96話 ドルムンド防衛戦Ⅲ
「こ、これほどとは…ワジル殿に兵器の性能を聞いておくべきだったか…」
「
本陣で敵中央軍の被害を遠目に観察している司令官のヒューブレストは、合図に無い攻撃を敢行したワジルを叱責しようと思ったが、敵の被害を見てその気は途端に霧散した。
同じく本陣に留まっているティズウェル男爵夫人もその威力に舌を巻き、これは帝国軍だけの戦ではない事を改めて感じ取っていた。
「ええ。あの場合、誰でも撃ち落とすという選択をするでしょう」
「でもそれが悪手となると、もう初見ではどうしようもありませんね。途方もない技術です。撃ち落とさず着弾したとしても、大爆発を引き起こしていたと思います」
「砲弾に魔力核を組み込み、火属性の魔法陣を仕込んでいたのだろうか…」
「まぁ、あれこれ考えても私達の領分外でしょう。司令官殿。そろそろ開くみたいですよ」
ゴゥンゴゥンゴゥン―――
敵左翼に配置されている四つの檻の二つが開かれ、次々と全裸や半裸の真っ黒な
「ジャック殿が言うにはあれは最弱のゾンビどものようですな」
「まずは一安心、といったところでしょうか。残りの二つに強い魔力を感じます。ここでいかに消耗しないかが鍵となるでしょう」
そして開かれた檻から魔人兵が全て解放されたのを見て、敵司令官らしき男が声を上げた。
「魔人達よ! 目の前の帝国兵を蹂躙せよ!」
『オア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
掛け声と同時に魔人兵たちは帝国右翼軍に向かって一斉に駆け出した。
ドドドドドドドド!
迫りくる人間ならざる者と対峙している右翼軍は、元人間とは思えないあまりの変わりようと不気味さに大きな動揺が広がった。
ここで気を吐いたのは軍長のローベルト。味方の士気を立て直すべく、素早く檄と指示を飛ばす。
「皆恐れるな! 敵は約一千! 大した強さではない! 一番から五番は私に続けっ!」
おおーっ!
軍長ローベルト自ら先頭に立ち、敵と同数の一千を引き連れ魔人兵に突撃。
「
「御意ぃ!」
ローベルトの指示で、駆けながら即座に矢尻の形に陣形が組み立てられていく。鋒矢の陣は敵が正面のみと分かっている場合に限り、非常な突破力を発揮する。
この突撃をまともに受けた場合、よほど密集しているか強力な個の存在がない限り、先頭を行くローベルトを起点とし、魔人軍は真っ二つに
案の定、魔人兵に鋒矢の突撃を止める手立ても、知恵も、力もない。
『ギャギャギャ!』
『ウヴォォォ!』
『ガガガガガ!』
魔人兵は次々と突き出された槍と剣の餌食となり、踏みしだかれてゆく。
強化魔法がかけられた騎馬隊の突撃を防ぐのは並大抵のことでは難しく、ましてや今突撃を行っているのは各騎士団の最高戦力である一、二番隊である。
「敵軍が切れるぞ! 左に旋回! 最初の位置まで後退しつつ
騎馬隊のスピードについていけない魔人兵は、その場にウロウロするのみで一向に反撃できないでいた。錐行の陣で左右に割れた魔人兵の左周囲を駆けまわる騎兵を見て、右側にいた魔人兵がそれを襲おうとするが、それをさせる程右翼軍は甘くない。
後方待機していた魔法師隊三百と弓隊三百が即座にこれに反応。
「魔法師隊、弓隊! 右魔人に一斉攻撃! 左に近づけさせるなぁ! ―――放てぇ!」
――――ドドドドドドドド!
雨のように降り注ぐ遠距離魔法と強化矢が正確に魔人兵に命中する。魔人兵先鋒は何もできず次々と倒れては消えていった。
この美しいとさえ言える右翼の戦いぶりを見て、後方待機している右翼軍はもちろん、中央軍も歓喜の声を上げていた。
「すごい! さすが一、二番隊だ!」
「やれるぞぉ!」
「所詮は頭の悪い魔物なんだよ!」
ジャックを含めた十人の獣人達もこの例にもれず、人間たちの戦いぶりに舌を巻いていた。
「ジャックさん。すごいですね人間達は。こうも統率が取れた動きができるなんて」
「ああ。人間は個の力では
素直に賛辞を贈るジャックだったが、その瞳に油断は全くない。この戦い方を力で潰し得る敵がまだ檻の中にいる事を知っているからだ。
「俺たちの出番は次の檻が開いてからだ。決して油断するんじゃないぞ」
「分かっています。覚悟はできています」
◇
一方の左翼軍は、
「
この敵の動きを見て、左翼軍長アスケリノの指示が飛ぶ。
「重装歩兵全隊三百前へ! 強化全開! 馬ごと吹き飛ばしてやりなさいっ!」
大盾を持ったフルプレートの重装歩兵が左翼軍前面に立ち並び、全員が盾の下部分を地面に突き刺して斜めに構える。
「はっ! 馬鹿め! 強化した騎馬部隊を盾ごときで止められるわけ無い!」
「吹き飛ばしてやるぜっ!」
「バラバラになれぃ!」
不動の構えを見せる帝国左翼軍の前衛に対して、ジオルディーネ軍右翼騎馬隊は
だが、彼らは知らない。この重装歩兵部隊が日々、壁としてどれほどの訓練を積んでいるのかを。
体格に恵まれた団員を選抜し、筋力訓練、体幹訓練、体力訓練、そして強化魔法を徹底して鍛える事に明け暮れ、騎士にも関わらず馬術や武器術の訓練さえしない。
それら一通りを基礎訓練とし、肉体にハンマーを直接打ち込まれる訓練に耐え、D級の魔獣であるローグバイソンの突進を単騎で止めうるまでになって初めて、重装歩兵隊の一員となれる。
そんな地獄の特訓を経ている彼らに、戦場での気負いは全く無い。全力で迎え撃つ。正に鉄壁と言っても過言ではなかった。
「はっはぁー! どけぃっ!」
「フーッ…お゛おっ!!」
バガンッ!
『ビピーン!』
「なにっ!?」
「ぐあっ!」
「うわぁぁ!」
重装歩兵に猛然と襲い掛かった敵騎馬部隊はさぞ驚いたであろう。強化した騎馬の突進力に、人間が微動だにせずその威力に勝るのだから。
鉄壁にぶち当たった衝撃で宙に吹き飛ばされてゆく敵騎馬隊は次々に落馬していき、後続も雪崩のようにその突進力を殺され動けなくなっていった。
「魔法師隊、失速した騎馬へ攻撃を! 歩兵部隊は落馬した敵を討ち取って下さい!」
ドンドンドン!
「重装歩兵は歩兵部隊に合わせ全隊前進です! 戦線を上げて敵を押し込みましょう!」
付け入る隙を与えないと言わんばかりに、軍長アスケリノの指示が次々と飛び、もれなく指示が実行されてゆく。
このアスケリノという人物。スウィンズウェル騎士団の団長になる前は、元々団の作戦参謀として頭角を現していた。個の戦力としては自身の部下である隊長達にも勝る事はない人物である。
だが、卓越した戦術眼と判断力、そして人を育てることに関しては並ぶ者がおらず、その柔らかい物腰も相まって部下の忠誠は特に厚い。騎士団長としては珍しい参謀上がりだが、他領の団長に肩を並べられる存在である。
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