91話 リュディア解放戦Ⅰ

 リュディア近辺に潜伏して二日目の夜。


「兵舎と捕虜区画が離れているのは好都合だったな。よし、つついてみるか」


 敵陣は簡素な砦を中央に、東西南北に物見櫓、北区画に兵舎、西区画に厩舎、東区画に倉庫が設置されており、南の区画に檻、すなわち捕虜が集められていた。


 塹壕ざんごうなどは掘られておらず、全体が柵で覆われている訳でも無い。攻められる事を全く想定していないようだ。


 目標は北区画の兵舎。


 火球魔法イグ・スフィアを大量に空中に浮かべて敵陣に迫る。


「あ、あれは…!? 敵襲ー! 敵襲ー! 攻撃魔法が来るぞー!」


 カンカンカンカンカン!


 真っ暗な森に、襲撃の合図の鐘が響き渡る。


 さらに慌ててもらおうか。


「―――火球魔法イグ・スフィア!」


 ドドドドドドド!


 兵舎に次々と火球魔法が着弾し、北区画は火の海となる。


《 すごーい! 燃えるー♪ 》


 燃える兵舎を目の当たりにし、マーナは居ても立っても居られない様子。


「マーナ、見に行っていいよ。その代わり、帰って来るときは後を付けられないようにな」


《 ほんとにっ!? じゃあ行ってくるよ! 》


 そう言って火に突っ込んでいくマーナと入れ替えに、猛スピードでこちらへ向かってくる魔力反応が一つ。魔人だった。


「かかったっ!」


 すぐさまきびすを返し、森に逃げ込む。今、探知魔法サーチ遠視魔法ディヴィジョンに掛からないエルナト鉱糸で編まれた外套を着て。未だ目視される距離ではない事を考えると、相手は探知魔法サーチ持ちで、俺の魔力をて追って来ている。


 あまり離れすぎると、警戒され戻られてしまう。


 もう少し、もう少し付いて来い!


 ◇


 ここだっ!


 すぐさま外套を羽織り、Vの字に切り返す。


 遠視魔法ディヴィジョンで視える魔人はその場で急停止しているようだ。この外套の存在を知らなければさぞ驚いている事だろう。


 立ち止まって辺りを警戒している魔人に、側面から一撃を加える。


 シュオン!


「ぐぁっ!」


 魔人の片腕が宙を舞った。


「今の一撃を腕一本で済ますとは…大した反射神経ですね」

「なっ、何なんすかお前! 消えたと思ったらどこから現れたんすか!」


 距離を取り、上腕部を押えながらジンを睨みつける。


「………」

「ぐっ、ベルドゥをやったのはお前っすね!?」

「名は聞いていませんが魔人は一人倒しました。腕はそろそろ再生しましたか?」

「バレてたっすか」


 ドンと地を蹴り、突進してきた魔人の一撃をかわす。魔人が持つ短剣に近い刺突剣スティレットは、先端が尖っており刃は無い。刺突に特化した武器だ。


「俺っち暗殺とか奇襲が好きなんすよ。一方的なやつ。ガチ戦闘とか柄じゃないんっすよねー」


 と喋りながらも魔人の攻撃の手は緩まない。この手の武器は相手のリーチが短いだけに、受け流しても反撃に転じられやすい。だが懐まで迫ってくる分、こちらのカウンターは入れやすいのだ。


 バキッ!


