68話 末路

「ひぃぃぃっ!」


 死にたくない! 死にたくない!

 だから下層なんて嫌だったんだ!

 あんな化け物に挑んだのが間違いだったんだ!

 僕は悪くない!

 核を売った代金の半分をくれるって言うから応募したけど、死んだんじゃ元も子もないじゃないか!


 必死に七つ目の魔法陣を目指して走っているこの男はシルマール。Cランク冒険者である。


 つい先程までアラクネというC級指定の魔物と戦って、いや、目の前にして震えていたが恐怖が限界を超え、ついにその場から逃げてきた。


「あ、あれ…? さっきは一本道だったのになんで道が分かれてるんだよ!」


 ガシャンガシャンガシャン


 前から近づいてくる規則的な金属鎧の音。


「アーマースケルトン!? 魔法術師ソーサラーの僕に勝てると思ってるのか! ―――水弾魔法アクアバレット!」


 ダダダダダダダ!


『オオオォォォォ…』 


「フン! 雑魚が!」


 ちゃっかり魔力核を拾い、そろそろ七つ目の魔法陣に戻ってもおかしくない距離は走ったつもりだが、一向に魔法陣は現れない。


「はぁはぁ…いつになったら―――」


 ガシャンガシャンガシャン


「またか…僕の邪魔をするな! ―――水弾魔法アクアバレット!」


 シルマールが放った水弾は先程同様に魔物に命中するが、貫通しなかった。


「あ、あれ? なんで…」


 ドンドンドン!


 すると、アーマースケルトンの後ろから三つの火球がシルマール目掛けて飛んでくる。


「うわぁぁぁぁ!」


 辛くも逃げ、改めて敵を確認すると、自分がアーマースケルトンだと思っていたのは、アーマースケルトンナイトという上位種だった。それが三体に加え、同位種のスケルトンウィザードが三体、遠近対応の組み合わせだった。


「なっ!? そんなのアリかよ! ずっと単体だったのに!」


 シルマールがこの組み合わせを知らないのも無理はない。実はアラクネに挑む前に何度も遭遇していたのだが、特に危険なスケルトンウィザードを前を行く近接職二人が早々に倒していたからだ。その間彼は物陰に隠れて居ただけ。


『コォォォォォォ』

『カタカタカタカタ』


 完全に逃げ腰のシルマールに向かって、アーマースケルトンナイトが襲い掛かる。


「く、来るなぁ! 誰か助けてぇー!」


 ブンブンと目の前で魔法杖ワンドを振り回すが、かとんぼも殺せないような攻撃が魔物に当たる訳も無く、アーマースケルトンナイトが剣を構え向かって来るや否や、泣き叫んで助けを請うた。


 その姿はおおよそ中級ランクの冒険とは思えない振る舞いである。


「どっせい!!」


『ウォボォォォォ…』


 だが、シルマールの悲鳴に呼応するかのように、後ろで火球魔法を放とうとしていたスケルトンウィザード三体の断末魔が響き、襲い掛かって来ていたアーマースケルトンナイト三体が同時に上下真っ二つになった。


 シルマールは敵を目の前にして固く閉じていた目を恐る恐る開けると、そこには大剣クレイモアを肩に担いだ大男と、その後ろに三人の男が立っていた。


 ガシャン! とアーマースケルトンナイトの骨を踏みしだいた大男は、シルマールをいぶかに見ている。


「お前さん、なんでこんなところに一人でいるんだ?」


 アーマースケルトンナイト三体を一撃で倒した!?

 僕はツイてるぞ!!


「た、助かった…奥に途轍もない化け物がいます! 今すぐ逃げましょう!」


「化け物? どんな?」


 シルマールは化け物の特徴を伝え、逃げる事を必死に勧める。


「それはアラクネですね。おかしいですね…アラクネ単独では出ないはずなんですが。もう一匹似たような蜘蛛型がいませんでしたか?」


 後ろに立っていた三人の内の一人が冷静に分析し、シルマールに問う。


「いませんでしたよ! 一匹でもあの強さだ…思い出しただけでも恐ろしい!」


「お前さん見たとこ魔法術師ソーサラーだな。さっきも聞いたが前衛はどうした?」


 最初は一人でいる事を誤魔化したつもりだったが、大男の迫力に押されてシルマールはおずおずと答える。


「あ…ぅ…一人はその…吹っ飛ばされて、もう一人も戦ってたけど多分もう…」


 この言葉に場の空気が張り詰める。すると、後ろの三人の内の一人で槍闘士ドゥルガーらしき青年が声を上げた。


「リーダー、こいつ仲間見捨てて逃げて来たっぽいなー」


 ギクッ! っと肩をすぼめる。


「ち、違う! 助けを…そう! 助けを呼ぼうと思ってここまで走って来たんだ!」


 リーダーと呼ばれた大男の腕にすがり必死に助けを乞うシルマールに、男は冷たい目を向け一言発する。


「放せ」


 バガッ!


