69話 作刀開始

 テーブルの上を指差され、カルマンとトヴァシは改めて素材を確認する。二人はすぐに竜の鱗である事に気が付き、さらにグリンデルからこれが帝都のギルドで売りに出された、黒王竜ティアマットの鱗である事を告げられた。


「こいつぁ珍しいもんを見た…持ち込みだろこれ。どこの貴族だ?」


「貴族じゃねぇ、冒険者だ。しかも十五、六の子供だ」


「「なにぃ!?」」


 どういうことかと二人はグリンデルに詰め寄る。


「簡単だ。そいつが王竜殺しドラゴンキラーだった、って事だ」


「まさか! 十五のガキが!? …いや、もういい。そこは疑っても仕方がねぇ」


「ああ、大事なのはここに黒王竜ティアマットの鱗があって、こいつを使って武器を作りてぇって事だな」


「その通りだ。だが、これだけじゃあお前らの助けは要らねぇ。問題はこっちだ」


 グリンデルは黒王竜の鱗の隣に置いてある、小さな石を手に取り二人に見せる。


「こいつは見た事ねぇ石だな」


「魔力核か? この色は知らねぇな」


「その王竜殺しドラゴンキラーは聖地スルトの出でな。十五年前に神獣からもらったんだと」


「神獣から?…はっ、つまらねぇ冗談だ!」


 そっぽを向きながらも動揺を隠し切れないカルマンをよそに、トヴァシは同じくテーブルの上に置いてあった小槌こづちを手に取り、グリンデルから石を受け取って叩いてみる。


 キィィィィン――


(今のはっ!?)


 堅い金属を叩いた時の甲高かんだかい音が工房内に響く。二人はこれ程長く響き、かつこれ程の高音を聞いた事が無かった。分かるのは、信じがたい密度と硬度を持つ石という事だけ。


 熟練の鍛冶職人、しかも地人ドワーフともなると石の音だけで堅さや密度、更には石の種別まで分かるという。


 トヴァシは冷汗を流しながらそっと石をテーブルに置き、二人は言葉に詰まる。そこにグリンデルが追い打ちを掛けるように言葉を発した。


「思い出せ二人共。ドルムンドの伝承にある、神獣ロードフェニクスがもたらした石の特徴を」


「……し、深青しんせいなる強剛に」


薄赤ときの魔力を湛えし…石 」


 二人は伝承通り言葉にし、もう一度石を凝視する。程なく汗が吹き出し、ガタガタと体が震え出した。


「もうわかったろ? 俺がお前らに助けを求めた理由。これは星刻石だ」


 バタン!!


 カルマンとトヴァシはその場で気を失って倒れた。


「まぁ…そうなるわな! ぶぁっはっは!」


 グリンデルの笑い声が工房内に響き、同時に工房に帰ってきたカミラが倒れている二人を見てため息をついた。


「あたしも人の事言えへんか…」



◇ ◇ ◇ ◇



「一日やるから明日返事を聞かせてくれ」


 ………。


 目を覚ました二人は、改めてグリンデルから星刻石と黒王竜の鱗を使って武器を作りたいと告げられ、どんな武器を作るかは引き受けてくれるなら話す、という事でその日は解散となった。


 グリンデル曰く、その武器もまだほとんど知られていない武器だが、二人ならその凄さが分かるはずという話だ。


 カルマンとトヴァシは互いにどうするかを考えるため、それぞれ自分の工房に戻っていた。


「親方! 親方っ!」

「…ん? ああ、どうした?」

「お客さんがお待ちですよ! どうしたんですかボーッとして!」

「ぼ、ボーッとなんざしてねぇ! ちょっと考え事だ。客はお前が相手してろ!」

「む、無理ですよ! 相手は貴族の使いですよ!?」

「いいから行けっての! いつまでも俺に頼ってんじゃねぇ!」

「なんなんですかもう…ブツブツ」


 カルマンは工房に戻ってから、仕事を弟子と従業員に押し付け、ただひたすらに悩んでいた。その為全く仕事が手につかない。



 くそっ! まさかこんな事になるなんて、予想超え過ぎだろグリンデルのヤツ! しかし本当にどうするか…はっきり言ってこの機会を逃せば、もう生涯あの伝説に触れる事が出来ないのは間違いない。正直あの石を見られただけで満足と言えなくも無いが、その先を見てみたい気持ちもある。


 グリンデルあいつは一人でもやると言っていたが、もし一人でやって失敗でもした日にゃ、あいつはもう槌を握る事は無いだろう。ヘタをすると最悪の選択をしかねない。俺だったらそうするかもしれない。それ程の素材だ。


 俺が手伝ったとしてもトヴァシの野郎がやらねぇと言ったら、二人で打つことになる。恐らく二人でやっても厳しいはずだ。グリンデルが三人は必要だと見込んだのは正解だ。あの石は打ち続けなけりゃならんと伝承にもある。