 ギリギリ回避しつつ、軽く腹にパンチを入れてやる。


「その武器を見ればわかりますよ。速いばっかりで攻撃が軽い」

「人の事言えないっすっよ~、何すか今のパンチ。いっしっし!」


 こちらの攻撃をこの程度と認識させ、この場に留めて戦わせる必要がある。相手のスピードは侮れない。逃げられてもう一人の魔人と合流されるのは少々厄介だ。


 一撃目で仕留められたら最高だったが過ぎた事。ならば、こいつからいろいろ情報を聞き出せないだろうか。


 遠視魔法ディヴィジョンで辺りを視るが、しばらく敵の増援は来そうにない。というか陣地から動いていないようだった。


 暗闇の中、夜桜を納刀して舶刀を抜く。極近接ならこちらの方が相性がいい。


「助けは来ないようですね。火消にお忙しいようで」

「俺っちがここにいるからな。兵糧に火が回ったら大変っす」

「ああ、燃やしておけばよかったですね」

「捕虜も飢えるっすよ?」

「それは困ります」


 会話をしながらジリジリと互いに間合いを図る。やはりベルドゥより格段に強い。


 刹那互いに間合いを詰め、激しい打ち合いに突入する。


 ギンギンギンギン! ガキン!


「―――風刃ウインドエッジ!」


 バシュン!


「うわっ!」


 身体を仰け反らせ、見えない刃をギリギリ躱される。やはり俺と同じ、相手の魔力をつつ戦うタイプのようだ。それに反射神経も並外れている。


 ならば全方位攻撃はどうだ!


「まだまだありますよ!――樹霊の縛ドリアドバインド!」


 周囲の木がビュンっと枝を伸ばし、魔人に襲い掛かる。


「木属性!? 鬱陶うっとうしいっすね! 何種類魔法使えるんすか!」


 自らを拘束しに来る枝を躱し、強化した手脚で打ち砕き続ける魔人。上下前後左右あらゆる方向から襲いくる木の猛襲を見事に捌いている。


「あと一種類です!―――地の隆起グランドジャット!」


 二つの土壁を魔人の左右に出現させ、パンッと手を合わせ挟み潰す。


 ゴシャン!


 だが手ごたえは無く、土壁の上に立つ魔人は油断なくこちらを見下ろしていた。


「あのタイミングで躱しますか」

「はぁっ、はぁっ…あんたやべーよ…ベルドゥが敵わねぇ訳っす。一体何者っすかマジで」


「お名前を伺っても?」

「カールグレーン、傭兵っす。あんたは?」


「ジン・リカルド。冒険者です」

「とんでも無いっすね。にまでなったってのに、一人の冒険者にここまで苦戦するなんてさ」


「……なぜ魔人に?」

「魔人とか寒いっすよ。魔物で十分。傭兵は強さこそが全てっす。弱いと何も守れないっす」


「あなたとは人として会いたかった」

「いっしっし! また来世で会うっすよ!」


 脚を強化し、全力で土壁を蹴って最後の攻撃を繰り出すカールグレーン。


「うおぉぉぉ! 風穴開けてやるっすよ!」

「受けて立つ!―――流気旋風バーストストリーム!」


 バキィィィン!


 両者渾身の一撃を繰り出し、粉々に砕かれたのは刺突剣スティレット


 攻撃の余韻の残る姿勢で互いに交差する刹那、スッと魔人の胸に手を当てる。


「―――衝雷鼓エレ・トロン!」


 ドンッ!


「ごふっ…!」


 強力な雷撃がカールグレーンの全身を焼き焦がす。


 黒焦げになり、正座しながら天を仰ぐ目の前の魔物は、あっさりと自らの死を受け入れた。


「ま、魔法はあと一個って言ったっす…」


「すみません。嘘です」


「あ~あ…すっかり騙されたっす。ジン・リカルド…また、来世で会う…っす……」


「さようなら、カールグレーン」


 カールグレーンは再生する事無く、橙の魔力核を残し灰となって消えていった。


 これが魔人であり魔物の最後。見苦しい最期を遂げたベルドゥとは違い、見事に死を受け入れたカールグレーンに俺は頭を下げた。


 このような魔人もいるのだな。力に善悪は関係無し…何の為に振るうかが全てだ。なら、尚更魔人を生みだした元凶は許し難い。


「気が変わった。もうひと勝負と行こう」


 もう一度リュディアに足を向けた。

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