92話 リュディア解放戦Ⅱ

 リュディア北区画前に戻ると、火はあらかた消し止められており、兵が慌ただしく動いているのが分かる。


 そこへ俺が戻った事に気付いたマーナが駆け寄って来た。


《 ジンー、火ぃ消えちゃったー。水でバシャって! 》


「それはそうだろう。敵さんも燃えっぱなしじゃ困るだろうからな」


《 むぅ…残念 》


 ガッカリしているマーナの頭を撫でていると、敵陣からマーナを追ってきたであろう兵が、横にいる俺を見て驚く。


「待てぃ、希少種! ―――ん!? お、おい貴様! 火を放った奴だな!」


 俺を発見した敵兵の声で、ぞろぞろと里外に兵があふれ出してくる。可能な限り捕虜となっている風人エルフらがいる南の区画からは離れて戦いたかったので、これは狙い通り。もし下手に攻め込んで、彼らを戦闘に巻き込んでしまったら目も当てられない。


 そういう思惑もあり、敵が出そろって布陣が終わるのを待ってやる。はたから見れば、敵をぼーっと見ているだけで何もしない、間抜けに見えてしまうだろうが…


 だが、俺の為に懸命に陣形を整えている敵兵の滑稽さに苦笑いする。敵には本当に申し訳ない…ここ最近マーナのお陰様よろしく、緊張感に欠けている。


 気を引き締めよう、ここは戦場だ。


 少しすると前衛に盾兵、その後ろから槍兵が盾の間から槍を突き出し、その後ろに弓兵、最後尾に魔法師が控えるというオーソドックスな防陣が完成した。


 騎馬でも相手にするのかな?


 混乱の最中での立て直しの速さはなかなかのものだ。この後左右に何かしらの歩兵隊が展開し、俺を全周もしくはコの字型に包囲すれば、上官のお出ましだろう。それも待つことにする。


 ドドドドドドド


 そして案の定、全周包囲され、それらしき人物が前に出て口上を述べる。騎士の戦いとはそう言うものだ。


 ここまでは計算通り、この中に魔人はいない。遠視魔法ディヴィジョンを奥に伸ばすと魔人の魔力反応が視えた。


 そこか。


「貴様。ノコノコと現れおって、馬鹿なのか? 一体何をしに来た」


「私の為にご大層なお出迎えありがとうございます。ずいぶんのんびりした布陣でしたが、途中で私に邪魔をされていたら、どうなさるおつもりだったんですか?」


「だ、だまれぃ! 聞いているのはこちらだ!」


「黙らせたいのか、答えて欲しいのかどちらなんですか。私の目的は魔人の討伐ですよ」


「おちょくりよって…貴様がベルドゥ隊長を討ったんだな?」


「ああ、先程倒したカールグレーンもその名を出していましたね」


「ば、馬鹿な!」

「嘘だろおい…」

「そういや飛び出して行かれたきりだな。どこ行かれたんだ?」

「こんな子供がカールグレーン隊長を?」

「いいや、ハッタリだ!」


 一様に信じられないと言った様子で周りの兵が騒ぎ出すが、指揮官らしき男の檄で静まる。


「大言壮語もそこまでいけば笑えぬな。弓兵構えいっ! 小僧、言い残す事は無いか?」


 シュッと夜桜を抜き、問いに答える。


「強いて言うなら、そこをどいて下さい、ですかね」


「減らず口をっ…放てえっ!」


 盾兵の後ろからこちらに向かって一直線に放たれる矢、上空から曲射を仕掛けてくる矢など無数の矢が飛んでくる。どれも強化されている様で通常の威力ではないはずだ。だが、


 夜桜を地面に突き刺し、地魔法を発動する。


「――地の隆起グランドジャット


 目の前に高くそびえる土壁が現れ、飛来する全ての矢を防ぐ。夜桜がもつ魔力増幅の力により、その壁の強度はこれまでと比べ物にならない。軽い矢など通すはずも無かった。


「ま、魔法だと!? 貴様、その剣は見せかけか!」


「因みにこの壁は遠距離魔法も効きませんから」


 ガラガラと崩れる土壁の砂塵の中、地を蹴って指揮官に急接近し、喉元に刃を当てる。


「は、速っ…」

「不用意に前に出るからこうなるのです。死にたくなければ奥にいる魔人を呼んで下さい」

「ぐっ、おのれえっ…」


 指揮官が次に声を上げる前に、盾兵を先頭とした横陣が左右に割れる。黄金色の鎧兜に身を包み、剣と盾を装備した、いかにも上級騎士といった出で立ちの男がこちらへ歩いてきた。


「全隊下がれぃ!」


 現れた男の声で配下の兵はサッと包囲陣を解く。俺も指揮官の喉元から刀を離し、距離を取った。


「いささか調子に乗りすぎだ――魔人の威圧ガキが!」

「お出迎え――竜の威圧ありがとうございます


 ズン――――


 邂逅した二人は同時に全身を強化し魔力をみなぎらせる。互いの発する威圧は空気を重く歪め、圧に耐えられぬ兵がその場に屈し、騎兵の馬がいななく。辺りは兵たちの死の恐怖による悲鳴が響き渡った。


「なるほど。ベルドゥとカールグレーンを破ったのは虚言では無いようだ。我が配下をあやめなかった事は褒めてやる」

「それはどうも。出来れば人間は殺したくありませんから」


「よい心がけだ。褒美に私が直々に葬ってやろう」

「話の分かる方で良かったですよ」


 両者構える。


 ピンと張り詰めた空気の中、自分達の指揮官を鼓舞すべく武器を持たぬ者は足を踏み鳴らし、その他の兵は武器を地面に当て、声を上げた。


「戦神よ! 我らが隊長の勝利をとくと御覧ごろうじよっ!」



 ―ドンッ! はっ! ―ドンッドンッ! はっ!