 火は問題ねぇと言ってたな。王竜殺しドラゴンキラーがゴルゴノプスの魔力核を必ず持って来やがると。ここ最近討伐されたっつー話はトンと聞かねぇが、そいつも命を懸けて自分の武器を作ろうとしてんだ。


 ……あれ? いつの間にかを探してねぇか…俺。

 よし、思考を単純にして心に聞いてみるか。


 やる場合、絶対失敗できねぇし、させねぇ。そして燃える。

 

 やらねぇ場合、絶対毎日もやもやする。そして後悔するかもしれねぇ。



「ふはは…。この話を聞いた時点でもうやるしかねぇじゃねぇか」

 

 やると決めた瞬間、鍛冶職人として、地人ドワーフとしてのプライドが湧き上がる。


「親方ぁ、やっぱり使いの人…わっ! 親方! 目が!」


「ん? ああ、何十年ぶりだろうな」


 翌朝、カルマンは弟子と従業員を集め、自分は暫く大仕事に臨む事、そしてその仕事に失敗した場合は自分は引退する事を明言した。


「お前らにゃ悪いと思ってるが、俺はもう後に引けねぇ。今抱えてる依頼はおめぇ等で何とかしてくれ。責任は全部俺がとる」


 褐色の魔力を瞳に揺らめかせながら話すカルマンに、誰一人として異議を唱える者はいなかった。


 ―――親方! ご武運をっ!


 ウォルター工房までの道中、カルマンはトヴァシと偶然会い、肩を並べて歩く。トヴァシもカルマンと同様に瞳に魔力が揺らめいていた。


「おめぇも覚悟決めて来たようだな」

「はっ、そういうお前もギラ付いた目ぇしてやがるぜ?」

「お互い様だ馬鹿野郎」



◇ ◇ ◇ ◇



「失礼します」


「ジン! 来たか! ってボロボロじゃねーか!」


「ジン君大丈夫!?」


「え、ああ、すみません。早くお渡しした方がいいと思いまして、着替えもせずダンジョンからそのまま」


 そう言って収納魔法スクエアガーデンからゴルゴノプスの魔力核を取り出し、グリンデルさんに差し出した。


「お、お前さんこれ…この赤の魔力とこの大きさ、確かにゴルゴノプスのものだ。なんて奴だ…」


「は、早すぎひん? 六日前に言うたばっかりやけど…」


「そうですか? 一応慎重に行ったつもりですけど、途中まで仲間に任せっきりでしたし、何とか倒すことが出来ました」


「まぁなんでもいい。確かに受け取った。これで必要な物はそろった。遅くなったがジン、紹介しよう。カルマンにトヴァシだ。共にお前さんの刀を鍛えてもらう」


 グリンデルさんから紹介され、カルマンさんとトヴァシさんに自己紹介する。


「カルマンだ。必ず最高の刀を打ってやる」


「トヴァシだ。よろしく頼む。早速で悪いが、木刀とやらを俺らに振って見せてくれないか? グリンデルから刀の詳細は聞いているが、実際の型を見てみたいんだ」


 グリンデルさんに貸していた木刀を受け取り、呼吸を整えて最初に見せた時と同じ型を披露する。


 ゴクリ…


「十分だ…マジで洗練されてやがる。美しいとさえ言えるな。だが」


「少し長いな。馬上武器か?」


 グリンデルさんと同様の指摘を即座に行う二人に、俺はグリンデルさん含め、尊敬の念を抱かざるを得なかった。


「さすがです。先日グリンデルさんも同じ事を言われました。言われて思い出したのですが、馬上で補助武器として使用する刀を太刀、徒歩で使用する刀を打刀うちがたなと言います。皆さんには打刀の作成をお願いしたいのです」


「わかった。その辺はグリンデルから詳しく聞いておく」


「後は任せなジン。俺の見込みは百二十日。どうだグリンデル、カルマン」


「同じく」


「そんなもんだろう」


「カミラはどうだ?」


「あたしは刀が出来てから調整せなあかんから、二週間…いや十日で終わらせる」


 前世の刀の作成期間は確か十二日前後。単純に十倍の時間が掛かるという訳か。そこにこしらえの作成期間を加えると百三十日だ。


「分かりました。邪魔は致しませんので、時折顔を出しても良いでしょうか?」


「もちろんだ、いつでも来い。お前さんなら火の入った工房でも大丈夫だろ」


 どういう意味なのか分からなかったが、いちいちここで尋ねるのも野暮というものか。


 後日こっそりカミラさんに聞いたところ、大炉とゴルゴノプスの核が生み出す熱は人間には耐えられない温度となるらしい。地人ドワーフ特有の分厚い皮膚でもかなり大変な事らしく、カミラさんは大炉の前での仕事は到底出来ないと言った。


「ありがとうございます。グリンデルさん、カミラさん、カルマンさん、トヴァシさん。よろしくお願い致します」


「こんな機会をくれてこっちこそ感謝しなきゃなんねぇ。任せときな」


 俺は深々と頭を下げ、工房を後にした。


 後は信じて待つのみ。それまで新たな相棒に恥じぬよう鍛錬あるのみだ。

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