。砂塵が晴れると同時に脇目もふらずこちらへ突貫して来る者、遠距離から魔法を放とうとしている者と、相変わらず統率は取れていないが個体から放たれる圧力が先程とは全く違う。


「軍長! 予想の混成部隊ではなく、全てが例の第三の魔人兵のようです!」


「BC級の魔物一千体か…今ので少しは減ってくれたようだが…騎馬全隊、指定の位置へ後退! 歩兵隊三百前へ! ジャック殿出番ですぞ!」


「ゆくぞ戦士達! 戦闘形態!」

「ルイ様の仇!」

「うがぁっ! ぶち殺してやる!」



 バチッ、バチッ、バチチチチ!



 第三の魔人を目視した獣人ベスティアの戦士十人は、即座に戦闘形態になり全身を雷で覆った。ローベルト率いる騎馬隊は、残り僅かとなった先鋒魔人兵と、新たに投入された第三の魔人を引き連れ後退。指定の配置につく。


(まだ、まだ…今だ!)


大火炎陣魔法フラム・ゲート発動せよっ!」


 ローベルトがそう叫ぶと、突如迫りくる魔人兵の足元地面に巨大な魔法陣が出現。

 次の瞬間、直径百メートルに及ぶ巨大な火柱が魔人兵達を襲った。


 ドゴォォォォォッ!


「次、大氷結陣魔法プラチナ・ゲートを発動!」


 火柱が消えると同時に、魔法陣内に猛烈な冷気と氷針が吹き荒れる。


 パキッ、パキッ……ビュゴォォォォッ!


 立て続けに発動される陣魔法。これこそが第三の魔人兵に対抗するべく準備された、右翼最大の作戦だった。魔人兵を猛烈な炎で焼き尽くし、それで倒せるならそれまで。だが、魔物の中には炎熱焼耐性を持つ者も多くいる。そこで同規模の氷属性魔法陣を用意し、その弱点を補う事で右翼軍は対魔人兵戦の大勢たいせいを決めにかかったのである。


『アンギャァァァァ!』

『ボホワァァァ……』

『チグジョー!』


 この大魔法陣は三十名の陣魔法師が総力を挙げて描き切ったもの。発動によって全員が魔力の枯渇によって膝をつき倒れた。


「よくやった! 陣魔法師は即座に街へ撤退せよ!」

「俺らに任せろ!」


 地人ドワーフ達がこぞって倒れた陣魔法師を街へ運んでゆく。


 だが、一瞬で荒野と化した草原には未だ七百体近い魔人兵が立っていた。その半数は陣魔法を耐えきった者達、もう半数は陣魔法の射程外にいた者達だ。


「軍長、中央より歩兵一千の援軍です! 併せて中央軍が前進! 敵中央軍と接敵間近です!」

「有難い! さすがヒューブレスト殿だ!」



帝国右翼軍

騎馬隊 一千 歩兵隊 千三百 魔法師隊 二百七十 弓隊 三百

BC級魔人兵

七百



 圧倒的数的有利を確保した右翼軍は軍長ローベルトの指揮の元、すぐさま白兵戦に持ち込むべく号令を発した。


「魔法師隊は弓隊の後方を維持し敵攻撃魔法の迎撃に専念せよ! 弓隊、歩兵隊! 騎馬隊に続け! 全軍突撃! 敵を殲滅する!」


 お゛お゛おーっ!


 地鳴りのような掛け声と共に右翼全軍前進、魔人兵との総力戦に入った。


 ◇


「大規模陣魔法ですか。やはり帝国軍は他国の兵とは一線を画しますね」


 右翼最後方で右翼軍と魔人兵との戦いを観察していた、『鉄の大牙アイゼンタスク』の魔導師マギアグレオールが感嘆の声を上げる。魔導師マギア魔法術師ソーサラー陣魔法師キャスターの上位職なので、彼は陣魔法にも通じている。


「グレオールにも描けるか?」


 メンバーの槍闘士ドゥルガーハイクが、感嘆しているグレオールに質問を投げる。ハイクは強化魔法に関しては、リーダーで剣闘士グラディエーターのアッガスに負けず劣らずの使い手だが、属性魔法や陣魔法に関してはからっきしだった。


「一人なら描くのに三日、あの威力の魔力を込めるのに一週間といったところでしょうか。到底戦いでは使い物になりません」


「てか気になってたんだけどよぉ。魔力込めてんのに、なんで発動時に魔力持っていかれる訳?」


「…ハイク、貴方は何年冒険者やっているのですか。興味が無いとはいえ、知らなさ過ぎも程々にして欲しいものです」


「しょーがねーじゃん、陣魔法なんて滅多に見ねーもん! グレオールも滅多に使わないっしょ?」


「貴方が気付いていないだけです。全く…いいですか、陣魔法には二つの使い方があります。予め魔力を込めておき、任意のタイミングで発動する陣魔法と、魔力を込めずに魔法陣と自身を繋ぎ、発動時に魔力を供給して発動するというやり方です」


「っつー事はさっきの陣魔法は後者だったって事だな?」


「そうです。ですがこのやり方は、魔力を込めるという時間を省略する事は出来ますが、魔法陣に見合った威力を出すには相応の魔力を必要とします。つまりどれだけ大きな魔法陣を描いたところで、消費される魔力が魔法陣に見合ってなければ当然威力は落ちますし、最悪発動すらしません」


「あー、だからあんなデカい魔法陣発動すんのにあんなにぶっ倒れたのか」


「ええ。三十人程運ばれていましたが、あの威力です。当然の結果でしょうね」


 なるほどなぁと感心するハイクにグレオールはため息を付きながらも、ここぞとばかりに使い手の少ない陣魔法の有用性を説いている。


 だが、メンバーの一人が戦場の動きを察知し、二人を制した。


「ハイク。そろそろグレオール先生の為になる授業は終わりだ。リーダー、このままじゃ帝国軍ウチらんとこ崩されますよ。どうやら次の魔人兵ゾンビの強さは本物だ。小隊五人で一体を相手に苦戦し始めてる」


 『鉄の大牙』で弓術士アルクス探査士サーチャーを担うコンラッドが会話に割って入る。魔力探知に優れ、敵戦力の把握と奇襲を得意とする彼の目は、終始優勢に動いていた右翼軍の戦いが膠着状態に入ったことを察知した。


「ああ、騎馬の突撃も中に入れない所が目立って来た。このままでは個の力で逆転されるのも時間の問題だ。お前ら準備しろ。狩りの時間だ」


 ドスンと大剣クレイモアを肩に担ぐ『鉄の大牙』リーダーアッガスの一言で、メンバーであるハイク、コンラッド、グレオールの三人も戦闘準備に入る。


「うぃーっす!」

「あの数は骨が折れるな…」

「行きましょう」


 コンラッドの見立ては正しく、ローベルト率いる右翼軍は次第に押され始めていた。


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