81話 別れの日

「ジン君に依頼したいのは、ミトレス連邦全域の調査と魔人の討伐。欲を言えば、帝国への亡命を希望する亜人の手助けね。この依頼に失敗は無いわ。とにかく情報が少ないから、君のような信頼のおける冒険者の持ち帰る情報が必要なの。かなり長い旅になると思うわ。その点も覚悟して頂戴」


「なるほど。潜入調査なら単独ソロの私が都合がいいのはわかります。それにしても大役ですねぇ」


 危険すぎる依頼に苦笑いしてしまう。それはそうだろう。いつどこで魔人に遭遇するか分からない。逃げるのにも相応の実力が必要だし、自分の実力以上の相手が複数いた場合到底逃げられない。その場合、死が確定する。


 だが、俺の答えは決まっていた。


「やりましょう」


「即決なのねぇ。本当にいいの? ギルドとしては助かるけど‥‥」


「元々ミトレス連邦を経由して西大陸を周りたいと思っていたのです。敵わない魔人は避けつつ、ゆく先々で見た事や感じた事をご報告すればいいのでしょう? これまで故郷に宛てて手紙を書いてきた事と何ら変わりありません」


「ありがとう。本当に助かるわ。でも魔人に関しては本当に注意してね?」


「ええ、その場で最善を選んで見せますよ」


 答えになっていない気もするが、今はこれしか言えない。見た事も無い相手の戦力分析なんて何の意味も無いし、出来ない。


 これまでに戦った魔物で最も強力だったゴルゴノプス、しかも五体同時に遭遇した場面を想像してみたが、ギリギリ逃げられそうだから何とかなると自分に言い聞かせたところだ。空論過ぎてクリスさんには言えないが。


「ほかに同様の依頼を受けられている方はいるのですか?」


「ドッキアからはAランクパーティー三組が既に発ったわ。でも単独《ソロ》はジン君だけね。Bランクの子達にはまだ伝えていない。君達のようなトップクラスの冒険者が持ち帰る情報で、今後の細かい方針が決められる予定よ。今日はもう遅いから、また明日最終確認させて頂戴。何なら明日までなら辞退を受け付けるわよ?」


 いたずらっぽく笑うクリスさんに俺は苦笑いする。短い付き合いだが、一度了承した事を翻さない俺の性格を知った上で、決意をダメ押ししてやろうと言う魂胆だ。


 では、と言って席を立ち執務室の扉に手を掛ける。


《 ジン。帰るの? 》


 突然頭に響く声にはもう慣れた。落ち着いて返事をする。


「ああ、マーナにも挨拶しないとね。今日は帰るよ。また会おう」


《 うん。また遊んでね 》


 笑顔で返し、執務室を後にした。



◇ ◇ ◇ ◇



 その日の夜。


 レオ達四人を自室に呼んで、ミトレス連邦行きの依頼受けた事を告げた。


「あー…うん。まぁ、アレだ。この日の事は覚悟してた。そうだろ? みんな」


「「「 ……… 」」」


 レオが振り絞って出した言葉にミコト、オルガナ、ケンの三人は沈黙で返す。それぞれが何を思うのか。俺は話の途中から四人の表情が曇っていくのをはっきりと感じていた。



 ――― なんでよりによってミトレス連邦そこなんだろう



 一同の沈黙の理由はこれに限る。つまりは心配してくれている訳である。それはそうだろう、誰が好き好んで冒険者ギルドも無くなった戦地に行かなければならないのか。


 やはりと言ったところか、ミコトが沈黙を破って言葉を発した。


「めずらしく部屋に来てくれーなんていうから、嫌な予感はしたんだよっ! でもなんでよりにもよってそこなの!?」


「ミ、ミコト…それはさっきジンが説明してただろ…奴隷扱いされてる亜人達の解放とその調査だって。ジンみたいな強い冒険者じゃないと務まらないと俺は思ったよ」


「ミコトちゃんの気持ち分かるよ。そんなのネームドとか強いパーティーがやればいいんじゃないかな」


「おいおい、オルガナまで何言って…ケンも二人になんか言ってやってくれよ」


 俺はこの半年でこの四人の性格の事は大体分かっていた。レオはリーダーを務めるだけあって、全体を俯瞰ふかんしてのリーダーシップは見事なものだし、いざという時の冷静さも兼ね備えた、頼れるパーティーの要だ。


 ミコトはボーイッシュな見た目通りで男勝りで激情家な部分はあるが、明るく元気でパーティーのムードメーカー的な存在。ミコトが居るのといないのとでは空気がいい意味で全然違う。


 オルガナはおっとりした半面、以外にもしっかり者だ。例えばミコトの散財に近い買い物をいさめられるのはオルガナだけ。戦闘面でも今や四人の中では最大火力の持ち主としてその存在感を放っている。


 ケンはミコトと同様に熱い面はあるものの、この四人の中では実は最も冷静で我慢強く、初級者をパーティーに迎えて依頼を受けた時も、一番面倒を見ていた事を俺は知っている。情に厚く、兄貴肌な面があり、彼らの中で一番ウマが合っていたりする。


 元々すぐに納得してもらえるとは思っていないし、根気強く俺の決心を伝えるつもりでいた。初めて組んだパーティーなのだからこういう事は大事にしておきたかったのだ。


 レオに水を向けられたケンは拳を握って押し黙っていたが、意を決したように、皆の予想外の言葉を発した。


「…悔しいぜ」


「「「 えっ? 」」」


「だって、俺らが弱いからギルドマスターはジンだけ声かけたって事だろ? しかも多分、ジンは俺らが知っていい事までしか話してないだろ」


 俺は静かに頷いた。ここで嘘は付きたくなかった。


「ミコト、オルガナ。強く反対はしてないんだろうし、出来もしないが、付いていけないのは、俺も含めて自分のせいなんだと思うぜ」


「ケン…」

「ぐっ、ケンのクセに」

「ううっ…ケン君の言う通りだ」


 ケンの言葉に何も言い返せなくなった皆にまた沈黙が流れるが、この沈黙は長くは続かなかった。


「絶対追いついて見せるからな」

「レオ、俺は待ったり出来ないからな」

「知ってるさ」


「安心して行ってくれ。この先三人は死んでも俺が守る」

「ああ、頼むケン。でも想いを遂げるまでは死ぬなよ?」

「う、うるせー!」


「…死んだら許さない」

「死なないよ。生きて必ずまた会おうミコト」

「約束だからね」


「私の火魔法で火葬してあげるよ」

「オルガナ聞いてた? 死なないんだってば」

「ふふっ、骨まで焼き尽くしてあげるね」



 みんな、今までありがとう。



 このあと宿の食堂に行き、大いに飲んで騒いだ。


 死に分かれる訳じゃない。各々が別の道に進むだけの事だ。


 ジンと四人の道は、いつの日か再び交差する。

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