「げぺぇっ! な、なんで…?」


 訳も分からず大男に殴られ、壁際に吹き飛ぶシルマールに後ろの3三人が声を上げた。


「最初に俺達と逃げようなんて言ったの忘れたのかなぁ?」

「この階層まで来といて骸骨相手に腰抜かしてるようじゃ、多分コイツ寄生だな」

「ああ、臨時パーティー報酬目当ての。本当にそんなの居たんですね」


 続いて大男が怒りの表情で言い放つ。


「お前のやった事は別に悪じゃない。人間として生にすがりつくのは当たり前だからな」


「じゃ、じゃあ…」


「だが冒険者として、まだ戦ってる仲間を助けようともせず、見捨てて逃げるなんざ論外だ」


「!?」


「自力で脱出するなり、一生そこで震えるなりしてろ」


「ふぐぅ……」


 大男がその場を離れ歩き出すと、他の三人もそれに続く。


 一人取り残され呆然とするシルマール。


 これまで上手く立ち回ってきた。やって来れたんだ。その証拠に俺は生きているし、さっきの二人は間違いなく死んだ。


 昨日今日会ったばかりの奴らの為に死ぬなんてまっぴらだ! 運よく俺が核を拾う係りをやっていたからあいつらの分まで俺が持ってるし、全部売って大儲してやる!


 我欲で自らを奮い立たせ、再び歩き出すシルマール。


 見捨てられた彼がその後どうなったのか、誰も知る由もない。


 シルマールを冒険者あるまじきと断罪した彼ら四人は、Aランクパーティー『鉄の大牙アイゼンタスク』。リーダーで剣闘士グラディエーターのアッガスを中心に、弓術士アルクス探査士サーチャーのコンラッド、槍闘士ドゥルガーのハイク、魔導師マギアのグレオールで構成される、現在ドッキアを拠点にする中で最強の冒険者パーティーである。


 因みにパーティー名はメンバーが全員Aランク以上である事、メンバーが三年間変わっていない事、その他各種条件を達成すればその功績を讃える形でギルドから贈られる称号のようなものである。自身らでパーティー名を決められる訳ではないが、あまりに似つかわしく無いと判断できる場合のみ抗議する事は出来るが原則変えられない。


 パーティー名を送られたパーティーは『ネームドパーティー』と呼ばれ、多くの冒険者や民から、尊敬と畏怖の念を受ける。



 そんな彼らとジンの運命が交差するのは、そう遠くない。



◇ ◇ ◇ ◇



「グリンデル~おるかぁ~?」


「来てやったぞぉ」


 暗く静まり返るウォルター工房に二人の地人ドワーフが訪れた。名はカルマンにトヴァシ。


 二人共ドッキアにそれぞれ工房を構える工房主である。百を超える工房がひしめき合うこのドッキアで、グリンデルを含めた三人はドッキアの三名工と呼ばれていた。


 その名工の作り出す品は冒険者にとってあこがれの対象だったが、ここ数年はグリンデルのみ名を落としている。理由は商品を作らなくなり、直接の依頼、自分が認めた相手にしか武具を作らなくなったからだ。それにより需給バランスが崩れて価格が高騰、世間の不評の元になっていた。


 この二人はグリンデルの事情をよく知る人物であり、同郷の鍛冶職人として良きライバルでもある。


「ったく、相変わらず辛気臭ぇなぁ」


「出かけてんのか?」


 ―――うおっ!?


 二人が工房の奥に目をやると、暗がりの中グリンデルが腕を組んで座っていた。


「おい、グリンデル! 居たんなら返事ぐらいしろってんだ!」


「カミラの頼みだからわざわざ来てやったってのに!…グリンデル?」


 トヴァシが明かりを灯し、二人は様子のおかしいグリンデルの側に寄る。グリンデルはテーブルに置かれた素材を凝視し、何かを考え込んでいる様子だった。


 二人が側に来てようやく気が付いたのか、グリンデルがやっと声を上げた。


「…おお! 来たか! 待ってたぜ!」


「はぁ…お前なぁ…」


「何難しい顔してんだよ。これ素材だろ? 珍しく依頼受けんのか?」


「今頭ん中でイメージをな。二人共よく来てくれた。手伝ってほしいんだ」


「手伝うって何を」


「武器作んのをだ」


「はぁ? お前さん何言ってんだよ、俺ら工房主だぞ?」


「俺たちゃ頑固なお前さんと違って忙しいんだよ!」


「まずは、黙ってこいつをよく見てくれ」


 グリンデルはテーブルに置かれた黒い鱗と石を指差した。

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