80話 クリスティーナの依頼Ⅱ
「どうやら魔人には二種類あるみたいでね。一つは魔人のなり損ない、もう一つは魔人と言った具合にね」
なり損ない、という単語で大方の予想は付いた。恐らくこちらが魔物に近い魔人で、魔人と言うのが先程出て来たジオルディーネ王国軍の強力な戦力なのだろう。
「先の戦を決定づけたのもそちらの魔人という事ですね」
「ええ。なり損ないに人としての理性は無いわ。見た目も全身が黒かったり、半身が黒かったりと様々みたいだけど、魔人の見た目は人間とほとんど変わらないらしいわ」
「なるほど。なり損ないはほとんど使い捨てのような扱いだったという事ですね…口にしているだけで吐き気がします」
「理解が早くて助かるわ。亜人とジオルディーネ王国軍の戦いでも、なり損ないは亜人によって殲滅されたらしいわ。それも死人を出さずにね。だけど、たった十人の魔人が戦場に投入されてから、一挙に敗走したそうよ」
「!?」
「もちろんすぐに全滅した訳じゃない。亜人側の指揮官、獣王国ラクリの女王の命令で、本人とあと一人を残して退却したみたいね」
「王の身でありながら自ら殿を務めるとは。見事ではありますが…いや、人間とはまた違う
総大将が殿を務めるなんて前世ではありえない。そんな危険な役は仕える者が務めるべきだ。指揮官が死んではその戦での反転攻勢はもちろん、その後の勝ち戦、負け戦に関わらず戦後の処理もおぼつかない。極論でもなんでもなく国の存亡に関わる事では無いか。
「まぁ、亜人には亜人の戦いがあるって事ね。そこで問題なのが、女王ルイの亡骸が見つからなかったって事なの。一緒に殿を務めた
「遺体を敵に持ち去られた、もしくは―――」
「
「…その、女王は強いのですか? これまでのお話から察するに、弱いという事は無いのでしょうが」
「亜人の中では最強と言われていたわ。その次に強いと言われていたのが、一緒に殿を務めた
到底人の成せる業では無いでは無いか。亜人を甘く見ていた自分を恥じる以外にない。
それ程の強者がたった十人の魔人の出現で退却を命じたという事は、この話が帝国にもたらされたのも女王のお陰という事になる。
仮にその場に留まり、全員で戦っていたらそれこそ全滅していただろうし、そのような脅威を周辺諸国が認識できないというのは、後々国単位の被害が生まれる可能性もある。飛躍でもなんでもなく、帝国は女王に救われた面すらあるでは無いか。
色々思考していると俺の表情がよほど曇っていたのか、クリスさんが心配そうに声を掛けてくれる。
「大丈夫? ジン君」
「あ、ええ…すみません。大丈夫です。女王に帝国は救われたなと思って…」
「私もそう思うわ。それに敗北の原因が冒険者って言うのがギルドとして最悪なのよ…この戦のきっかけは冒険者にあると言って、古都ディオスにあるギルド西大陸本部に、ピレウス王国とエリス大公領、マラボ地方の有力者や東大陸のリーゼリア王国、それに神聖ロマヌスからも抗議が来ているわ」
「帝国は冒険者ギルド本部を抱えている手前、抗議しないのは分かりますが、もう東大陸にまで魔人の存在は知れ渡っているんですね」
「まぁ、何処の国も自国の為に他国の戦争の情報を集めるのは当然の事でしょうしねぇ。そこで西大陸本部はこの戦争に介入する事を決定したわ」
分からなくはない。いくらあらゆる国や組織に属さない、中立の立場を謳う冒険者ギルドだとしても今回は例外だろう。中立であるはずの冒険者を自国の兵隊にされている訳だし、魔人になってしまったとは言え、冒険者だった者の対処は冒険者ギルドがするべきで、言うなれば冒険者達で対処するべきだろう。
だんだんクリスさんの依頼が見えてきた気がする。
「今回の件での冒険者ギルドの最終目標は二つ。一つはミトレス連邦の解放。これは帝国軍の仕事だけど、立ちはだかるであろう魔人の排除は私達の仕事ね。もう一つはジオルディーネ王国が新たな魔人を作り出す事の出来る機能の停止よ。この二つの目標を達成する為、ギルドが様々な役目を分割して冒険者に依頼を出す事になるわ。もちろん掲示板には張り出されないけどね。もう既に有力なパーティーには依頼を出して受けて貰っているわ」
「だから中級ランク以下は西方に行くなという通達だったのですね。殺されるならまだしも、捕まって魔人にされる可能性があるから」
「その通りよ。さっき言った女王ルイと
Aランク冒険者の魔人が、たった三人で五百人に勝つ戦力を持つ女王を引けたという事か…魔人になる事でかなり力が上がるようだ。
それにしてもなぜ魔人となった冒険者がジオルディーネ王国の言う事を聞いているのだろうか。人間の意識があるなら簡単に言う事を聞くとも思えないし、なり損ないは魔物に近いならなおさら人間の言う事を聞くとは思えない。
その事に付いてクリスさんに聞いてみたが、それが分かっていない部分らしい。クシュナー先生の元に送られたなり損ないは、検分の最中に消えてしまったらしく、残った魔力核だけでは何も分からなかったという事だ。
「これはあまり関係の無い事だけど、パルテール・クシュナーは最初魔人を見た時に思ったらしいわ。末期の魔吸班病患者に似てるってねぇ」
「!?」
「もちろん魔吸班病患者は死ぬ際に消える訳じゃないし、魔物化もしないんだけど、死ぬ間際は全身が黒斑に覆われて真黒になるのよねぇ」
確かに母上も
魔力核が魔素を吸って魔力に変換する機能があるのは周知の事実なので、魔力核と黒斑には確かに共通点はある。クシュナー先生ならあるいはこの共通点から新たな発見をなさるかもしれないな。
「もしかすると魔吸班病に関して、新たな発見があるかもしれませんね」
「そうなれば不幸中の幸い…って言っていいのかしらねぇ? 昔私のパーティーメンバーだった人も魔吸班病に掛かっちゃってねぇ。それ以来会って無いんだけど、きっともう‥‥っとこれは関係ない話ね」
「で、ここまで話したのが今分かっている範囲の事よ。ジン君に依頼したいのは、恐らく君にしか出来ない事。だから受けてくれるなら、今のパーティーともお別れになるわ」
当然、そうなる事は話の途中で想像はついていた。
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