 ―ドンッ! はっ! ―ドンッドンッ! はっ!


《 むー、負けてられないね! ジーンー頑張れー! 》



 魔人と三度目の一騎打ちの火蓋が切って落とされた。



「はっ!」

「ふんっ!」


 ガキィィィン!


 夜桜の一閃は魔人の盾に防がれる。同時に盾を振るい態勢を崩そうとしてくるが、これを後方に飛び躱す。


「良き一撃だ!」


 そう叫んだ魔人は俺との距離を詰め、右手に持つ剣で凄まじい突きの連続攻撃を繰り出してきた。


 シュドドドドド!


 ギリギリで躱しつつも魔人の剣は頬、身体、腕を掠める。突きの風圧が後から来るところを見ると、まともに食らえば身体に大穴が空くだろう突きの威力だ。


「避けてばかりか!」


 魔人は剣を引き、盾を構えて突進してくる。


 ドゴッ!


「ぐっ!」


 後ろに吹き飛ばされつつも空中で回転し、スピードを殺して着地する。着地と同時に縦一閃の斬撃が飛んでくるがこれを受け流しつつ、回転ざまに盾に蹴りを入れて相手を遠ざけた。


 強いな…このスピードと威力。ベルドゥの膂力とカールグレーンの速さを兼ね備えていると言っても過言ではない。


 だが、


 ピシッ ―――パキィィン


 魔人の持つ盾が真っ二つに割れ、周りの歓声が動揺の声に変わる。


「隊長の盾が!」

「なんだ!? 何をしたんだ!?」

「さっきの蹴りか!?」


 強化していなかったとはいえ、開幕の一閃は俺の本気の一振りだった。夜桜の斬撃を正面からまともに受け、強化されていない盾が無事で済むはずがない。


『こいつとで打ち合えるのはクラウ・ソレスぐれぇだろうな。』


 グリンデルさんの言葉が脳裏をよぎる。言い換えれば、強化した状態の武器なら打ち合えるという事。


「ぬぅっ!」


 盾を破壊され、魔人は素でまともに受けるのが不味いと思ったのだろう、大幅に剣を強化すべく魔力を武器に込めている。


 さすがの魔力量だ。全身をあれ程強化しつつ、武器にも同量を込めつつある。


 ここからは剣と剣の打ち合い。


 激しい剣戟の最中、魔人ディエゴは思考する。


(全く勝ち筋が見えん)


 呆気なく盾は破壊され、騎士団員に『嵐の如く』と言われた自慢の連続突きも、かすり傷を与えた程度。


 今も周囲から見れば私が押しているように見えるのだろう。相対するこの冒険者はほとんど攻撃して来ず受け流してばかりだ。こちらも受け流されると分かって攻撃しているので、大して体勢を崩さずに次の攻撃に繋げられている。


 とっくに全力を出している。魔人に成る前より数段強くなった。その証拠にこれまで誰にも負けなかったし、獅子の獣人アギョウとかいう敵幹部も、涙の日あの日に私が葬った。


 ヤツは強かった。ウギョウとかいう狛犬の片割れと共に、私とベルドゥ、カールグレーンの猛攻を止めていた。奴らのせいで風人エルフの姫や他の少数を取り逃がしたのだ。


 あの姫、獣人ベスティア竜人イグニスはともかく同族の風人エルフまでも全て犠牲にし、戦場に迷い込んだ子供を連れて逃げたのだ。何とも愚かな行為だと思った。我々は戦争をしているのだ。姫が加勢していれば、もしかしたら獣人二人は死ななかったかも知れない。



(なぜ、私はこんな事を考えているのだ?)


 ――――!?


「ディエゴ隊長ー!」

「どうかお立ち下さい!」

「まだ負けておりません! 傷は癒えておりますっ!」


 気が付くと私は地に伏せ倒れていた。背中と右足に痛みがあるが、既に治ったようだ。何とも便利なものだな、魔人の身体は。


「ふーっ…」


 側に落ちた剣を拾い構えるが、


「こちらもダメか」


 ミスリルとアテライト鉱を合わせて作られた、我が自慢の剣に蜘蛛の巣のようなヒビが無数に入っている。あと一振りで粉々に砕けるだろう。


 止めも刺さず、目の前の冒険者は私が立ち上がるのをジッと抜き身の状態で待っていた。


「ふ、ふふふふ…はーはっは! 全く勝負にならなかった、無念だ! 私の負けだ、殺せ!」


 魔人の敗北宣言と共に配下の兵は言葉を失う。


 強化されていないとはいえ、幾多も夜桜と打ち合った敵の剣は、あと一撃合わせただけで砕け散るだろう。武器を破壊され、背中を斬られ、脚を斬られ、地に転がされたのだ。騎士ならば負けを認めてもおかしくない。


「お見事。御免!」



 シュオン



 右袈裟。


 刃の通る音も無く、ディエゴの身体は二つに分かれ、橙の魔力核を残し消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る